第44話 レイドバトル:屍人拷問官切り裂きベネディクト その3
「使用するアイテムはこれだ。ここは変わらない」
そうして、俺は中央の魔法陣――決戦のバトルフィールドへと足を踏み入れたのだった。
☆★☆★☆★
はたして、俺の眼前2メートル程度の距離に現れたのは――
――妖怪:赤マントとでもいうような出で立ちの男だった。
フード付きの赤い布だけを体にまとい、その下はどうやら全裸のようだ。
布から覗く細長い手足は青白い、そして、その右手には金色に輝く
そうして、切り裂きベネティクトは俺の姿を視認すると同時、大きく目を見開いてこう言ったのだ。
「おや、おや、おやおやおや? 貴方、もしや一人で私を討伐するつもりですか?」
「……」
俺の沈黙を肯定と解釈したようで、ベネティクトは喜び勇んで表情を破顔させる。
「いやいや、いやいやいや、いやいやいやいやいやー―しかし、これは本当にありがたいですね」
「……」
「いつの間にか経過日数を数えるのも忘れましたが、数万年の間……ずっとずっと、よってたかってボコボコにされるだけの私に……生贄が与えられるとは……」
そうしてベネティクトは涙を浮かべ、その場で天を見上げて十字を切った。
「神は死んだとはニーチェの言葉ですが……ところがどっこい、こんなところにいましたよ! 貴方が神か!? 神ですか!? 神様なんですかああああああああああああ!?」
これでもかとばかりにベネティクトは大きく目を見開き、異常なテンションでマシンガンのように一人で喋り続ける。
「しかし、本当に僥倖ですよ。ここ最近はそもそも、ここを訪れるプレイヤーそのものがほとんどいませんでしたからね」
と、その言葉を聞いて、俺は思わずこう尋ねてしまった。
「プレイヤーそのものがほとんど……いない?」
「んー、教えちゃっても良いのですかね? まあ、良いでしょう、ダメなら止められるでしょうし。なにしろこれから貴方と私は一心同体です。ほとんど夫婦のように長い拷問の時を過ごすのですから」
「……」
「ええとですね。歴史から説明しましょうか。かつての支配種族たる竜人から人間に変わったところで、ちょっと世界がおかしくなっちゃったんですよね。その前の鬼人族や、その前の前のオーク族の時とかは普通だったんですがねー」
「支配的種族ってのは……何のことだ?」
「ああ、やっぱりご存じない? 転生の女神システムもポシャってるみたいですねえ……。つまり、この世界は何度も破壊と再生を繰り返しているのですよ。その理由は根源の始祖たる古の7賢人です。彼らは自らの7大罪の資質を――」
と、そこまで言ったところで、ベネティクトの頭が――膨張した。
これは比喩でなく、文字通りの意味で頭が急に倍近く巨大化したのだ。
「あば、あば、あばばばばばばば」
グルンとベネティクトは白目を剥いたかと思うと、その目玉がピンポン玉のように……頭蓋内の高まった圧力によるものか、ポンと押し出されるように飛び出した。
そして、ベネティクトの首から上の表皮の、血管という血管が浮き上がり、その頭部の穴という穴から変な液体が溢れ出し、床には溢れ出した液体がボトボトと零れ落ちる。
「う、え、へ、ほえ、ぽ…………ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ」
おいおい、どうなってんだ?
と、今にも爆裂四散しそうな感じのベネティクトの頭部だったが、急にその頭部は小さくなっていき、そして元の大きさに戻った。
そして、ベネティクトは自分の目玉をむんずと掴み、ポンと元の場所に収納する。
そのまま、頭を何度か振って、ベネティクトはコホンと先払いを一つした。
「ほら、この通りです。喋りたくても喋れないんですよねー。余計なことを喋ると頭が爆発するようになっているのですよ。これでも私、システムの一部ですので」
「しかし……えらくお喋りだな?」
「ああ、そうですね。お喋り過ぎですね。でも、なんせ私……テンションがマックスですから! 本当のところは、私、実はシャイなんです。普段は拷問対象か死人にしか話はしないくらいなんですよ。その点、貴方は両方を満たしていますのでね」
「両方満たしている……だと?」
「あら、あらあら? あらあらあらあら? ひょっとしてご自覚がない? いやー、貴方ってほとんど死人みたいなものじゃないですか? これから私に捕まって、後は死ぬまで拷問されるだけですし」
「まあ、負ければそうなるってのは想定しているよ」
「いやー、ご理解が早くて助かります。それでお話は変わりまして、実のところ、私を倒すだけなら4人もいれば十分です。タンク・ヒーラー・アタッカー・バッファーないしはデバッファーがいればね。何しろ、そういう風に設定されていますからね。貴方の今の力は総合値で総合戦力評価:Eランクでしょう?」
と、そこでベネティクトはチラリと向こう側のショーケースと台座に視線を送る。
「しかし、残念ですねー。ショーケースの武器を使うことができたなら、あるいは貴方の単独討伐の芽もあったでしょうに」
そして、向こうに視線を送っているベネティクトは一瞬だけ目を細めて、すぐにこちらに向き直った。
――良し、どうやら仕掛けに食いついたようだな
「ともあれ、貴方は私の住まう空間に連れていきます。それはそれは丁重に扱いますので安心してください」
「丁重……ね」
「薄切り豚ロース肉を作るように数ミリずつスライスされた経験はごあり? あるいは、麻酔無しで内臓の手術を受けたことは?」
「……」
「ご安心ください。全て経験させてあげましょうっ! 他にも、もっともっと、素敵体験ができますよ! いやあ、楽しみだなあ! 脳味噌にハエの卵を植え付けたまま放っておくと、人間って本当に面白い顔するんですよ?」
そうして、ベネティクトは愉悦の表情で懐から薬瓶を取り出した。
「うふふ、これって何かご存じです? 完全回復薬の瓶です。このバトルフィールドではボスだから使っちゃいけないんですけど、実は私の拷問室にそれはもう腐るほど常備されていましてね」
「……」
そのままベネティクトはニッコリと笑顔を作って、大きく頷いた。
「もうお分かりですね。死にさえしなければ、何度でも何度でも貴方は復活するのです! 腕も生えるし、傷ついた内臓も元通りっ!」
もう、問答する必要もない、
こいつは完全にイカれたサイコパスだ。
と、そこで俺はさっきからずっと気になっていた疑問をぶつけてみた。
「ところで、お前の頭上に……緑の棒みたいなのが見えるんだが?」
「ああ、それはHPバーですね。私、レイドボスですので……よってたかって袋叩きにされることを前提に作られていますのでね。つまり、異常にタフなんですよ。皆さん、ちゃんと説明しておかないと『コイツ本当に死ぬのか?』と不安になりますのでね。だから、ちゃんとステータスバーで、コイツはちゃんと死にますよーってお伝えしないといけないわけですね」
そこまで聞いたところで俺は懐からナイフを取り出して、ベネティクトに投げつけた。
そして、そのまま斬馬刀を大上段に振りかぶって、ベネティクトに向けて突貫した。
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