第2話
俺は――結局、セドリックの靴をなめることができなかった。
こんな俺でも、ほんの少しの――些細なプライドがあったのだ。プライドなんて捨てろ、と何度も自分に言い聞かせたが、駄目だった。
生活の安寧よりも、プライドを重視してしまった。
「ははっ! はははははっ!」
靴を前にして、拳を硬くきつく握りしめ、歯を食いしばって震えている俺を見て、セドリックは愉快そうに哄笑した。
「そっかそっかそっかー。うん、お前にもプライドってやつがあるんだな。さすがに俺の靴をなめることはできないか」
うんうんと頷くと、セドリックは俺の肩を思い切り蹴りつけた。
「がっ……」
ごろごろと地面を転がって、俺は壁に強かに頭を打ち付けた。
「うっ、ぐぁ……」
俺があまりの痛さに呻いていると、セドリックは自らの靴を愛おしそうに撫でながら、
「残念ではあるが、まあ、靴をなめられるのは困るな。お前の汚い唾液で、俺のこの一〇〇万クロウの靴がべとべとになっちまうのは困る。汚れた靴がもっともっと汚れてしまうな」
そして、脚を組み替えた。
「もし仮に、お前が俺の靴をなめていたとしても、お前が追放される――クビになるという事実は、現実は変わらない。なぜなら、このパーティーの支配者は俺であり、俺の言うことは絶対だからだ。ここでは俺がルールだ。わかったか?」
「……わかった」
不承不承俺が頷くと、セドリックは満足そうな顔をしてパチン、と指を鳴らした。
すると、二階からパーティーメンバーであるアデルとシェリーが降りてきた。二人とも肌を大きく露出させた扇情的な恰好をしている。
セドリックほどではないが、二人ともかなりの強者だ。二人はもともと強かったが、このパーティーに加入してセドリックによる指導を受けると、すぐに二段階くらい強くなった。悔しいが、セドリックの指導力は確かなのだろう。
アデルもシェリーも、セドリックの愛人だ。
セドリックは、性格は悪いが顔はいい。かなりの優男だ。その甘いルックスと、圧倒的な実力から、めちゃくちゃ女性にモテる。
彼は特定の恋人は作らずに、あちこちで好き放題遊んでいる。人妻を無理矢理奪い取って遊びつくした後あっさり捨てる、なんてこともしょっちゅうだ。そして、その尻拭いを俺がしていた――いや、させられたと表現するほうが正しいか。
セドリックは立ち上がると、黒いつやつやとした、革張りの大きなソファーの真ん中にどっしりと腰かけた。
アデルとシェリーがすぐに、セドリックの両隣に密着するように腰かけた。そして、甘えるようにしなだれかかった。
セドリックはにやにやと下卑た笑みを浮かべると、二人の肩に手を回した。そして、二人の胸を荒く揉みしだいた。
「おい、レン!」
「……なんだよ?」
「わかるだろ? 俺は今からアデルとシェリーと楽しく遊ぶわけだ」
にやついた顔でセドリックは言った。
そして――。
「だから――さっさと出ていけっ!」
舌打ちをしそうになるのを何とか抑え、俺はよろよろと立ち上がった。
パーティーハウスの玄関へと歩き出すと、ドアがひとりでに開いた。アデルかシェリーの魔法だろう。
俺が外に出ようとした、そのとき――。
「〈空気風砲:エアー・キャノン〉!」
シェリーが立ち去ろうとする俺に、魔法を放った。
魔法陣から生み出された空気砲が、振り返った俺にぶち当たった。
「ぐあっ!」
宙を舞い吹っ飛ぶ俺を見て、シェリーはくすくすと笑いながら、
「じゃあねー、役立たずのレンくーん!」
アデルは微笑み手を振りながら、
「次のパーティーでも雑用係頑張ってください」
そして、セドリックは――。
「次の雑用係はどんな子にしようかねえ」
三人の馬鹿にしたような醜い笑い声が、背後から聞こえる。
くそっ! どうして、俺がこんなひどい仕打ちを受けなければならないんだ? 俺を解雇するのに暴力行為なんて必要なかっただろ。言葉だけで十分だったはずだ。
ああ……。あいつらはただ、俺を虚仮にして愉悦に浸りたいだけなんだ。それ以上でも、それ以下でもない。
「――っ!」
宙を舞いながら、俺は遠ざかり小さくなっていく三人を睨みつけた。
ぎいいいっ、とドアがひとりでに閉まった。
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