第62話

 というわけで、俺たち四人とブルーノは、冒険者ギルドまでやってきたわけなのだが……。


「忙しそうですね」とネル。

「普段からこんなに忙しいのか?」とアルシャ。

「いや、ここまでではないと思うよ」とユカノ。

「緊急事態でも発生したのか……?」と俺。


 ブルーノは腰に手を当てて、冒険者ギルド全体を見回した後、困ったような顔をして、


「おそらく、セドリックの一件だな」


 俺たちが冒険者ギルドの入口付近でぼけーっと突っ立っていると、見覚えのある人がやはり忙しそうに走っている。


「あ。キャス」


 ネルが言った。

 キャスは急停止し、それからネルのほうへと走ってやってきた。


「ネル。どうしたのかにゃ?」

「忙しそうですね」

「うん。忙しいよ」


 早速、『にゃ』という語尾がなくなった。


「何かあったんですか?」

「悪魔に憑依されたセドリックが、あちこちで馬鹿みたいに暴れまくってるのよ」

「目的はなんなんでしょう?」

「さあ? 破壊のための破壊。暴れたいから暴れまくってるんじゃないの……かにゃあ?」


 キャスのもとに、同僚のおじさんがやってきて小声で話しかけると、すぐに走り去っていった。キャスの顔色が変わる。


「やばいにゃ。セドリックは今、この辺にいるらしいのにゃ。ネルたち〈七色の夜明け〉も手伝ってほしいのにゃ」

「手伝うって?」


 俺は尋ねる。


「冒険者みんなでセドリックを討伐するのにゃ。依代であるセドリックを倒して、カナルス神殿の人たちに悪魔を封印してもらうのにゃ」

「悪魔を殺す――滅ぼすことはできないの?」


 ユカノが尋ねると、キャスは首を少し傾げた。


「もちろん、悪魔だってうちたちと同じく生物だから、殺すことが不可能ってわけじゃないと思うけれど……なかなか難しいと思うのにゃ」

「悪魔を大幅に弱体化できれば、あたしの回復魔法で灰にできるかもな」


 アルシャは言った。

 悪魔の生命力が強大すぎて、殺しきるのが難しいということだろうか? 悪魔を大幅に弱体化できる魔法やスキルを持った人なんて、はたしているのだろうか?

 少なくとも、俺にはできないな。

 俺にできるのは、仲間を自動的に強化することだけ。


「さ、ネルたちも行ってくるにゃ」

「わかりました。行きましょう!」


 ネルが勢いよく腕を掲げた。


「死なない程度に頑張ってくれにゃ」

「わかってます。死にそうになったら、全力で逃げますよ」


 冒険者ギルド内にいた冒険者たちが、ぞろぞろと外に出て行く。俺たち〈七色の夜明け〉とブルーノも、その大きな流れに入る。


 建物の外に出ると、通りの先で派手に爆発しているのが目に入った。誰かが放った魔法だ。その後に、男が一人二人と宙を舞う。爆発によるものではなく、黒いもやのような物質が蠢いて、冒険者たちに襲いかかっているのだ。

 幾筋にも伸びている黒いもやの根元に、セドリックがいた。奴は殺した冒険者の腕をちぎり取って、おいしそうに骨ごと食べている。


「うげっ……人の肉食べてますよ。完全に悪魔ですね。カニバリズムです」


 ネルは吐きそうな顔をしている。ユカノもアルシャも、そしておそらく俺も、同じような顔をしている。

 セドリックを中心として、冒険者の死体が山のように積み重なっている。死体はどれも見るに堪えない姿だった。

 戦意を喪失して、青ざめた顔で事の成り行きを見つめている冒険者も、それなりにいる。その場に嘔吐する者、どこかへ逃げ出す者、勇敢にセドリックへと向かっていって、あっという間に命を散らす者……。


「これ、あたしたちの出番ある?」


 アルシャは引きつった顔で尋ねた。


「私たちが戦っても、まあ勝てないだろうね」


 ユカノは冷静に答えた。


「あー……どうする?」


 俺は言った、そのとき――。

 セドリックの視線がこちらを捉えた。俺たち四人を見てから、ブルーノに視線が移動し、そこで固定される。


「あー、まずい。見つかっちった」


 ブルーノが苦々しい顔で拳を構える。アルシャの回復魔法で治してもらったとはいえ、疲れは完全に抜ききれてはいない。万全の状態とは決して言えない。

 しかし、セドリックが配慮なんてしてくれるはずもなく。


「ブルウウウウウノオオオオオ――ッ!」


 咆哮と共に、セドリックがこちらへと向かってくる。

 そして、戦いの火ぶたが切られた――。

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