第54話sideブルーノ

「アデル! アデル……!」


 シェリーは倒れたアデルに呼びかけるが、彼女は返事をしない。当たり前だ、アデルは既に死んでいるのだから――。

 アデルの心臓を食べ終え、口の周りを赤くしとどに濡らしたセドリックが、左右に不規則にゆらゆらと揺れながら、血走った双眸でシェリーを睨みつける。


「ひっ……」

「次はお前だ、シェリー」

「た、た、助けて……」


 それまで固まっていたブルーノが動き出した。シェリーを助けようと、走りながら右腕を引き絞って、拳を繰り出す。しかし、ブルーノの拳はいともたやすく避けられた。

 セドリックが羽虫を追い払うかのように軽く腕を振ると、ブルーノが面白いくらいにとんでいく。ブルーノは通りの露店へと、頭から突っ込んだ。落ち方がうまかったのか、怪我はそこまでひどくはない。


「いててて……」


 顔を歪めながら、立ち上がる。


(化け物かよ……)


 シェリーとセドリックが話しているのが視界に入った。


「お、お願いよ。助けて。なんでもするから!」

「なんでもする? なんでもするって言うのなら――」


 セドリックの右手が、シェリーの小さな顔を鷲掴みにした。


「や、何すんの!?」

「なんでもするって言うのなら――死ねよぉぉぉおおお!」

「や、やめて――いやああああああっ!」


 バキャッ、と。

 木に実った果実をもぎ取るように、シェリーの頭が体からとれた。首から血が噴水みたいに勢いよく噴出する。

 血のシャワーを浴びたセドリックの全身が赤く染まった。


「な……」


 ブルーノは呆然と見ていたが、すぐに正気に戻る。考えるのは、シェリーとアデルの弔いのためにセドリックと戦うか、それとも恥を忍んで逃亡するか――。


(あー、どうするっかねえ……)


 結論に達する前に――ブルーノめがけてセドリックが跳び出してきた。両足をそろえて、ぐっと低い姿勢で前へとジャンプする。足に何か強力なバネでも仕込んでいるのか、と思わせるほど驚異的なジャンプ力。


「なっ!?」


(なんだこいつ!? 人間じゃねえだろ!)


 ブルーノはとっさに両腕を前に出してガードする。

 セドリックの肉体そのものが一つの凶器となって、ブルーノに突進する。とてもではないが、受け止めきれない――そう悟ったブルーノは、体を斜めに退くと、セドリックを受け流した。攻撃をほんの少しだけ受けた腕が、ひりひりと痛む。


「セドリック、お前、何やったんだ?」


 ブルーノは、ドーピングの類を疑った。


「俺は力を……圧倒的な力を手に入れた」

「力?」

「悪魔の力だっ!」

「ま、まさか……」


 信じられない、という思いがあった。

 しかし、ブルーノは見た。この前とは別人のように強くなったセドリックの姿を。アデルの心臓を抜き取って食べるセドリックの姿を。それがただのいかれたパフォーマンスには見えなかった。


 カナルス神殿の地下に封印された悪魔の話を、ブルーノは思いだした。本当かどうかいまいち信憑性に欠ける、眉唾物の噂。


(あれは本当だったのか!?)


 セドリックはカナルス神殿に忍び込んで、悪魔の封印を解いた。そして、自らに悪魔を憑依させた――。


(ははっ、まったくいかれてやがるねえ)


 苦笑しながら、両手を構える。


「やれやれ」

「よくも俺の女を奪って、こけにしてくれたな。これは復讐だ。ブルーノ、お前で最後だ。お前をぶっ殺して、シェリーとアデルのところに送ってやるよおおお!」


 セドリックの足元から黒いもやのような蠢く物体が、ずるずると出てきて、ブルーノめがけて襲い掛かった。

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