第9話
鑑定屋は狭くて年季が入った建物の、二階にあった(ちなみに一階は、魔導書やポーションやマジックアイテムなど、魔法に関する様々なアイテムが売っている雑貨屋だ)。
雑貨屋の端にある、今にも壊れそうな(底が抜けそうな)木製の階段を上ることで、その鑑定屋に行くことができる。
階段は、どちらかというと細身の俺に乗っかられただけで、ぎしぎしと悲鳴のような軋みをあげてみせた。それどころか、俺の半分くらいしか体重がないんじゃないか、と思わせるほどに軽そうなネルにすら抗議の軋みをあげる。
二階に上がると、壁に一切の隙間なく配置された背の高い本棚と、本の海で溺れかけている少女(?)の姿が目に入った。
「へ、へるぷみー……」
積んであった本が崩れたのだろう。
少女は――多分少女だと思う――本の海から右腕をこちらに向かって突き出していた。手をくいくいと動かしてアピールしている。
「あー……どうする?」
「助けてあげてください」
呆れ顔でネルが言った。
俺は本をできるだけ傷つけないように気をつけて近づくと、少女の手首を掴んで思い切り引っ張り上げた。魚を一本釣りしたような気分。
「た、助かった~」
本の海から出てきたのは、一〇歳前後と思われるかわいい女の子だった。
「ありがとう、と礼を言ってやろう」
尊大な口調で女の子が言った。
「どういたしまして」
俺は言った。
女の子は本の海を飛び越えると、その奥にあるロッキングチェアに、飛び乗るように腰かけた。小さな彼女にはいささか大きな椅子だった。
「そっちの男は、初めましてかな? そして、ネルとは久しぶり、か……」
「一週間前に会いましたよ」
ネルがむっとした顔で言った。
「そうだったか」
女の子はどうでもよさそうに言った。
「で? 何の用だ?」
「この人――」
ネルは俺を指差して、
「レンを見てほしいんです」
「ふむ」女の子が頷く。「この……イケメンなようなそうでもないような、どことなく冴えない顔つきをした無能そうなレンという男は、お前の恋人なのか?」
初対面だというのに、随分な言われようだ。
「違います」
ネルはきっぱりと否定した。
「では、なんだ?」
俺とネルの関係性を尋ねているのだ。
「さあ?」ネルは首を傾げる。「知り合い、でしょうか?」
「なぜに疑問形?」
「いや、関係性も何も、まだ知り合って間もないですからね」
「ふうん」女の子は言った。「いつ知り合ったんだ?」
「二、三時間前でしょうか?」
「ほんとに間もないんだな」
女の子は困惑した顔で顎を撫でた。
困惑するのも無理はない。俺だってわけがわからない。
「どんな経緯で、この無能そうな男と知り合ったんだ?」
「実はですね――」
ネルは自らが所属していたパーティーから追い出されたこと、街中をふらふらと歩いていたときに、偶然、仰向けになって黄昏ている俺を発見したことなどを話した。
「ふうん」女の子が言った。「二人ともパーティーを追い出されたのか。面白いな」
「これっぽっちも面白くないですよっ!」
ネルはほんの少しだけ苛立ったような、そして拗ねたような口調で言った。
「お似合いじゃないか。二人とも無能だったからパーティーを追い出されたんだろ?」
「私は――いえ、私たちは無能なんかじゃありませんっ!」
「私たち?」
私たち、というのは、ネルと俺のことだろう。
俺が無能であることを強く否定してくれたのは、正直嬉しかった。
「レンを見てほしいのは、彼がすごいスキルを持っているかもしれないからです」
ネルの言葉に、女の子が興味深そうな顔をする。
「何か、根拠でもあるのか?」
「私のシックスセンスが――」
そこで言葉を切って、じらすように溜めてから、
「――そう告げているんです」
「つまり、何の根拠もないってことだな」
ネル渾身の決め台詞は、あっさりと聞き流された。
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