第10話

「まあいい。とりあえず、見てみるか」


 女の子は立ち上がろうとしたところで、何かに気づいたような顔をした。


「ああ、そうだ。自己紹介をするのを忘れていたな。私の名はエイリ。一応、よろしく」

「よろしく」


 一応ってなんだよ。

 差し出された小さな手を、俺は軽く握った。エイリはやたらと強く、ぎゅっと俺の手を握って、離そうとしなかった。


「……? なんだ?」

「椅子から降りるのを手伝ってくれ」

「……」


 それくらい、自力で頑張ってくれよ。

 そう思いながらも、俺はエイリの手を勢いよく引っ張った。


「よっ」


 椅子から降りた瞬間、エイリは俺の手を離した。


「言っておくが、私は事実しか言わないし、オブラートに包んだ言い方をするつもりもない。それでも構わないか?」

「ああ」

「それと……」


 エイリは付け加えるように言う。


「私は鑑定屋だ。つまり、ボランティアではなく、金をもらって人の鑑定を行っている、というわけだ。金はちゃんと払えるだろうな?」

「え? あー……」


 エイリにじっと見つめられて、俺は目を逸らした。


 どれくらい金を取られるのかはわからないが、きっと安くはないはずだ。

 鑑定士という職業に就いている人はきっと少ないだろうし、特殊な技能がなければなれないだろうから。


 俺の懐事情はきわめて厳しいし、無職になってしまったので、金はこれから出て行く一方だ。

 冒険者として生計を立てていくにしても、装備品を買いなおしたりしなければならないので、費用がかさむ。


 俺がごまかすように薄く笑っていると、ネルが軽くため息をついてから、


「私が出してあげます」

「ほんとに? ありがとう」


 コーヒー代だけではなく、鑑定代まで奢ってもらうこととなった。


「どういたしまして」


 俺とネルの会話を聞いていたエイリは、訝しむように眉根を寄せて、


「ネル、お前この男に弱みでも握られているのか?」

「え? なんでですか?」

「だって、おかしいだろ。知り合ったばかりの男に金を出してあげるだなんて」

「そうですか?」

「そうだ」


 エイリは強い口調で断定した。


「おかしい。明らかにおかしい。弱みを握られているか、脅されているか、一目惚れしたか……。そのいずれかだ」

「どれでもないですけど」

「では、何だというんだ?」


 ひょうひょうと否定するネルに、エイリが詰め寄った。


「先ほども言ったでしょう?」ネルが言った。「私のシックスセンスが、レンに無限の可能性を感じてるんです」

「シックスセンス、ねえ……」


 エイリは胡散臭い行商人に魔法の壺を勧められたような目つきをした。


「ま、こいつがとんでもなくやばい奴だったら、私の鑑定でわかるだろ」


 そう言うと、エイリは小さな声で何かを呟いた。魔法発動のための詠唱だろう。

 魔法によっては詠唱を省略できたり、そもそも詠唱がなかったりするものもある。詠唱がある魔法に関しては、詠唱を行ったほうが魔法が安定し、威力も高くなる。


 エイリは見開いた両目で俺の顔を凝視しながら、


「――〈すべてを見通す目:クレアボヤンス〉!」

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