第13話 クイーンスパイダー

 小走りで横穴を登り、自爆戦法に使っている穴にたどり着いた。


 で、顔だけ外に出して眼下を確認するが、やっぱりゾッとする光景だ。


 100メートル……落ちれば即死。


「だが、行くしかない」


 そうして身を乗り出して、俺は壁に手をかけた。









 

 登り始めて20分は経過しただろうか。

 どれほどの高さか分からないから、ペース配分も考えてゆっくりと進んでいるわけだ。

 登り始めた穴が丁度真ん中くらいに見えるから……高度はおおよそ200メートルってところだな。



 で、そこには「ここから蜘蛛が出ますよ!」とばかりに、巨大な蜘蛛の巣のハンモックが竪穴の真ん中にかかってあったのだ。


 実際に下からずっと観察していた分には、ナイトウォーカーはこの蜘蛛の巣を境に、上には巡回していなかったことは確認済みだ。


 今までいた場所が特異な奈落の底とするならば、恐らくここが分岐点のようなものなのだろう。


 ちなみに、蜘蛛の巣の大きさは半径3メートルくらいだ。


 太い糸が数本あって、それが巣を支える形で壁に伸びてきているわけだな。


 と、そこで俺は上を向いて、溜息と共にこう呟いた。


「いきなり……お出ましか」


 見渡す限り……ってのは言い過ぎだが、数は多い。

 灰色の蜘蛛の数は目測20や30じゃ到底効かないな。


 まあ、そのものズバリでジャイアントスパイダーが出てきたってことだ。


 距離差はかなりあるし、幸いなことに連中が俺と鉢合わせするまで時間がある。




 ――とにかく、迎撃態勢を整えなくてはいけない




 周囲を見渡す限り、恐らくはここが一番迎撃に向いている。


 と、言うのもここには蜘蛛の巣があるからだ。


 ってことで、蜘蛛の巣から壁に伸びている――巣を支える形になっている太い糸に近づいて、俺は≪細工≫を施した。 


 そして、別の……一番太い糸が伸びているところまで移動し、腰の鞘からナイトウォーカーの短剣を二本取り出す。


 続けざま、短剣を壁に突き刺して足場を確保。


 足を置くのは短剣の柄だから頼りない。

 が、あるかどうかも分からないような微妙な壁の突起に足を引っかけるよりは遥かにマシだ。


 ともかく、今は石に突き刺さるナイトウォーカーの短剣の性能と、筋力値に感謝すべきだろう。


 おかげさまで、足場はかなり安定した。


「さて……」


 最初の細工に手間取ったせいか、気づけば蜘蛛は目測50メートル程度の距離に迫ってきていた。


 と、頭上を見上げて、俺は連中が石の射程距離に入るのを待つ。


 アイテムボックスも呼び出したし、残弾ならいくらでもある。


 50メートル、40メートル。


 ワサワサという音が聞こえてきた。


 目だけではなく、耳でも奴らが感じられる。


 激闘の予感にゾワゾワと、全身の肌が粟だつ。



 ――蜘蛛が、津波のように押し寄せてくる



 その数、目測50以上。

 だが、こちらも迎撃態勢は整えている。



 ――この程度の数なら想定内だ



 さあ、いつでもかかってこい……と、思ったその時、俺は嫌な予感を感じた。


 と、言うのも群れの中央に朱色の蜘蛛の姿が見えたからだ。 



「……おいおい、マジかよ」



 勿論、魔物に向けて鑑定を使ったわけだが、結果は最悪だった。




・クイーンスパイダー:レベル31(状態:魅了)




 奴のレベルは31だ。

 俺よりも相当に高いが、問題はそこじゃない。

 問題なのは……鑑定結果の説明文の方だった。





・クイーンスパイダー:レベル31(状態:魅了)


 ジャイアントスパイダーの女王。 

 生殖機能を有する唯一の存在であり、群れが最優先で守るべき長である。

 真祖の吸血鬼に魅了されており、ョ霑ス蜉?縺ォ縺の入り口に目を光らせている。


 真祖の吸血鬼の影であるナイトウォーカーと行動を共にしており、当該迷宮内でのナイトウォーカーの制限……つまりは遠隔操作による複雑な行動ができないという点を補う役目を持っている。

 彼女はナイトウォーカーの目となり足となり、地獄からの脱走者に≪必殺≫を届ける死神となるだろう。



「……マジかよ」



 良く見ると、確かにクイーンの足元には丸く黒い影が見える。


 ――ナイトウォーカーは確かにあそこにいる


 どうやら、あの女王蜘蛛を近づけた瞬間に、ナイトウォーカーがそこに現れるって寸法らしい。

 ってなると、前回ナイトウォーカーをジャイアントスパイダーが素通りさせたのは同じ魔物だからっていう理由じゃないな。


 同じく真祖の吸血鬼の支配下にあるから、ジャイアントスパイダーはナイトウォーカーの攻撃対象ではなかったってことで間違いない。


 で、俺の置かれた状況は本当に不味い。




 ――相手は数十体の蜘蛛だけではなく、ナイトウォーカーもいる




 ヒヤリと、俺の背中に嫌な汗が走ったのだった。



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