第37話 キビリス村防衛戦 エピローグ 







「ガハハ! 飲め! 飲め! もっと飲め! 今日は俺のオゴリだ! 遠慮するな!」


 街の大通りに面した酒場で、ジョッキを片手にホフマンさんは上機嫌だった。


 彼は酒豪のようで、エール酒をジョッキで5杯も飲んでいるのにペースが衰えることは無い。


「しかし、ここって高いんじゃ? エール酒を魔法で冷やして出すような店でしょ?」


「だから気にするな! 俺は宵越しの金は持たねえ主義なんだ!」


 と、そこで、フォークに突き刺した豚肉の腸詰めをガブリとやって、カーリーさんが呆れたように肩をすくめた。


「もー、ホフマン。ギルドの依頼が少ない時期に借金されるこっちの身にもなってよね」


「いつも仕事が終わったら、イのイチバンですぐに返してるじゃねえか。ガハハっ!」


「返すのは当たり前でしょ!? 返さなかったら、どんだけアンタが困ってても貸さないわよ、この馬鹿!」


 いや……多分……本当に困ってたらカーリーさんは貸してるだろう。

 この人がホフマンさんに惚れてるんだろうな……ってのは、馬鹿じゃないから俺も分かるし。


「ところでタイガよ、今回の取り分だが……本当に均等配分で良いのか?」


「黒王の遺体を焼却してくれっていう無茶を聞いてもらいましたしね」


「まあ、あの素材を回収してりゃあ……ちょっとした財産にはなってただろうな。ユニーク個体の毛皮やら骨なんざ滅多に手に入らんし」


「それに、アレの魔石も俺が貰いましたしね」


「ああ、あのバカでかい奴な。しかし、長いこと冒険者やってるが、真っ黒の魔石なんて見たことも聞いたこともねえよ」


「ともかく――何から何までありがとうございます。本当だったら俺の取り分は要らないくらいですよ」


「バカ言ってんじゃねえ。お前がいなかったら俺たちゃ全滅だったんだぞ? しかし、黒王の遺体の話だが……どうしてそんなことを……?」


 まあ、そうしたのは色んな意味での隠蔽工作ってことだ。


 まず、理由の一つとして、あの時に聞いた≪神の声≫によると、俺はまだまだ俺自身を強化できる余地もありそうだということ。


 ・レイドバトル(ショップ機能)


 ・スキルボード


 あの≪神の声≫の言い方からすると、この二つの効果は半端じゃないんだろう。


 とにもかくにも、今後の方針を決めるのは俺の強化が頭打ちになってから以外にはありえない。 


 やはり、ケントたちの動向も気になるしな。


 それに、他の七大罪というのもいそうだし……。


 嫉妬の女帝とやらは、黒王を討伐したことをきっかけに俺を狙っているという話だ。


 故に、黒王の討伐という事実を広く知らしめるというのは、非常に危険だと判断した。


 幸いなことに、黒王が現れた直後に村民や他の冒険者は逃げていたし、現場は夜で暗かったしな。


 最終的にギルドへの報告では、泥をかぶったオークキングの個体がもう一体現れて、交戦の後に逃げ出した……と、そういう説明をしているってわけだ。


 勿論、俺がオークキングを討伐したってことで驚かれたが、そこはのらりくらりと躱しておいた。


 まあ、後日、ギルドマスターとの面談っていう話にはなっちまったが……ここは仕方ないだろう。


 結果として、あの村でユニーク個体の発生したという事実を知っているのは、俺とホフマンさんとカーリーさんの三人だ。


 この二人には口止めをしているが、そこはもう……信じるしかないだろう。少なくとも、信頼は置ける二人だし。


 ちなみに黒王の魔石については鑑定した結果、文字化けばかりだったので保管することにしたんだよな。


「……」


「だから、どうして遺体の焼却なんかを?」


 と、俺が黙っていると、カーリーさんがホフマンさんの頭をコンと小突いた。


「いてえなおい、何しやがるんだ!?」


「だから、タイガはワケアリってことよ。深くは聞かないって二人で決めたでしょ?」


「いや、でもよ……気になるじゃねえか」


「だから、ワケアリなのよ! あんなに化け物みたいに強いのにEランクだし、あの現場でも回復関係でおかしなことも起きてたし……。つまりね、言ってくれないことは言えないってことなんだから、聞かない方が良いのよ」


「いや、でもよ……これからタイガに俺たちのパーティーに入ってくれないかって誘うわけだしよ」


 言葉を受けて、カーリーさんは「あっちゃあ……」と両掌で顔を覆った。


「ほんと馬鹿っ! まだタイガのスケジュールの事情とか何も聞いてないでしょ!? 今日の親睦会で教えてもらえる範囲で色々聞いて、迷惑じゃなさそうだったら話を切り出すって決めてたじゃないの!」


「あ……そういえばそうだったな」


 そういってホフマンさんはおどけた様子で「ガハハ」と笑い、カーリーさんは心底呆れたという風に溜息をついた。


 で、俺はやっぱり、そんな二人を見て思わず笑ってしまった。


 まあ、この人たちと組みたいかと言われれば、答えはイエスなんだけどさ。


「ともかく、飲みましょうか。仕事の真面目なお話は、シラフの時にお茶でも飲みながらの方が良いと思います」


「ああ、そりゃあそうだな! だったら決まりだ! 今日は飲むぞ! 下ネタを酒の肴に、楽しく飲んだ方が良いに決まってるしな! ガハハっ!」


「ほんと、アンタって最低ね……」


「それじゃあまあ、仕切り直しの乾杯と言うことで」


 と、まあそんなこんなで、その日は夜遅く……いや、朝方近くまで盛大に食べて、そして盛大に飲んだ。


 ホフマンさんだけじゃなく、カーリーさんも酒豪の領域ということで、それに付き合わされた俺も……かなり飲まされた。


 で、最終的には二人は酔いつぶれて、そのまま酒場の隣の宿にベロベロになって戻っていったんだ。


「じゃあ、起きたらまたな! タイガ!」


「お酒が抜けたら、パーティー勧誘の話をするから……前向きに考えてくれたら嬉しいわ」


 そうして二人はそれぞれの部屋に入って、俺も宿の自室に入った。



「……さて」



 と、俺はテーブルに座って手紙を書き始めた。


 相当に呑んだが、さほどは酔っていない。

 っていうか、俺は母親が九州出身で……酒飲みの血を色濃く継いでいる。


 かなり飲まされたとは言っても、長時間かけてエール酒7杯くらいだし、まあ、ほろ酔い気分程度ってとこだな。


 

 そして、手紙を書き終えて、荷物をまとめ終えた頃には、スズメが鳴いて東の空が微かに赤らみ始めていた頃だった。

























 ――早朝




 街の門を抜けた俺は北の方角へと歩き始めていた。


 パーティーに入らないかというホフマンさんたちの誘いは、正直に嬉しかった。



 実際問題として、俺自身が今は根無し草ってのもあるしな。

 それに、あの二人は信頼も置けると思うし、何て言うか一緒にいて疲れないし、暖かい気持ちになれるし、何よりも一緒いて笑うことができる。けど――

 


 ――申し出を受けることはやっぱりできない



 嫉妬の女帝とやらに狙われているのはあるし、やっぱり俺は異常なんだ。そこのところの自覚はある。



≪準市民権を確認しました≫

 


 確かに、あの洞窟で≪神の声≫はそう言っていた。

 自分が何者で、このシステムが何なのか。


 せめて、そこを明確にしておかないと、物騒なことが立て続けに起きる現状、周囲に……この場合はホフマンさんたちに迷惑をかけてしまうかもしれない。



 だから、結論としては、しばらくは目立たずにソロプレイで、自身の牙を研ぐってのが一番良いと思う。

 この街のギルドマスターからも呼び出しも受けてるし、とりあえずは冒険者未登録の他の街でやり直した方が良いだろう。



 ――お世話になりました。いつか、必ずまた会いに来ます。



 そうして俺は街の方角に振り返り、頭を下げたのだった。





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