第一章
第3話
…。
……。
………。
全身が痛む。
「……ん」
目を開けると、青く澄んだ空が視界に入ってきた。
俺は両手両足を大きく広げた状態で、仰向けに倒れていた。
人気のない路地。左右の建物のせいで日陰になっている。薄暗く、地面に敷かれた石畳がひんやりとして冷たい。
どうして、俺はこんなところで倒れているんだ?
……ああ、そうだ……。そうだった……。思い出したぞ。
俺はセドリックにパーティーから追放されたんだ。そして、パーティーハウスから出て行こうとしたときに、シェリーに〈空気風砲:エアー・キャノン〉をぶつけられたんだ。
俺は弧を描くように大きく宙を舞って、やがて重力に従って落下した。地面に叩きつけられた際の衝撃で、気を失っていたのだ。
死んでないのが、不思議なくらいだ。それに、痛みこそあるものの、目立った怪我はない。骨も折れていないし、擦り傷なんかもほとんどない。
五体満足。
起き上がろうとしたが、やっぱりやめた。もう少し、こうして仰向けの状態で空を眺めていたい。黄昏る。
考えるのはこれからのこと。冒険者として、この先どうやって生計を立てていくか。……あるいは、転職するか。まあ、転職なんてできそうにないが……。
ソロで食っていくには実力が足りなすぎる。でもパーティーに入るとして、俺を必要とするパーティーが果たして存在するのだろうか?
パーティーにはそれぞれ役割がある。俺に担える役割って何だろう? 荷物持ち、雑用。そんなのは役割とは言えない。必要性がないのだ。
「俺に秘められた能力があればなー……」
右手を太陽にかざしながら、俺はぽつりと呟いた。
もしかしたら、俺には自分でも把握できていない、秘められた特別な能力があるのかもしれない――。
昔からよく考えていたこと。
そんなことはあり得ない。俺は凡人だ。……いや、凡人以下だ。わかってる。そんなことはわかってる。わかってるんだ!
これは現実逃避。
現実を直視しないことで、精神を保っているのだ。
「あー……これからどうしよう……」
相手がいないので、独り言になる。
「俺を受け入れてくれる、いい感じのパーティーないかなー……」
答えは『ない』。
ならば――。
「自分でパーティーを作るしかない、か……」
だが、パーティーを作ったとして、入ってくれる人が果たしているのだろうか?
世界は広いから、俺のパーティーに入ってもいいよって言ってくれる物好きなやつもいるはずだ……多分……。
そんなことを考えていると――。
「あのー」
少女の声が聞こえた。
声の方向に目を向ける。
人気のない路地の入口にたたずむ、紫髪の少女と目が合った。
その子は大きなとんがり帽子をかぶっていて、フリルのついた紫色のワンピースを着ている。まるで魔女のような格好だが、背が小さく妖艶さに欠けるので、魔女のコスプレをしている女の子にしか見えない。
「……ん?」
「そんなところで何してるんですか?」
それは嘲りなどではなく、純粋な――そして素朴な――質問だった。
「え? ああ……」
なんと言おうか悩んだ。
悩んだ末(三秒ほど)に、
「ちょっと黄昏てたんだ」
と、言った。
嘘ではない。事実を一部省略してはいるが。
俺の回答に、魔女っ子はきょとんとした後、くすくすとおかしそうに笑った。何がおかしいんだろう?
「面白い人ですね、あなた」
少女は俺のもとへ近づいてきて、言った。
「私はネルと言います。あなたは?」
「レン」
仰向けのまま、俺は名乗った。
「よろしくです、レン」
「……ああ、よろしく」
これがネルとの出会いであり、俺の新たなる人生の始まりでもあった――。
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