第11話

 普段もそこまで華美な服を着ているわけではない、と思うのだけれどそれでもいつもより白いシャツにパンツを合わせただけの質素な服に身を包んだアラン様と白いブラウスに薄い水色のスカートを穿いたわたしの姿はキース曰く、ちょっといい商家の子息令嬢もしくは下流貴族ぐらいに見えるらしい。


「どうかしたか?」

「い、いえ」


 いつものきらびやかな格好ももちろん素敵なのだけれど、シンプルな服の方が顔立ちが映えて魅力的に見える。特に普段は首元がかっちりした服を着ているから、今日みたいに首元が開いていて首から胸元にかけてのラインが露出しているのを見ると……。


「アイリ? 具合でも悪いのでは? 無理をしているのであれば外へはまた別の機会に行っても――」

「大丈夫です! ちょっとアラン様の姿に見とれていただけで!」

「…………」

「…………あぁっ!」


 穴があったら入りたい。掘れるものなら自分で掘ってきちんと上から土までかけて埋まってしまいたい。恥ずかしさに頭をかかえる私にアラン様は小さく咳払いをした。


「ぐ、具合が悪いわけでないのならよかった。……落ち着いたら出発するから言ってくれ」

「……はい」


 アラン様の優しさに甘え、火照った顔が落ち着くまでしゃがみ込んでいる。ああ、きっと今頃アラン様は苦笑いを浮かべているんじゃないか。キースに至ってはまた肩を振るわせている気がする。


「もう大丈夫です……」


 遅くなってすみません、そう続けようと思ったのに、アラン様があまりにも優しい表情で私を見つめていてくれたので何も言えなくなる。

 こんなふうに男の人に優しい目で見つめられたことなんて今までない。たったの一度も、だ。いつだってみんな私を憐れみの目で見ていたし、そうじゃなければ特に興味もないのか一瞥して目を反らすだけ。前者はともかくとして、大して美人でも目を引くような美女でもなければだいたいみんなそんなものだろう。なのに、アラン様は……。


「アイリ?」

「っ……た、楽しみですね! お城の外!」

「ああ。アイリが気に入ってくれると嬉しいよ。首都にあたるマラストは城下町ということもあってマクファーレン王国の中でも一番の賑わいを誇る場所だからね」


 その言葉に、アラン様がいかにマクファーレン王国という国を大切に想っているかが伝わってくるかのようだった。それでもアラン様はこの国の王にはならないと言う。第一王子として生まれたのに、自分は正統な後継者じゃないからと。

 あのときアラン様は「クリスが生まれたときから」と言っていた。それはつまり、クリス様が生まれるときまではアラン様こそがこの国の後継者だと育てられてきたということではないだろうか。

 召喚されたあの日に会ったクリス様は私と同い年かそれぐらいに見えた。対して、アラン様は確か今年で23歳だと言っていた。物心つく頃まで後継者だと言われて育てられ、王妃に子どもができた途端、用なしだと言われるのがどんなに辛いことか……。


「アイリ?」

「……いえ。早く外を見てみたいです!」

「ああ、行こうか」


 アラン様は微笑むと、馬に乗る。そして私に手を差し伸べた。


「アイリのことを思うと本当は馬車で行きたいところなんだが、そうするとお忍びの意味がないからね。申し訳ない」


 アラン様は苦笑いをしながら、差し出した私の手を引っ張ると馬上に引き上げた。

 そのまま城の外に出ると森の中を馬は歩く。その景色に私は背筋が寒くなるのを感じた。あの日からずっと城の中にいたけれど、ここはもしかして……。


「この森って、前に、私が……」


 カタカタと震える私に気づいたのか、アラン様は手綱を片手で握ると空いている方の手で後ろから私の身体を抱え込むようにして包み込んだ。

 背中から伝わるそのぬくもりに、少しずつ震えが止まるのがわかる。


「大丈夫かい?」

「はい……」

「アイリがクリスに置いて行かれたのはもう少し奥の方だよ。この辺りは危ないやつらも出てこないから安心して」

「そうなん、ですね」

「ああ。先に言っておけばよかったね。すまない」


 そう言うアラン様の声が申し訳なさに溢れていて、私は慌てて首を振った。


「私が勝手に勘違いしただけなので気にしないでください」

「だが」

「本当に大丈夫です。それに……」


 私は目を閉じると感覚を研ぎ澄ませる。

 うん、アラン様の言うとおりこの辺りには何もいない。むしろ空気が清らかで気持ちいいぐらいだ。


「ここは凄く心地いいです」

「そう言ってもらえると安心するよ」


 そのあと私たちは他愛もない話をしながら正門のそばにある使用人用の通路から外に出た。

 近くの宿屋のうまやに馬を止めると、宿屋から主人が出てきた。どうやらたまにお忍びで来ていたのか、主人は慣れた様子でアラン様からお金を受け取っていた。


「どうした?」

「いえ、その慣れてらっしゃるなと思いまして」


 宿屋からは歩いて街へと向かう。と、いってもそう遠いわけではないようで数分も歩けば賑やかな声が聞こえ始めた。


「ああ、アイリが来る前もたまに来ていたからね。着飾って来るよりも普段の様子が見たかったから」

「そうなんですね」

「王子の姿じゃ見えないものがあるから」

「アラン様?」


 その言葉にどこか寂しさを感じた。

 けれどどういう意味なのか問いかけることはどうしてもできなかった。



 アラン様の言うとおり城下町は賑わっていた。街の中央には大きな噴水があり、その周りで楽器を演奏している人もいる。街の中を子ども達が駆け回り、笑い声で溢れていた。


「アラン様! あれは何ですか?」

「屋台だね。何か食べるかい?」

「いいんですか!?」

「ああ。店主、それを二つもらえるか?」


 アラン様が声をかけて硬貨を渡すと、おじさんは肉が刺さった串を二つ手渡した。

 この世界の食べ物は元の世界の食べ物と似ている。牛もいれば豚もいる。海に行けば魚も泳いでいる。モンスターがいるのと魔法が使えることを除けばそこまで違いはない。

 あ、でも魔法が使えるせいなのか、科学の進歩はゆっくりだと思う。魔道具と呼ばれる便利な道具が作られているから電気なんかが必要ないみたい。


「どうぞ」

「ありがとうございます!」


 少し離れたところにあったベンチに腰掛け串を受け取ると、私はそれにかぶりついた。焼きたてのお肉は柔らかくて口の中でとろけていく。かかっているソースは少し甘めで肉汁と合わさってとても美味しい。


「これ、凄く美味しいです!」

「喜んでもらえたならよかった」


 アラン様は嬉しそうに微笑むと、同じようにかぶりつく。こんなカッコいい人でも串に刺さったお肉をかぶりつくんだと思うと不思議なようなおかしいような変な感じだ。

 そんな私の視線に気づいたのかアラン様は首をかしげる。


「どうかしたかい?」

「い、いえ。そのアラン様もこんなふうに外で買い食いをするんだなって思って」

「ああ。……実は初めてなんだ」

「え、えええ!?」

「いつもはキースが一緒だったからね。こんなことしようものなら怒られてたよ」

「そ、それは大丈夫なんでしょうか……?」


 いくら今日はキースがいないとはいえ、本来なら怒られるようなことをしてもいいのか。不安になって尋ねる私にアラン様は片目をつぶると笑った。


「だからこれはアイリと私の秘密だ」

「っ……」


 その表情に私は何も言えなくなる。ずるい、絶対にずるい! その顔でいったい何人の女の子を落としてきたんですか!? って聞きたくなるようなカッコよくてでも可愛いかおをするなんて!

 ……でも、ソフィー曰く、アラン様のこんな顔を他の人は見たことないんだよね。

 私の前にいるときのアラン様は笑うし困った表情もするし、ソフィーの言っていた『氷の王子』という代名詞とは似ても似つかない。


「どっちが本当の顔なんだろう」

「ん? 何か言ったかい?」

「あ、いえ。なんでもないです!」


 ごまかすようにもう一口お肉にかぶりつく。うん、やっぱり美味しい。

 そんな私をアラン様はおかしそうに笑った。


「どうしたんですか?」

「ふ、ふふ……。ほら、ここに」


 笑いながらアラン様は私に手を伸ばすと、鼻先に触れた。


「なっ」

「ついてた」


 アラン様の指先にはお肉にかかっていたソースがあった。つまりそれは、私の鼻の頭についていたもので……。


「まっ、なっ……!」

「大丈夫、誰も見てないから」

「っ~~!!」


 見てなくない!! アラン様が!! 見てるでしょ!!

 そう叫びたいのを必死に抑えると、私は真っ赤になった顔を見られないように俯く。


「アイリ?」

「……アラン様の、エッチ」

「なっ……」


 これぐらい、可愛い仕返しじゃないか。

 言葉を失ったアラン様の様子を窺うように、こっそりとその表情を盗み見る。

 するとそこには――首まで真っ赤に染まったアラン様の姿があった。


「アラン様……?」

「ま……違う、そんなつもりじゃ……わ、悪かった!」

「アラン様。顔、真っ赤ですよ」

「み、見ないでくれ!」


 アラン様は私から見えないように顔を背けてしまう。けれど、その耳まで真っ赤に染まっていて、もはや背けた意味はない。


「……可愛い」

「うるさい」

「ふふ」

「…………」

「ふふふ、あはははは」


 その反応があまりにも可愛くて、つい笑ってしまう。そんな私にアラン様は困ったように頭をかいた。



 お肉を食べ終えた私たちは気を取り直して雑貨屋さんへと向かった。そこには薔薇をモチーフにした髪留めがあった。真ん中には青い宝石が入っていてとても綺麗だ。

 あまりにもジッと見ていたからかアラン様がそれを手に取った。


「買ってくるよ」

「い、いえ! 大丈夫です!」

「気に入らなかったかい?」

「そんなことないです! すっごく綺麗ですし! でも、私には勿体ないです」

「そうかな? うん。ほら、よく似合っている」


 私の髪にそれをあてがうとアラン様は頷く。そして私の返事を待つことなく、店主に向かって声をかけた。


「これを」

「少々お待ちください」


 店主が小さな袋に髪留めを入れてくれる。その間、私はどうしたらいいのかわからず袋に入れられていく髪留めと満足そうなアラン様を交互に見て……そして観念した。


「ありがとうございます」

「これぐらいどうってことないよ」

「そうかもしれないですけど……でも、嬉しくて」


 誰かに何かをもらうと言うことがこんなにも嬉しいことだなんて思ってもみなかった。憐れんだ上での施しじゃなくて、アラン様が私にプレゼントしたいとそう思って贈ってくれたことが嬉しい。凄く嬉しい。


 包装された髪留めを受け取ると、私はそれをぎゅっと抱きしめた。


「私、これずっと大事にします」


 元の世界に戻っても、ずっと。

 その一言は言わずに飲み込んだ。

 けれど、アラン様にも伝わったようで微笑むアラン様の表情がどこか寂しげに見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る