第7話
「それは――魔法がまったくと言っていいほどに当たらないということです」
「……は?」
魔法が当たらない?
それは文字通り、ターゲットに魔法が命中しないということか?
だが、魔法の精度は――もちろん、人にもよるが――弓矢よりも高いと一般的には言われている。射程だって種類によってはかなり長いはずだ。遠距離ならともかく、近距離なら魔法を命中させることは容易なはずだ。
「あー……それは……?」
俺は困惑しつつも、文字通りの意味ではないのかも、と考えていると、
「深い意味はなく、文字通り命中しないんです」
ははは、とネルが自嘲気味に乾いた笑い声をあげた。
「私の魔法の命中確率は一パーセント以下です」
「一パーセント以下って……」
魔法を一〇〇回撃っても、一回も当たらないってことか。いや、運がよければ一〇〇回に一回くらいは当たりますよー……って……。
絶望的じゃねえか!
いくら魔法の威力が高かろうと、敵に当たらなければ何の意味もない。何の価値もない。それどころか、明後日の方向に飛んでいった魔法が、周囲を破壊するだろうことを考えると、むしろ迷惑だ。
敵に向かって一〇〇発の魔法を放って、そのすべてが外れて大地に大穴を穿つところを想像すると、俺も乾いた笑い声をあげざるを得なかった。
「なに笑ってるんですか?」
ネルが変質者を見るような目で、俺のことをじっと見てくる。
「え? ああ……すまん。何でもない」
「……まあいいです」
ネルはコーヒーを一口飲んでごっほごっほとむせると、
「さて、それでは問題です」
じゃじゃん、とネルは言った。
「敵に当たらなかった魔法はその後、どこに飛んでいくでしょうか?」
「どこって……その辺の地面にぶち当たるんじゃないのか?」
「もちろん、それもあります」
それもってことは……。
少し考えてみると、すぐに正解と思しきものが思い浮かんだ。思い浮かんでしまった……。
「ま、まさか……」
「ええ。そのまさかです」
ネルは悟りを開いたような目で宙を見つめながら、
「味方に当たっちゃうんですよ」
「……」
皮肉というかなんというか……。
「敵には当たらないのに、味方には当たるのか……」
「もちろん、味方に当てようとしたら外れますよ」
なるほど。
いい案を思いついた。
「それなら、味方に魔法を当てようとすればいいんじゃないか? そうすれば、味方には当たらず、外れた魔法が敵に的中するかもしれない」
「いい案ですね――と言いたいところですが、そうは問屋が卸さないんです。その案は私も思いついたんです。で、試してみました」
「結果は?」
「駄目でした」
ネルはしょんぼりとした顔で言った。
「駄目駄目でした」
「何がどう駄目だったんだ?」
「意識の問題なんです」ネルは言った。「心の奥底で、ほんの少しでも『あそこに魔法を当てたい』と思ってしまったら、そこには当たらなくなってしまうんです」
「なるほど」
自分の心を完全に騙しきるのは、きわめて難しい。常識をすべて捨て去り、非常識にならなければ、自らを騙すことはできない。
「私の魔法は、威力自体は強力ですからね。当たってしまったら、ひとたまりもないと思いますよ。パーティーメンバーはことごとく重傷を負いました」
まるで他人事のように――まあ、実際、被害を受けるのは他人なのだが――ネルはあっけらかんと言った。
傷を負ったのはネルではないのだけど、その原因となったのはお前なんだぞ。
「で、耐えかねた皆さんから罵倒されて、パーティーから追い出されました」
「当然の結果だな」
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