第23話

 そんな生活を一ヶ月ほど続けていたある日、私はクリス様から今日は貧困街に行けないという連絡をもらい、図書室へとやってきていた。

 ライと約束したあの井戸の水について調べるためだった。

 あれはいったいなんだったのか。この一ヶ月、色々調べてはいるのだけれどこれといった情報がない。嫌な気がするのは私の気のせいで、ただ単に水が傷んでいるだけ、なのだろうか。


「うーーん」


 何か私にできることがあればいいんだけれど。ライと約束したということもあるけれど、それより何より私自身がなんとかしてあげたいとそう思う。

 けれど、調べても調べても出てこない。よく似た状況や、何かヒントだけでもと思うけれどそれすらもない。どうすればいいのか……。


「あれ? これって」


 そんなとき見つけたのは魔法について詳しく書かれている本の中の1ページ。それは『スキル一覧』と書かれたページだった。

 私の魔力値を調べるために使われた鑑定の他にも色々あるそうだ。もともと持っている場合もあれば条件によって使えるようになるスキルもある。


「ふーん。……鑑定」


 私は自分自身に鑑定をかけた。あのときと同じように頭の中にパソコンのモニターのようなものが浮かび上がる。


「えっと、魔力値が520000。あれ? 前より増えてる? ヒール使ったりクリーン使ったりしたからかな? でもって、スキルは相変わらず鑑定のみっと。うーん、他のスキルを使うにはどうしたらいいんだろう」


 もう一度本に目を落とす。何か少しでもヒントになりそうなものは……。


「あれ? これって」


 それはスキルの中でも解放条件が不明となっているものの一覧の中にあった。

『浄化』と書かれたそのスキルは聖属性のみが使えると書かれているもののどのような条件下で使えるようになるのかはわからず、幻のスキルと書かれていた。

 けれど本に載っているということは今までに使えた人がいるということだ。

 私はさっそく唱えてみることにした。


「浄化」


 ……何の変化もない。

 そもそも浄化といってもいったい何を浄化したというのだろうか?


「あ、そうだ。――鑑定」


 私は初めて鑑定を使ったときのことを思い出した。あのとき、自分を鑑定してスキルの項目を見たときに鑑定と書かれていた。つまり、今浄化を使えていたらあそこに浄化と書かれているはずだと思ったから。

 でも、頭の中のパソコンモニターに書かれた数値もスキルも先程と何一つ変わっていなかった。

 つまり浄化は使えていないということだ。


「はぁ」


 聖女だ何だと言われても結局何の役にも立てやしない。私はいったい何のためにここにいるのか。


「アーシャやライ、それに他のみんなも今頃何をしてるかな」


 図書室の大きな窓から外を見る。お城は小高い山の上に建っているので森の向こうに街を見下ろすことができる。

 お城の窓から見る街は平和そのもので、毎日を生きることにすら困っている子達がいるようには見えなかった。



 翌日も、その翌日もクリス様からの返事は「今日は無理だ」だった。

 毎日は無理でも少なくとも二日に一回は連れて行ってくれてたのにいったいどうしたのだろう。


「ねえ、リリー。クリス様、何かあったの?」

「クリス王子もお忙しいのではないでしょうか?」

「そっか……。そうだよね、学生だって言ってたし王子様だもんね」


 暇なのは私ぐらいなのだろう。アラン様も毎日何かを忙しそうにしている。そりゃ私だって魔法の勉強したり手伝いをしたりと自分にできる範囲のことはしているけれど、それでも仕事も何もない。行くところもない状態ではどうしても暇なのだ。


「はぁ……」

「アイリ様、今日は気分転換に庭園の方へと行くのはいかがですか?」

「庭園。そうだね、行こっかな」


 リリーの言葉に頷くと、私は庭園へ向かうために部屋を出た。長い廊下を歩き階段を降りると、どこからかひそひそ声が聞こえてきた。


「……だってよ」

「じゃあ、あそこにいたやつらは」

「もう駄目だろうな」


 いったい何の話をしているの……?

 どうしても気になって歩くスピードを緩めると、必死に耳をすました。

 どうやらその声は近くのキッチンから聞こえて来ているようだった。なんとなく気になってそちらに足を向ける。リリーが不思議そうにしていたけれど、口元に指を当てて黙って欲しいことを伝える。


「小さい子どもらばかりだろ? 可哀想に」

「まあな。でも、どうすることもできない」

「あそこの住民が全ていなくなればすっきりすると思ってる奴らもいるだろうな」


 その言葉に、私は血の気が引くのがわかった。

 今の話は、まさか。


「あ、アイリ様!」


 リリーの制止を聞くことなく、私はキッチンの扉に手をかけると勢いよくドアを開けた。

 中には、給仕係が二人昼ご飯を作っているところだったようで、突然入ってきた私に狼狽えるのがわかった。でも、それどころじゃない。


「アイリ様? どうなさいましたか?」

「ねえ、今の話」

「え?」

「今のって、まさか貧困街のこと……?」


 二人は顔を見合わせた後、気まずそうに頷いた。


「今、貧困街で発生した伝染病で街は大変らしいです」

「伝染病……?」

「はい。高熱と全身に発疹が起きるとかで、あの街にいた子ども達はみんな……。あ、安心してください。城の者はみな健康ですし、街も――」

「アイリ様!?」


 最後まで話を聞いている余裕なんてなかった。クリス様はこれを知っていて私に貧困街には行けないと言ったのだろうか。だとしたら酷い。アーシャを、ライをあの子達を見捨てるような、そんなこと……!


「アラン様!」

「アイリ?」


 三階にあるアラン様の執務室まで駆け上がると、私は思いっきりドアを開いた。中にいたアラン様とキースは一瞬驚いた表情を浮かべた後、私から目をそらした。

 その態度で、二人も貧困街の現状を知っているのだとわかった。


「アイリ、今私たちは――」

「どうして教えてくれなかったんですか?」

「……何のことだ」

「アイリ様、その話は」


 私とアラン様の間にキースが割って入る。でも、その身体を押しのけると、アラン様の机にバンツと手をついた。

 

「貧困街のことです! 今、伝染病が流行ってるって……」

「……それは」

「知ってたら……私……」

「知ってたら、アイリは街へ行っただろう? だから言わなかったんだ」

「なっ」

「今、王に司祭様を派遣するようにお願いしている。そうすれば」

「そうこうしている間に、あの子達が死んじゃうかもしれないじゃないですか!」


 そもそも王様があの子達を助けるために司祭様を派遣してくれる保証もない。あんな状態で街を、子ども達を放っておくぐらいだもん。きっと王様にとってあの子達は邪魔な存在だ。そう、もしかしたらこのまま伝染病であの子達が死んでくれたらってそう思ってるかも――。

 自分自身の考えに、頭の奥が冷たくなっていくのを感じる。

 そして――。


「アイリ! どこに行くんだ!」


 私はアラン様の制止も聞かず執務室を飛び出した。このままにしておけない。司祭様を派遣するというならヒールで治る可能性があるということだ。


「アイリ!」

「離してください!」

「アイリ! まさか」

「私が行きます! あの子達を私が助けます!」

「そんなことをすれば君が聖女だということが――」

「そんなの! どうだっていいです!」


 今は私のことなんてどうでもいい。


「今こうしている間にもあの子達は苦しんでいるんです。それに比べたら私が聖女だってバレることなんてたいした問題じゃありません! 私は聖女だってバレても死なない。でも私が行かなきゃあの子達は死んじゃう……もう二度と、会えなくなる……」


 泣くな。泣いちゃ駄目だ。

 まだきっと間に合う。だから。


「……行くぞ」

「アラン様?」

「アイリ一人でどうやって行くつもりだったんだ。私が連れて行くよ」

「で、でもアラン様。立場があるから手は出せないって」

「そんなことどうだっていい、だろう?」


 アラン様の言葉に、私は胸の奥が熱くなる。頷く私の手を引くと、アラン様はお城を出た。後ろから慌ててキースがついてくるのがわかったけれど、振り返る余裕なんてなかった。

 手早く馬を準備すると、私を乗せそしてアラン様も馬にまたがった。

 街が近づくにつれ心臓の音が大きくなる。

 お願い、間に合って――。


 数日ぶりに来た街はこの間までの明るい雰囲気とは違い、物々しい空気が流れていた。

 あちこちに衛兵がいて、貧困街へと続く道を封鎖している。


「……こちら現在、通行することができません」

 

街へと向かおうとした私も衛兵に止められてしまう。


「通してくれ」

「何? ……これは、アラン様。大変申し訳ございませんが、こちらは国王命令により通すことができません」

「いいから通せ!」

「いけません!」


 いつもとは違う荒々しい言葉でアラン様は衛兵に食ってかかる。その様子をどうしたらいいかわからず見つめていた私は――アラン様がこちらに向かって視線を向けるのに気づいた。

 その視線は『行け』と私に言っているような気がして。


「あっ、こら! 待て!」


 後ろで衛兵の声が聞こえたけれど、気にせず私は走った。あんなに綺麗になっていたのにまた随分と汚れてしまっている。あちこちが黒ずんでいるのを見て眉をひそめ――そして気づいた。

 あれは汚れじゃない。……血だ。

 喀血のあとだろうか。まさか、もう……。

 私は近くの長屋の中に飛び込んだ。そこには子ども達が数人身を寄せ合って転がるように眠っていた。みんな息は荒く、あちこちで咳き込む音と喘鳴音が聞こえる。


「……だ、れ?」


 私が入ってきたのに気づいたのか、小さな塊が動いた。


「……アーシャ!」

「アイ、リ……?」


 驚いたようにこちらを見るアーシャのそばによる。苦しいのか身体を起き上がらせることもできず、少しだけ持ち上げた顔は浅黒く目はくぼんでいた。

 たった数日でこんなになってしまうなんて。


「アーシャ、私……」

「アイ、リ……だ、め……うつ、っちゃ……ゲホゲホッ」

「アーシャ!」

「で……も、さい、ご、に……アイ、リ……に、あえ、て……よか、った」

 力なく微笑むその頬を涙が伝う。必死に、必死に手を伸ばすその手を取ると私は首を振った。


「最後じゃ、ないよ。これからも、何回も、何回も会えるよ。まだしてあげたいことがいっぱいあるんだから」

「で……も……」

「大丈夫。……私が、アーシャを治すから」


 私は目を閉じると、魔力を練り上げる。そして。


「ヒール」


 まばゆい光が、私とアーシャを包み込んだ。


「どう? これで……」

「ア、イ、リ……」

「アーシャ!? アーシャ!!」


 そう呟いたと思うと、アーシャは私の腕の中で目を閉じた。掴んでいた手は――力なく、地べたに落ちた。

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