第59話

 自宅――〈七色の夜明け〉パーティーハウスに帰還すると、三人が口々に「どこ行ってたの?」と聞いてきたので、俺はまたしてもうまいことごまかした。


「ところで……」


 俺はソファーに座ってお茶を飲んでいるサイラスさんを見た。どうして、サイラスさんがいるんだ? アルシャの様子でも見に来たのだろうか?

 俺が続きを言わなくても、何が言いたいのかは伝わったようで。


「実はですね、昨日――厳密には今日――の深夜、カナルス神殿に何者かが侵入して、地下に置いてあった壺を破壊したのです……」

「壺? それって吸水壺とかですか?」と俺。

「いえ、悪魔が封印された壺です」

「……悪魔?」 


 悪魔というと、あの悪魔だろうか?

 悪魔が封印された壺が破壊されたということは、それはすなわち、悪魔が封印を解き放たれたということでは……?

 それって、すごくまずいことなんでは……?


「レンは知りませんでしたか?」ネルは言った。「カナルス神殿の地下に悪魔が封印されているって噂が流れていたこと」

「ああ……なんか、聞いたことがあるような……」

「うーむ……」サイラスさんは唸った。「やはり、噂が流れていたのですね」


 サイラスさんがやってきたのは、この件について話すためなのだろうか? でも、それを俺たちに話してどうなる?


「壺が破壊されて、その中にいた悪魔はどうなったのかな?」ユカノは尋ねた。

「壺から出た瞬間に滅んだ、なんて都合のいい結果にはならないですよね」ネルは言った。

「壺に封印されていた悪魔は、実体を持たない憑依型の悪魔」サイラスさんは答えた。「なので、割った者に憑依したと思われます」


 カナルス神殿に侵入して、壺を割った誰か。彼あるいは彼女の目的は一体何だったのだろうか? お宝を探す過程で壺を割ってしまった――なんてことはない、か。だとすると、悪魔が目的で――つまり、悪魔に憑依されるために壺を割った。


 悪魔に憑依されるために壺を割った???

 憑依されてどうするというのか……? 悪魔に憑依されることのメリットってなんだろうか? 俺にはわからない。


「実は見張りなどをしていた神父が一人殺されましてね。殺しの手口から、殺人などの犯罪行為に慣れた者の犯行ではないか、と我々は考えています」

「はあん?」アルシャは言った。「たとえば、冒険者とか?」

「うむ……」


 そうだ、とはっきり言うことはしない。

 だが、犯人が冒険者の可能性は高いだろう、と考えていることがわかる。

 俺たちも冒険者だが……いや、まさか、俺たちが疑われているってことはあるまい。さすがにそれはない。


「こんなことを聞いても答えづらいかもしれませんが、犯人に心当たりはありませんか? こういうことをしそうな冒険者などいませんか?」


 俺たち四人はそろって首を傾げた。

 アホみたいなことをする冒険者なんて、バカみたいにたくさんいる。心当たりがないか、なんて言われてもね……。


 そこで俺は、なぜかセドリックのことを思い出した。

 最近、セドリックがどうなのか知らない。そういえば、セドリックの話をまるで聞かないな。何やってるんだろ?


 悪魔に憑依されることのメリット。もう一度、よく考えてみる。

 悪魔の強大な力が手に入ることがメリットになるんじゃないか、と思った。

 でも、セドリックの場合、悪魔の力なんかに頼らなくても、優れた能力があるじゃないか――。


 そこで俺は、自分の持つスキルである〈限りない支援:アンリミテッド・バフ〉のことを思い出した。このスキルは『自らの仲間にバフを与え続ける』効果を持つパッシブスキルだ。

 セドリックとは一応、仲間と呼べる関係にあった。ということは、奴も〈限りない支援:アンリミテッド・バフ〉の恩恵を受けていたのでは?

 そして今は、その恩恵を受けていない。


〈限りない支援:アンリミテッド・バフ〉の恩恵がなくなったセドリックの実力はいかほどのものなのか……。

 弱体化したのは間違いない。

 そして、弱くなったセドリックが再び強くなるために、悪魔の力を利用しようとしたのだとしたら――。


「レン。心当たりがあるのですか?」


 ネルに尋ねられ、俺は我に返った。


「あ、いや……ちょっとセドリックのことを考えていたんだ」

「セドリック? ああ、確か前のパーティーの人でしたか」

「あいつなら……いやでも、そんなまさか、な」


 さすがにセドリックじゃないだろ。

 だけど、なんだか嫌な予感がした。こういう嫌な予感は、結構な確率で当たるのだから怖いものだ。


「ありえない」


 俺は自分に言い聞かせるように呟いた。


「考えすぎだ」

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