ただそこにいるだけで、最強
青水
序章
第1話
「レン、お前――〈聖刻の剣〉から出てけ」
ある日のこと、パーティー〈聖刻の剣〉のリーダーであり、俺の幼馴染でもあるセドリックが唐突にそんなことを言った。
誰に? ……俺に。俺に???
あまりにも唐突過ぎで、なおかつ脈絡がなかったものだから、俺はセドリックが冗談を言っているんじゃないかと思った。
しかし、セドリックの表情はいたって真剣だった。冗談を言うのなら、もう少しへらへらと笑っているはずだ。
だがそれでも、俺はセドリックが冗談を言っていると思っていた。
だから――。
「おいおい、冗談は――」
「冗談ってわけじゃない」
言葉を最後まで言わせてくれなかった。
俺が喋ることに対して、不愉快だとでも言いたげに、セドリックは顔を歪めて見せた。イモムシを間違って食べてしまった時のような、そんな顔だった。
「これは決定事項だ」
「どうして――」
「どうして、だと?」
氷のように冷たく冷めた口調でセドリックが言った。
「わからないのか? まったく? これっぽっちも?」
はははっ、とセドリックは小馬鹿にしたような乾いた笑い声をあげた。
「やれやれ。お前はどうしようもないくらいに、救いがたいほどに、とてつもなく愚かだな。馬鹿、阿呆、愚図、間抜け、ゴミめ」
罵倒のオンパレード。
セドリックは昔から口が悪い。そして性格も悪い。人を褒めることよりも、罵ることのほうがずっと多い(褒めたことなんてあっただろうか?)。なので当然、セドリックには友達と言えるような存在は、ほとんどいなかった。多分、俺だけだと思う。
……いや、俺も幼馴染ではあるのだが、友達と言っていいかは微妙なところだ。改めて考えてみると、友達ではない。腐れ縁とでも言うべきか。
こんなにも性格が悪いセドリックだったが、いじめられたりはしなかった。なぜなら、セドリックには圧倒的な戦闘・魔法の才能があったからだ。
自分は人の悪口ばかり言うくせに、他人がセドリックの悪口を言おうものなら、容赦なく叩き潰した。もう二度と、彼の悪口を言えなくなるほどに。トラウマになるほどに。
セドリックの悪行を止める者はいなかった。……いや、正確には、止められる者は誰もいなかった、と言うべきか。もちろん、俺も止めずに見て見ぬふりをした。
セドリックの性格はわかっているつもりだった。奴を怒らせないように、慎重に対応しているつもりだった。
しかし、甘かった――。
セドリックの傍若無人っぷり――あるいは、気まぐれっぷり――は、俺の予想をはるかに超えていた。
「ま、お前はどうしようもないくらいの無能だからな。仕方がない。この俺様が特別に言語化して教えてやろう。理由は単純明快、お前が雑魚だからだよ」
「……」
俺には、才能がない。
それは、紛れもない事実。否定しようのない事実。
剣も魔法も格闘も、すべてが人並みかそれ以下だった。
自分一人では、冒険者として生計を立てていくのは難しい。けれど、他の職業も自分には向いていない(というよりも、なれないと言うべきか)。俺が――ただの村人がなれるような職業は、そんなに多くない。
だから――。
「聞いてんのか、腰巾着野郎」
腰巾着と周囲から揶揄されても、必死に我慢してきた。プライドなんてものは捨てちまえ。俺にできるのは、強者を支えること。雑用。それくらいだ。
「ま、幼馴染のよしみで今までパーティーに居させてやったけど、それも今日でおしまいだ。お前のような無能をパーティーに置いておくのは無駄だ。無駄以外の何物でもない。それに雑用係も、お前のような冴えない男より、かわいい女の子のほうがいいしな」
「……確かに、俺には才能がない。無能だって言われても仕方がない。だけどな、それでも俺はパーティーのために必死になって働いてきた!」
無能なりに頑張って、パーティーに貢献してきた――。
そう思っていた。
しかし、そんなことはなかった。
もっと直接的に――戦闘面において役に立たなければ、評価されないのだ。
……当たり前か。そんなことすら、俺はわからなかったんだ。
ふう、と息を大きく吐き出すと、セドリックは椅子に座って脚を組んだ。
「俺の履いてるこの靴、ちょっとばかし汚れちまってな。なあレン、この靴をなめて綺麗にしてくれよ。そうしたら、追放の件、再考してやってもいいぞ」
セドリックは足を俺に向けながら、ケラケラと笑った。
「……」
俺は床に膝をついて、顔をセドリックの靴へと近づけた。
靴をなめて綺麗にすれば、俺はこのパーティーにいられるのだろうか? このパーティーから追い出されたら、俺はどうやって生きていけばいいんだ?
プライドなんて捨てちまえ。プライドなんて捨てろ。プライドなんて必要ない。
俺は、俺は、俺は――。
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