第30話

 お城にはたくさんの人がいた。通された大広間にはクリス様だけではない。なぜか王様、そして王妃様の姿もあった。

 この人が、アラン様とクリス様のお父さん……。

 クリス様と同じ金色の髪の毛をもつ王様はアラン様とは似ていないように思えた。

 でも……。

 目が、同じだ。

 緑色の優しい目。アラン様ともクリス様とも同じ色の目。

 その目はまっすぐに私を見つめていた。


「あなたが聖女だね」

「は、はい」

「はじめまして。私はこの国の国王、ローレンス・モルダー・マクファーレン」

「わ、私は小嶋愛莉です。この国ではアイリ・グリフィンと名乗らせて頂いています」

「グリフィン……。アランの母の名か。ああ、君のそのまっすぐな目はアランの母に似ている気がするな」

「そ、そうなん、ですか……?」


 そんなふうに言われるなんて思ってもみなかった。

 アラン様のお母様。一度だけお見舞いに行かせてもらったことがあるけれど、お城の奥の部屋でずっと眠っていて、お話しすることすらできなかった。でも、私に似ているんだ……。


「それで? 二人揃って何の用だ? 私は聖女のみが来るとクリスに聞いていたのだが」

「お許し頂きたいことがあって参りました」


 アラン様が少し緊張したような乾いた声で言う。隣で跪いているだけの私も手に汗をかいてしまうぐらいだ。


「なんだ」

「私は聖女アイリとともに、この国をよくしたいと考えています」

「なっ……!」


 アラン様の言葉に真っ先に反応したのは王妃様だった。思わず立ち上がりそうになったのを王様に諫められ仕方なく座り直す。

 けれどその表情は怒りに包まれているのが見てわかった。

 王妃様とは対照的に王様は冷静で、アラン様をまっすぐ見つめると問いかけた。


「……それが、どういうことかわかって言っているのか」

「はい」


 王様は片手を上げると、その場に控えていた人たちが礼をして退出していく。最後の一人が部屋を出たのを確認すると、王様は話を続けた。

 

「この国を統べると、そう言っているのだな」

「……はい」


 アラン様の答えに、王妃様はもう我慢ならないと言った表情で立ち上がると手に持ったセンスをアラン様に突きつけるように指し示した。

 

「そんなこと許しません! だいたいあなたには継承権はないでしょう!」

「静かに」

「ですが!!」

「継承権はアランにもクリスにもどちらにもある。私はまだ王太子は決めていないとそう記憶しているが違ったか?」

「そ、それは……」


 王様の言葉に、王妃様は今度こそ何も言えなくなり、ふらふらと椅子に座り込む。静かになったのをたしかめてから、王様はアラン様とそれから控えていたクリス様に声をかけた。


「私としてはアランもクリスもどちらも可愛い子だ。この国の王にどちらがなってもいいよう教育は施してきた」

「え……」


 それは意外な言葉だった。アラン様は王様からも王妃様からも疎まれているとそう言っていた。でも今の言葉は……。


「意外かい?」


 疑問が表情に出ていたのか、王様から尋ねられてしまう。私はなんと言っていいかわからず曖昧に頷いた。クリス様が「顔に出すぎ」と笑っているのが見えたけれどさすがに文句を言うこともできない。

 そんな私たちに王様は小さく笑うと、口を開いた。


「側室から生まれた息子であるアランを私が疎んでいると、そう思っていたのかい?」

「……はい」

「素直だね。あなたがそう思っているということはアランもそう思っているのだな」


 返事をすることはなかったけれど、沈黙を肯定と受け取ったようで王様は少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。その表情は紛れもなく、子を想う父のものだった。


「親が子を疎むものか。だがそう思わせていたとするなら、すまなかった」

「なっ、か、顔をあげてください。父上」


 頭を下げる王様に、アラン様は狼狽える。アラン様だけではない。王妃様も呆然とした様子で王様を見つめていた。唯一、クリス様だけはそっぽを向いていたけれど。

 そして王様は話を続ける。


「今更信じてもらえないかも知れない。だが、私は――」

「言えばいいでしょう。私のせいでリネットを追い出すことになったのだと」

「え……?」


 叫ぶようにそう言ったのは、力なく王様の隣の席に座っていた王妃様だった。

 クリス様が舌打ちをしたのが聞こえた。もしかしたらクリス様は何があったのか知っているのかも知れない。


「それは、いったい……」


 苦々しそうなクリス様とは違い、アラン様にとっては初めて聞く話だったようでどうしていいかわからない様子ででもなんとかそう尋ねていた。


「……私の子を、クリスを王としたいものは母親の私だけではなく他にもたくさんいたってことですわ。その者達がみな、あなたの、そしてリネットの命を狙ったわ。その者達からあなた達親子を守る唯一の方法があなたは王から見放された疎まれた子だと、そう周りに思わせることだったのですわ」

「そん、な」


 王妃様の言葉は衝撃的だった。今まで愛されていないとそう思ってきた行動全てが、アラン様をそしてアラン様のお母さんを守る為の行動だったなんて。

 私の隣でアラン様は呆然とした様子で王様をそして王妃様を見つめている。どう受け止めていいのかわからないのかもしれない。私はそんなアラン様の手を、そっと握りしめた。


「あ……」


 ハッとしたようにアラン様は私の方を見る。

 私は何もできない。でも、そばにいることはできるから。

 アラン様の冷たい手に、私の手のぬくもりが合わさって少しずつ温まっていくのを感じる。


「それでは――私が王位を継ぐことを、お許し頂けますか?」

「待てよ」


 アラン様の言葉に王様が何か言う前にクリス様が割って入った。

 クリス様はちらりと私に視線を向けたあと、王様に向かって口を開いた。


「父上、私からもお願いがあります」

「ほう? クリスか。どうした」

「私はアイリが好きです。聖女であると知る前からアイリに惹かれ、二人でならこの国をよくできるとそう確信しました。聖女であるとわかってからはなおさらです。ですので、私と聖女アイリの婚姻をお認め頂きたいと思っております。本日は、そのお願いのための謁見でした」


 そこまで言うと、クリス様はアラン様へと視線を向けた。


「まさか兄上も、同じ話をしに来たとは驚きでしたが」

「クリス……」

「二人とも聖女を望むか」


 おかしそうに王様は笑うと伸びた髭を撫でた。そして私へと声をかけた。


「聖女、そなたはどちらを望む」

「え……?」

「アランかクリス、どちらと婚姻を結ぶことを願う。慣例ではそなたと婚姻を結んだものが次期王となる。さあ、どちらを選ぶ」


 その場にいる全員の視線が私へと注がれる。

 私は――緊張でカラカラになった口をなんとか開くと、恐る恐る声を出した。


「わた、しは」

「…………」

「私、はどちらとも婚姻を結ぶことは望みません」

「なっ」


 声を荒らげたのは――王妃様だった。


「何様のつもりですの! 一人は側室の子といえど王子が二人ともそなたを望んでいるというのに。これほどの名誉がありますか。聖女といえばなんという傲慢な人間でしょう!」

「まあ、王妃。少し黙ってはいてくれんか」

「ですが!」

「オリビア」

「……はい」


 王様に言われ王妃様は大人しく椅子に座る。そんな王妃様に優しい視線を向けたあと、王様は私を向き直った。


「婚姻を望まない理由を教えてはもらえんか」

「……私は、元の世界に戻りたいと、そう思っております」

「ほお?」

「ですので、次期王と婚姻を結びいずれ王妃となる、そのようなことはできません。ですが」


 ごくりと唾を飲み込む。緊張で手が震えてしまう。

 そんな私の手を、今度はアラン様が優しく握り返してくれた。

 大丈夫、私がそばについてるから。

 そんな言葉が聞こえてくるかのようだった。


「ですが、私は――アラン様が王となるまでその隣で、この国を守っていきたいとそう思っております」


 その言葉の意味をわからない人はこの場にいなかった。

 王妃様は愕然とした表情でアラン様を見つめ、王様は……何かを考えるように目を伏せた。

 沈黙が私たちを襲う。

 その沈黙を最初に破ったのは、クリス様だった。


「兄上、勝負をしませんか」

「勝負?」

「ええ。アイリと、そして王太子の座を賭けて」

「それは……」

「もしもこのまま父上が許したとしても、兄上の立太子をよく思わないものもいる。それはおわかりでしょう?」


 クリス様の言うことはもっともだった。現状、この国の王太子がいないとはいえ、その座は成人を迎えればクリス様が継ぐとそう思われている。

 そんな中、もしも王様が許したとはいえ突然アラン様が王太子となれば国が荒れるのは目に見えている。

 でも、だからって。


「ただ聖女信仰の強いこの国で、聖女が兄上とともにいるにも関わらず私が王太子となってもそれはそれで民衆からは不満が出る。そうですよね、父上」

「ああ、クリスの言うとおりだ」

「なので、正々堂々と勝負をして勝った方が王太子の座も聖女もモノにできる。我々にとっても民衆にとってもわかりやすいと思うのです」

「そんなこと私は認めませんよ!」


 ヒステリックな怒鳴り声に視線を向ける。そこには音を立てながら立ち上がり、クリス王子を睨みつけるように見下ろす王妃様の姿があった。けれど――。

 

「母上は黙っていてください」

「なっ」

「これは、王とその息子である我々の話なのです。あなたには関係ない」

「私は王妃でありあなたの母ですわ!」

「それでも、王の血を引くのは私と兄上の二人だ」


 ぴしゃりと言い切ったクリス様に王妃様はわなわなと身を震わせていた。けれど、そんな王妃様には目もくれず王様とクリス様、そしてアラン様は話を進める。


「場所は闘技場でいいでしょう。勝負の方法は――」

「アランもそれでよいか」

「はい。……ただ」

 

 勝負の内容はわからないけれど、アラン様とクリス様が争うところを見たくない。

 けれどどうやらそれは避けられないことのようで、アラン様も覚悟を決めたかのような表情を浮かべ、クリス様へ向き合った。 

 

「クリス」

「なんです」

「賭けるのは王太子の座だけだ。アイリは賭けるものではない。その気持ちが欲しいのであれば、正々堂々と本人に向き合え」

「……わかりました。父上、それでいいですか?」

「ああ、二人の決闘を認めよう。勝者を私の後継者とする。日時は改めて連絡する」

「ありがとうございます」


 アラン様とクリス様が頭を下げると、王様は今も不服そうな王妃様を連れて退出する。

 大広間に残されたのは私たち三人だけだった。

 気まずい空気が流れる。

 でも、私には伝えなければいけないことがある。


「クリス様」

「っ……なんだよ」

「少し、お話しがしたいんですけど……」


 アラン様をちらりと見る。すると全てわかっているとでも言うように頷いた。


「私は先に城へ帰っているよ」

「……ありがとうございます」


 優しく微笑むと、アラン様は一人、大広間を出て行った。

 私はクリス様へと向き直ると何から話そうか、まずはなんと言えばいいだろうと必死で考えた。

 そんな私をクリス様は小さく笑った。


「少し歩くか」

「……はい」


 私はクリス様に連れられるままにお城の外へと向かった。

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