第17話

「いらっしゃいませー!」


 受付嬢が老若男女の分け隔てなく、元気溌剌な声で挨拶してくれる。


 アイレスの冒険者ギルドは大きい。外観は周囲と比べて一際目立つ荘厳さがあり、内装も負けじと立派である。

 吹き抜けの二階は酒場になっていて、仕事前あるいは仕事後の冒険者が、酒を飲みながら食事をしている。酔っぱらった冒険者が階段を踏み外して、一階へと転げ落ちた。

 良く言えば賑やか、悪く言えば騒々しい。


 ネルはとある受付嬢のもとへと小走りで向かう。顔見知りなのかもしれない。


「こんにちは」

「こんにちはにゃ、ネル」


 ……にゃ?

 語尾が『にゃ』???


「そちらの赤毛は誰かにゃ?」

「紹介しましょう。我が竹馬の友、レンです」


 竹馬の友ってなんだよ……?

 知り合ったの今日だよな? 


 俺が忘れているだけで、ずっとずっと昔からの知り合いだったりするのか? いや、そんなことはない。ありえない。俺は記憶喪失になったことなどないのだから。


「レンです。よろしく」


 紹介されたので、とりあえず挨拶した。


「うちはキャス。よろしくにゃ」


 キャスはネルと同じくらいの年齢の少女だ。小柄なネルよりもさらに背が小さく、陽気な笑みを浮かべている。

 どうして語尾に『にゃ』がついているのかな、と思ったが、よく見ると頭には猫のような形をした耳がついている。なるほど。亜人――キャットピープルなのか。


 ラインツ共和国には、俺やネルのようなヒューマンだけではなく、様々な亜人が暮らしている。世の中には、亜人差別をする国やヒューマン禁制の国など、様々な国がある。なので、ラインツ共和国は比較的平和で自由な国だと思う。


「ちなみに」


 キャスの語尾に対して得心が行った俺に、ネルが説明する。


「『にゃ』という語尾は、キャスがキャットピープルだから、ではありませんよ」

「え? 違うの?」


 キャットピープルだから、『にゃ』という猫の鳴き声じみた語尾が、無意識のうちについてしまうのかと思ったのだけど……。

 ネルは詐欺師に騙された人を見るような目つきで、俺のことを見た。馬鹿な男だな、と言いたげにため息をついた。


「違いますよ」

「じゃあ、どうして――」

「それはね」


 よくぞ聞いてくれた、とキャスは食い気味に教えてくれる。


「語尾に『にゃ』ってつけると、男受けがいいからさ……にゃ」

「……」


 男受けがいいからって……。なんだよ、その理由……。

 もっと深い理由があるのかと思ったので、正直俺はがっかりした。……いや、ある意味では深いと言えなくもないのか?


「うちがキャットピープルだから――」


 キャスは猫耳を触って、


「語尾に『にゃ』をつけて喋るんじゃないか、なーんて思ってるお馬鹿さんな冒険者もたくさんいるんだよ……にゃ」


 声を潜めて言った。

 はたして、俺もその『お馬鹿さん』にカテゴライズされるのだろうか?


「……なるほど。需要があるから、あえてそんな語尾にしてるんだな」


 考えてみると、キャットピープルが全員、キャスのようなルックスをしているわけではあるまい。おっさんのキャットピープルが語尾に『にゃ』をつけて喋るところを想像してみると、おぞましさを感じる。


「そうだにゃ」


 キャスは猫っぽいポージングをしながらそう言うと、


「で、ネルとレンはにゃにしに来たのかにゃ?」


 キャラ作りも大変だな、と俺は思った。

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