第41話 幕間 ~嫉妬の女帝と、かつての奴隷~


 サイド:ポーリン(タイガを奈落に突き落とした元奴隷)






 ――グリシア国郊外。


 ここは貴族や大商会の長の屋敷が並び立つ高級住宅街。


 その中で一際に目立つその大邸宅は、救国の英雄ケント王が率いていた≪暁の銀翼≫の幹部が所有する屋敷である。


 その女の名は、かつて、タイガに奴隷市場から拾われ、その後にケントの子を身ごもり、タイガを地獄へと突き落とした――ポーリン。


 そして、その庭園では異様な光景が広がっていた。


「ふふ、お散歩はやっぱり楽しいですねポチ」


 上機嫌でそう言ったのはポーリン――兎の獣人だ。


 年の頃なら、20代後半~30代にさしかかるかかると言ったところ。


 胸がはだけたドレスが良く似合い、妖艶という色香が漂う女だった。


 ただし、彼女が自宅の庭で、今現在首輪付きのリードで連れている「ポチ」は犬ではなく、人間の少年だった。


 その犬――ブロンド髪の長髪、引き締まった上半身に着衣はない。


 そんな、10代半ばの、女と見間違うかのような容姿の美少年は、彼女の呼びかけに「ワン」と応じる。


 ちなみに、彼女は自宅で似たような「犬」を5人ほど飼っている。


 その全てが、美形のブロンド長髪の少年である。


 彼らについて、大体の場合は10代前半の頃に仕入れが行われ、20を迎える前に彼らは男娼として出荷されるという寸法だ。


 端的に言えば、彼らはポーリンによって精通し、愛玩され、そして彼女の性癖が望む年代を経過すれば出荷されることになる。


 元は亜人の奴隷だった彼女が、今度は人間を犬として飼い、支配欲を満たす。


 歪んだ生い立ちが彼女をそうさせたのか、あるいは兎人が故の旺盛な性欲を、本能と性的嗜好のままに叶えただけなのか。


 ともかく、地位と権力があり、止める者もいないとなれば、そうなるのは――自然の摂理であった。


「しかし、本当に……この世の春ですね」


 彼女は微笑を浮かべながら、犬ではなく護衛の剣士の女にそう尋ねる。


「ええ、流石ですよご主人様」


「ふふ……ははっ! そうですよね。私は流石ですよね! 被差別種族の亜人でありながら没落貴族の人間を犬として飼い、常にAランク冒険者相当の護衛も侍らせている。昔の私からすれば本当に考えれません」


「はい。おっしゃるとおりですね。流石です。ご主人様」


「ソレもコレも全てがケント様に上手く取り入ったからですよ。いやはや、本当に先見の明というのは大事ですね」


「そのとおり。流石ですよ。ご主人様」


 余談だが、彼女が自身の部下に「流石ですよ」と言うように教育しているのにも、理由がある。


 何千回、何万回と自身が……言いたくもないのに言っていた言葉なのだから、これもまた仕方ないことなのしれない。


 と、そこで、護衛の女は腰からレイピアを抜いた。


 神速――あるいは瞬閃と表現すべきような速度だった。


 冒険者ギルドのランクに換算してAランクという、百戦錬磨の彼女が放ったレイピアの切っ先が狙う先は、ポーリンの背後に突然に現れた人影だ。


「曲者っ!」


 超高速の、目にも止まらぬ抜き打ちを放った彼女は「殺(と)った!」とばかりに、口元に勝利の微笑を浮かべる。


 そして、次の瞬間。


 護衛の女は「ぱにゅ?」との奇声をあげた。


 目からピンポン玉のように目玉が飛び出し、次の瞬間には、その頭部に血と脳漿と肉片の交じり合った赤い薔薇が咲いた。


 つまりは、その頭部はスイカ割りで金属バッドが炸裂した後のソレのような状態となったのだ。



「……」



 ドサリ。

 

 首から上が弾け飛んだ護衛を見て、ポーリンと犬の顔から血の気が引いていく。


 二人の見つめる視線の先――そこには女が立っていた。


 ポーリンよりも露出度の高いドレスの金髪。


 口には優雅にキセルを咥え、朱色の瞳の眼光は鋭く、薄紫色のルージュが良く映えていた。

 

「ふふ、貴女がポーリンね? この国の裏ギルドマスターへの就任おめでとう」


「……」


「あら、どうしたの?」


「シャール様……で、よろしいのですよね? しかし、突然現れるのは……ご勘弁を。ご、ご、護衛は……Aランク相当ともなると、代えもほとんど効きませんので」


「ふふ、突然襲い掛かられたら仕方ないじゃないの。その辺りは貴女の教育の問題で、私のせいではないわ。ところで――」


 と、シャールと呼ばれた女は、ポーリンが連れている犬に視線を向ける。


 そして、チロリと長い舌で自らの唇を湿らせた。


「そこの侍らせている美形……。ひょっとして貴女のワンちゃんかしら?」


「……はい」


「ふふ、そこまでの美形の犬――羨ましいわ。嫉妬しちゃう。いや、嫉妬の女帝としては嫉妬せざるを得ないわね」


 そのままシャールは右足のヒールを脱いで、素足を曝け出した。


「犬なら、舐めろ」


 困惑する犬だが、ポーリンは視線で「言うとおりにしろ」と、鋭い眼光を飛ばした。


 そのまま、恐る恐るという風に犬はシャールの足先をチロチロと舐め始める。


「うんうん、良い子ね」


 ニコリと笑って、シャールは言った。


「でも、舐め方が雑よ。これじゃベッドで使えないわ。だから――愛玩犬としてはコレは要らない」


 そのままシャールは底抜けの笑みを浮かべて、ポツリと何かを呟いた。


 すると犬は「あぬっ!」っと悲鳴をあげ、その目から、やはりピンポン玉のように目玉が飛び出した。


 そうして、やはりその頭部は爆裂四散し、パチパチとシャールはその場で拍手を始めた。 


「はい。今度は良くできました。綺麗な子はやっぱり脳味噌も綺麗なのね」


「……」


 護衛の命が理不尽に摘まれ、愛玩犬が蹂躙された。


 そんな一部始終の中、ポーリンは、その場でただただ震えを堪えることしかできなかった。



 ――噂には聞いていたが、何だ……コレは?



 ――何なのだ、コレは?


 そう考えながら、ただただポーリンは体を震わせ、引きつった笑みを浮かべることしかできない。


「しかし、ポーリン? 貴女も奴隷から裏ギルドのマスターだなんて、よくぞここまで成り上がったものね」


「わ、私は……暁の銀翼に尽くしましたからね。表と裏からこの国を治める。それがケント様のご意思で……適任は私しかいないと自負しております」


「そう、だからこそ、私はちょっと手荒なことをしたのよ」


「ちょっと……手荒?」


「全世界の裏ギルドは……いや、全世界の荒くれ物どもは、ワールドギルドマスターたる私の駒よ。そこのところを分かってもらうためにね?」


「……」


「この国の裏ギルドへの取り締まりをゆるくするって話だから、貴女をここの裏社会の頭にするっていうケントちゃんの提案を認めたけど、もしも裏ギルド全体にケントちゃんの意向が働くようにするつもりなら――」


 そうして女はニコリと笑って、こう言葉を続けた。


「国ごと、ぶっ飛ばしちゃうわよ?」


「我々も馬鹿ではありません。四帝の貴女様に逆らうなどと……」


「ともかく、貴女がギルドマスターとなることは認めるわ。その次の代として、貴女とケントちゃんの子供がギルドマスターを継ぐのも認めてあげる。けれど、貴女はあくまで私の駒、そこんとこだけはヨロシクね」


「はい、それは……勿論です」


「ところで、次のギルドマスター……その子は本当にケントちゃんの子なのかしら?」


 庭の片隅の犬小屋――少年たちの寮に視線を向け、シャールは意地悪く笑った。


「子供については、色々と鑑定をやらされました。当時は……他にも男がいたので」


「当時? 今もじゃないの?」


「10年も前に私はケント様に飽きられましたので、それ以来は好きにさせてもらっております」


「なるほどね。まあ良いわ」


 と、その時、シャールは一瞬停止し、その場で瞼を閉じた。


「……どうなされました?」


「いえ、ちょっと通知がね」


「通知?」


「……ふふ、新しく生まれた≪色欲≫の子豚ちゃんが――堕ちたわ」


「子豚? 何をおっしゃって……?」


「それじゃあ、私はこれで失礼するわ」


「ご迎えの宴席の用意もしておりますが? 勿論、指示の通りに贅を尽くした食事で、国中から見目麗しい男娼も……」


「ふふ、それはもう要らない。そんなものよりも欲しいものができたの。ふふ、はは、はははっ! ひょっとしたら、≪通貨≫が手に入るかもしれないのよっ!」


「通貨? それこそ貴女様はこの世の富ならば……」


「ああ、言っても意味が分からないわよね。まあ、それはこっちの話だから気にしないで良いわ。それとね……貴女はさっき四帝と言っていたけど、それは正確には違うわね」


 そうして、ニコニコと上機嫌にシャールは言葉をつづける。


「吸血帝――真祖の吸血鬼アーベライン、龍帝:エンゲルハルト、そして、神聖皇帝:ヴォルフス。最後に、各国の裏ギルドをまとめる――闇の女帝である私ね」


「おっしゃるとおりです。1000年前より生きる、それらの支配者を四帝と呼ぶのではないのですか?」


「――私たちは七大罪よ。少なくともシステムにはそう定義されているわ。だから、それぞれ軍団(レギオン)を率いているの」


 そうして、「それじゃあね」との言葉を残し、いつの間にはシャールは消えていたのだった。

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