第61話

「アルシャ」


 俺が名を呼ぶと、アルシャは力強く頷いた。


「おうよ!」


 アルシャが回復魔法をかけると、ブルーノの傷が見る見るうちにふさがっていく。すぐに、ブルーノの怪我が治った。しかし、彼はまだ気を失ったままだ。


「起きろ!」


 アルシャは一切の容赦なく、ブルーノに往復ビンタを浴びせた。痛そう……。手荒な方法だったが、ブルーノはすぐに意識を取り戻した。


「い、いてえ……やめてくれ……」


 ビンタを浴びせるアルシャの手を掴んで止めると、ブルーノはゆっくりと上体を起こした。


「助かったよ」


 ブルーノは体中を触る。傷がほとんど完全に治っていることを確認すると、


「いやあ、姉ちゃんすごいね!」

「治してやったんだ。金寄こせ」


 アルシャはブルーノの前に手を出した。それが冗談のつもりなのか、それとも本気で金を取るつもりなのか……。


「ありがとよ。こんくらいでいい? 手持ちあんまりないんだよね」

「しゃあねえなあ」


 アルシャは受け取った金を、俺たちに見せつけた後、にやにやした顔で懐にしまった。

 ブルーノはソファーにどっしり座ると、


「あ、そこの菓子食っていいかい? 疲れて腹減ってるんだよね」


 と、図々しく言った。


「どうぞ」


 ネルが菓子の入った皿を、ブルーノの前に突き出す。


「どうも」


 ブルーノはむしゃむしゃと一心不乱に菓子を食べる。どうやら、腹が減っているのは本当のようだ。かなりの空腹っぽい。

 ブルーノとはさほど親しくない。顔見知り程度だ。何度か喋ったことがあるが、軽薄でチャラくて女好きな奴ではあるが、それを除けば性格は悪くない。冒険者としての実力はかなり高い。アイレスの中でもかなり上位に食い込むと思う。

 そんなブルーノが、ここまでボロボロになるなんて……誰にやられたんだろう?


「セドリックだ」


 ブルーノが唐突に言った。菓子を食べる手は止めない。


「……え?」

「誰にやられたのか、知りたかったんだろ?」

「あ、ああ……」俺は頷いた。「でも、セドリックって……あんたほどの実力者だったら、セドリックにここまでやられることなんてないだろ」

「ああ……。奴がただのセドリックだったらな」


 ただのセドリックだったら?

 それってつまり、セドリックは普通の状態ではなかったということか? 普通ではない、何か特別な力を得たセドリック――。

 まさか……な。


「というと?」と続きを促す。

「お前さん、知ってるか? カナルス神殿に封印された悪魔の噂」

「ああ、知ってる。つい先日――というか今日、何者かがカナルス神殿に侵入して、悪魔の封印された壺を叩き割ったんだろ?」

「そんなことまで知ってんのか」


 ブルーノは驚いた顔をしている。シスターのアルシャを一瞥すると、納得した顔に変わる。まあ、情報源はアルシャじゃなくて、サイラスさんなんだけどな。


「セドリックがその犯人だよ」

「……は? 本当に?」

「本人が言ってたからな。それに、奴は明らかに悪魔に憑依されてた。うん、間違いない。一〇〇パーセント確実だぜ」


 そこで、三人も話に加わる。


「どうして、セドリックはあなたを襲ったのですか?」ネルが尋ねた。

「復讐らしい」

「復讐?」

「あいつの恋人だったシェリーとアデルを俺が奪ったんだよ。いや、正確には俺は別に奪ったつもりじゃなかったんだけどねえ……。二人は『セドリックとはもう別れた』って言ってたしなあ」

「言い訳がましいなあ、おい」


 アルシャは呆れた顔をしている。


「そのあなたの恋人二人はどこに行ったのかな?」ユカノは言った。「ここにはあなたしかいない、ということは――」

「そうだよ。シェリーとアデルはセドリックに殺された」

「シェリーとアデルが……?」


 俺は素直に驚いた。セドリックが二人を殺したこと、ではない。たとえ恋人であっても、裏切られたと感じたら容赦はしないやつだ、あいつは。

 俺が驚いたのは、セドリックが二人を殺し、ブルーノに重傷を負わせるほどの実力を有していたこと。悪魔の力はそれほどまでに強大なのか……。


「今のセドリックはめちゃくちゃ強いぜ」ブルーノは言った。「多分、今も俺のことを探し回ってるに違いないね」


 そう言って、ブルーノは自らの体を抱きしめた。


「とりあえず、どこか安全そうな場所に行かないとな。少なくとも、ここにいたらセドリックに好き放題暴れられて、家が完膚なきまでに崩壊するだろうよ」

「どこに行くつもりなんだ?」俺は尋ねた。

「困ったときはとりあえず、冒険者ギルドっしょ」

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