第55話sideブルーノ
「くぅっ……」
ブルーノは戦いの途中で、自分では奴に勝てないと悟った。
あれはセドリックであって、セドリックではない。セドリックの皮を被り、セドリックの人格を一部保有した悪魔だ。
(どうやって逃げたものかねえ……)
セドリックは、シェリーとアデルを奪った――あるいは寝取った――ブルーノのことを憎んでいる。復讐だ、と言った。
シェリーとアデルからは『セドリックとの関係はとっくに終わっている』と言われ、ブルーノはそれを信じた。双方の間に、認識のズレがあったようだ。ブルーノはただ二人と親密になっただけで、別にセドリックから二人を寝取ってやろう、なんて気持ちはまったくなかった。
自分は被害者だ、騙されたんだ――とまでは言わないものの、ブルーノは自分が復讐されるほど悪いことをしたとは思っていない。
(俺を恨むのはお門違いだっての)
ブルーノに非があるとすれば、それはシェリーとアデルという悪女二人の言い分を鵜呑みにしたことくらいだ。
(その点に関しては反省しないとねえ……)
考え事をしながらも、肉体はよどみなく動かす。
魔法で強化した肉体でもって、セドリックと対峙する。迫る黒いもやを拳で殴りつける。攻撃、防御、回避――それらをバランスよく行う。ときどき回避しきれず、攻撃を食らう。セドリックはブルーノをいたぶるように、じわじわと攻めていく。
逃走のタイミングをはかる――が、なかなかその機会は訪れない。
「おらおら、どうだどうだぁ?」
セドリックは嗜虐的な笑みを浮かべて、ねっとりとした声を出す。
「勘弁してくれない?」
「死ねば許してやるよ」
「それ、許してくれてないじゃん」
会話をしたほうが、戦闘がスローペースになる。
そう考えたブルーノは、何か良さげな話題がないか思案する。
セドリックは復讐のために悪魔の力を得た。悪魔に憑依された。悪魔に屈した。復讐の対象はシェリー、アデル、ブルーノの三人。『お前で最後だ』という言葉からも、そのことはわかる。
(他には復讐したい相手とかいないんかねえ……)
三人に復讐しました。はい、終わり。
悪魔の封印を解いて憑依されたのだ。それだけでは終わらないはず。
「俺たち以外に、復讐したい相手はいないのかい?」
「復讐ってわけじゃないが、このアイレスを破壊しつくす」
「ふうん」
馬鹿みたいな答えが返ってきた。
ガキが力を持ったときにやりそうなことだ。大人なのは肉体と醜さだけで、精神的には子供なのだろう。未熟だから、悪魔の力などに頼ろうとする。未熟だから、すぐに復讐なんて思考にいたる。
いつまでたっても、いい感じの隙ができない。このままだと、ブルーノの体力魔力が切れてしまう。そうなったら、死へ一直線だ。大きな隙がなくても、相手に慢心がなくても、行動しなければ――。
「そんなクソガキみたいな精神だから、俺にシェリーとアデルを寝取られるんだぜ!」
「なんだと、貴様ァァァ!」
煽りながら、左方の狭い路地へと飛び込んだ。一気に駆け抜ける。
セドリックとのかけっこが始まる。セドリックはブルーノを追いかけつつ、黒いもやを放つ。球状のもやが、ブルーノの前方左手の建物の上部を破壊する。大量の瓦礫が降ってくる。ブルーノに降り注ぐが、撤退は許されない。後ろにはセドリックがいるからだ。瓦礫の雨をできるだけ避けつつ突破。しかし、すべてを避け切るのは難しく、いくつかが彼の体にぶつかった。
「がっ……」
痛い。
しかし、それでも足は止めない。スピードは緩めない。
もう一度、今度は二つの黒球をセドリックは放った。一つはやはり瓦礫の雨を降らせるために、そしてもう一つはブルーノの背中めがけて。
瓦礫の雨が再び、今度はもっと大きく、もっと多量に降り注ぐ。ブルーノは瓦礫と黒球の同時回避を試みた、が――それは失敗に終わった。
黒球がブルーノの背中に衝突し、同時に瓦礫の雨が――。
(ああ、神よ……)
ブルーノは生まれて初めて神に祈った。
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