第53話sideセドリック

 まずは復讐だ。

 カナルス神殿からは、そっと静かに出た。セドリックが壺を破壊して、悪魔を解き放ったことは、まだ知られていない。朝にはバレるだろうが、何も問題はない。


 アイレスを歩きまわって、奴らを探し始める。

 復讐の相手――シェリー、アデル、ブルーノの三人はあっさり見つかった。三人は酔っぱらい、通りを歩いていた。ブルーノの両脇にシェリーとアデル。


 最初に気づいたのはブルーノだった。

 ブルーノは前方に不自然に立っている男を見遣り、それがセドリックであることにすぐに気づいた。セドリックの様子がおかしいことに気づいたようだが、具体的にどこがどうおかしいのかは、まだわかっていないようだ。


「いよう。セドリック」


 と、ブルーノは声をかけた。


「どうしたんだい? こんなところに突っ立ってよぉ」


 いつものように陽気だが、いささか警戒しているようだ。シェリーとアデルの肩から手を放した。


「あ、久しぶりー。あたしたちになんか用?」とシェリー。

「……」

「黙ってないで、何か言いなさいよ!」

「……」

「言葉を忘れてしまいましたぁ?」


 アデルが蔑むように言う。


「復讐だ」


 セドリックは低く重く、かすれた声で言った。


「はあ? 復讐ぅ?」

「前にブルーノにボコボコにされたのをお忘れですか?」

「あんたって本当に学ばないわね。レン以下よ」

「ええ。雑用係のレン以下ですね」


 二人が次々に罵るのを、ブルーノが止めようとする。


「待て。何か様子がおかしい」


 陽気なブルーノにしては珍しい、真剣な口調。

 しかし、二人はまったく気にしなかった。ブルーノが手で制するのを無視して、セドリックに近づいていく。


「復讐にやってきたってんなら、返り討ちにしてやるわよ」

「ブルーノが戦るまでもなく、私たちでボコボコに、二度と復讐などという馬鹿なことを考えられないようにしてあげましょう」


 ゆらあり、とセドリックが揺れた。

 不可視のどす黒いオーラが、ブルーノには見えた。正確には見えていないのだろうが、見えているような錯覚。ヤバい何かを感じる。


「待てっ! 二人とも、待つんだっ!」


 もう一度、セドリックが今度は前に揺れる。

 倒れるかのように揺れて、そして――。


「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


 ――跳んだ。


「……え?」


 一瞬、瞬きをする時間もないほどのわずかな時間。

 セドリックは、アデルのすぐ後ろへと瞬間移動していた。アデルとシェリーは、セドリックの姿を追えていない。


「アデル、後ろだ!」


 ブルーノの声を聞き、それを脳で処理して、振り向こうと動き出した瞬間には、既にアデルの心臓に手が突っ込まれていた。


「あ、あ……」


 状況を正確に把握する前に、アデルは事切れた。自身がどのように殺されたのかさえ、彼女は知ることがない。

 アデルはうつ伏せに倒れた。


「きゃああああああああっ!」


 状況を理解したシェリーは、ただただ叫び声をあげるのみ。

 逃げることも、戦うこともできなかった。


 通りを行き交う人々が、シェリーの叫び声に吸い寄せられた。視線がシェリーに集中し、すぐに倒れた血まみれのアデルへと移動し、やがてアデルから抜き取った心臓をほおばる、悪魔のようなセドリックに移動し――。


「きゃあああああああっ!」

「うわあああああああっ!」

「あ、悪魔だっ!」

「あいつ、人の心臓を食ってやがる!」

「殺される、殺されるぞっ!」

「おい、早く逃げろっ!」


 我先にと人々は逃げ出した。

 セドリックであり、あくまでもある彼は、自らに慄く群衆を見て、愉快そうにケラケラと、ゲラゲラと笑っていた。

 

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