第二章 聖女だってことは秘密? そんなのどうだっていい!

第10話

私がマクファーレン王国に召喚されてから一ヶ月が経った。王国のことも魔法のことも何もわからなかった私だったけれど、この一ヶ月、本を読んだりアラン様やキース、イヴァンにリリーからいろいろな話を聞いてとりあえずは日常生活に不便はなくなった。

 とはいえ、やっぱり慣れないことも多い。けれど不便なことを嘆くよりも楽しいことを探したい。食事もそうだし勉強もそうだ。そして。


「ア、アイリ様! そのようなことは我々が致しますので!」

「大丈夫! ほら、もう終わるし!」

「駄目ですってーー!」


 悲鳴を上げるソフィーの声を聞きながら、私は綺麗に洗濯されたシーツを干す。最初の頃こそキースに叱られ、リリーにも「令嬢はそんなことなさいません!」と言われたけれど何もせずにジッとしているのも、誰かに自分のために何かをさせるのも落ち着かなかった。

 結局、アラン様からの「自由にさせておけ」という一言でよほどのこと以外は叱られなくなった。

 ただ。


「ほんっと、アイリ様は令嬢らしくないですよね」

「うっ」

「侯爵家ではお嬢様にも洗濯をさせてるのですか?」

「そ、それは」


 慣れた手つきで洗濯物を干す私に、ソフィーはズケズケと疑問をぶつけてくる。ソフィーとは年齢が同じということもあり、身分に差はある(と、ソフィーは思っている)けれど比較的仲良くしている。


「ほ、ほら前も言ったと思うけど裕福なのはリネット様の生家である大伯父様のところよ。うちは貴族とは名ばかりの貧乏な家だったから侍女を雇う余裕もなくて」

「そうでしたね……。ですが、こちらにいらっしゃる間は私たちに任せて頂いて大丈夫ですのに」

「うーん、でもほらみんなでした方が早く終わるし! ね!」


 私の言葉にソフィーは仕方なさそうに頷くと、それならとにかく早く終わらせてしまおうとでも言うかのように先程までよりも俊敏に動き始める。

 私はなんとかごまかせたことにホッとする。

 この言い訳は私がジッとしていられないことに気づいたキースが考えてくれたものだ。本来なら行儀見習いということになっているのだから大人しく部屋で勉強をしたり、他の貴族のご令嬢方と交流をしたりするらしいのだけれど、勉強はともかく交流はする必要も相手もいない。

 アラン様やキースだって忙しいから毎日毎日私の相手ばかりもしていられない。と、いうことで他の人たちに迷惑をかけない程度なら、とお許しをもらったのだ。


「それにしてもアイリ様は不思議な方です」

「え?」

「炊事や洗濯を手伝おうとするご令嬢なんて聞いたことないですし、それに」

「それに?」

「あのアラン様がアイリ様の前だと笑ったり優しく微笑まれたりするんですよ!?」

「あ、あー」


 ソフィーの言葉に私は微妙な笑みを浮かべることしかできない。

 たしかにこの一ヶ月、私とアラン様が一緒にいるところを見るとあからさまに使用人の人たちがぎょっとした表情を浮かべる。みんなひた隠しにしようとするけれど驚きすぎたのか上手く隠せていないのでバレバレだ。

 そんなお城の人の態度にキースは苦い顔をしていたけれど、アラン様は素知らぬふりだった。


「そんなに、違う?」

「違いますよ! あのアラン様ですよ!? 氷の王子の異名をもつあのアラン様にあんな表情をさせるなんて、アイリ様はいったい何者ですか!?」

「そ、そんなこと言われても」


 ソフィー達にとっては私と一緒にいるときのアラン様が信じられないのかもしれないけれど、私にとってアラン様は出会ったときから今までずっと優しい。それこそ森で助けてくれたときからずっとだ。

 ああ、でもそういえば初めてお城に連れてきてくれた時に門の前に立っていた見張りの兵士に対する態度は冷たい、というか厳しかった気がする。あれがソフィーのいうアラン様なのかもしれない。


「うーん、ほら私がリネット様の遠縁に当たるから丁寧に接してくださってるんじゃない?」

「そうなんですかね……?」


 私の答えにどこか不服そうだったけれど、そんなソフィーは放置して私は最後の一枚を手早く干した。


「んー、終わった!」

「お手伝い頂き、ありがとうございました」

「ほとんどソフィーがやっちゃった気がするけどね」

「そんなことございません。アイリ様がお手伝いくださったおかげで早く終わりました。では、このあとはお部屋でごゆっくりお過ごしください」


 有無を言わせぬ言葉に、私は頷く。

 これ以上、私が仕事を手伝うことは迷惑になるんだろうなと思い、大人しく部屋に戻ることにした。途中で図書室によって上級魔法の本を借りて。

 鑑定によってわかった私の魔力値をアラン様とキースに話すと、訓練場のようなところで色々な魔法を試すことになった。その結果、私には聖属性以外の魔法が使えないことがわかった。まあ鑑定で聖魔法以外の記載がなかったからそうかなとは思っていたのだけれど。

 キースはどこか残念そうにしていたけれど私はホッとした。誰かを傷つける魔法は私には必要ないから。強い力があれば誰かを守れるのかもしれないけれど、守ったその先に、傷ついている人だってきっといるはずだから。

 と、いうことで上級魔法といっても私が勉強しているのは聖魔法だけだった。ただ、アラン様から言われていることがある。


「聖魔法を使うところを他の人に見られてはいけません。使ってしまえばそのときは、アイリ様が聖女であることを隠し通すことはできなくなるでしょう」


 真剣な表情で言うアラン様に、私はアラン様やキース達の前以外では魔法を使わないことを誓った。安心したように微笑んでいたアラン様を裏切らないためにも、うっかり使ってしまいました、なんてことのないように気をつけなくては。


「それにしても暇だなー」


 魔法の勉強をすることは楽しい。けど、この世界に召喚されてから一ヶ月、ずっとお城の中にいるのだ。いい加減退屈で仕方がない。

 だからといって勝手にお城を抜け出すわけにもいかないし。


「はぁ」


 私の吐いたため息に、まるで返事をするかのようにノックの音が聞こえた。


「はい」

「失礼するよ」

「アラン様!」


 ドアを開けて入ってきたのはアラン様とキースだった。今日も忙しいと朝食の時に言っていたので突然の来訪に驚く。そんな私にアラン様はニッコリと笑った。


「そろそろアイリが退屈してるんじゃないかと思ってね」


 私が聖女だとわかったあと、アラン様はまた私に対してまるで臣下のような口調で話し始めたのだけれど、周りの手前やはりそれはまずいから、と今ではキース達に対するより少し丁寧なぐらいの口調で落ち着いている。

 侯爵家のご令嬢相手だから周りとしてもそこまで変に思っていないのが助かっている。


「退屈です!」

「だと思ったよ。よければ今日の午後、城の外に出てみないかい?」

「お城の外ですか? 行きたいです」


 予想もしていなかった言葉に、思わず声が裏返る。そんな私をアラン様はくつくつと笑っていた。その反応に恥ずかしくなり慌てて口を手のひらで押さえる。けれど私の態度がツボに入ったのかアラン様はしばらく笑っていた。


「……笑いすぎです」

「ああ、すまない。あまりにも反応が可愛くて」

「かっ……」


 さらりと言われた言葉に今度は赤くなってしまう。でも、私の態度に首をかしげるアラン様に他意がないことに気付き、慌てて表情を整えた。


「え、えっと。外に出られるの嬉しいです。でもいいんですか?」

「アイリがここに来てから一ヶ月が経ったからね。そろそろ外に出ても大丈夫だと思うんだ。なあ、キース」

「ええ。一応護衛はつけますが、お忍びという形で行って頂こうと思っております」

「お忍び?」


 どういうことだろう、と聞き返すとキースではなく苦笑いを浮かべたアラン様が答えてくれた。


「忘れているかもしれないけれど、私はこれでも一応王子だからね。おおっぴらに行こうとすると面倒なんだ」

「わ、忘れてなんていませんよ!」


 慌てて否定する私をアラン様は笑う。キースまで肩を震わせているのを見てようやくからかわれたのだとわかった。


「……酷い」

「ああ、すまない。そんな顔をしないで」


 わざとふくれっ面を作った私をアラン様は相変わらずおかしそうに笑う。すまないと謝られているはずなのに全く申し訳なさそうなのはどういうことだろう。

 ……もしかしたらソフィーが言っていたのはこういう姿なのかもしれない。アラン様が普段は見せないこういう一面を私に見せてくれるのだとしたら、少し嬉しい。


「アイリ?」

「な、なんでもないです!」

「そうかい? それじゃあ昼食を食べたら出ようか」

「はい!」


 にこやかに言うアラン様に私は元気よく頷いた。

 初めてのお城の外、楽しみ!

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