第3話 覚醒しました

 薄暗い横穴で身を潜める。

 ナイトウォーカーの巡回路は既に把握している。


 俺が落ちてきた場所を出発点とすると、連中は横穴の登り道を昇ってここにやってくるんだ。

 で、そこから丸い影となって竪穴を伝って下に降っていくわけだ。

 そうして最初の地点に戻って、また横穴を昇ってグルグル回りに巡回しているってことだな。


 ま、かなりの数の使い魔だから、個別に複雑な動作は仕込めずにプログラム通りに周回行動をしているのだろう。


 だが、その周期性こそが、俺が付け入るスキとなる。

 当然、俺のリスクは半端ではないし、文字通りに死にかけるほどの傷を負うことを前提としている。 




 だが、生きるためにはやるしかない。




 このまま出血したままではジリ貧は確定だ。


 回復薬が尽きるその前に、ナイトウォーカーの全てとは言わずとも、間隙をついてロッククライミングを可能にする血路を開くしかない。


 と、そこでヒタヒタという小さな、本当に小さな足跡が聞こえてきた。


 そのまま俺は息を潜めてナイトウォーカーをやり過ごす。


 そうして、ナイトウォーカーが横穴の出口に差し掛かったところで、駆けだした。


 一気に5メートル以内に距離を詰め、奴がこちらを振り向くが、ギリギリで間に合った。



 ヒュオン。



 俺の剣がナイトウォーカーの脳天に吸い込まれる。


 ガキンっ!


 すると、岩を叩くような鈍い感触が手に伝わってきた。


 相手のダメージのほどを確認する。


 微かに剣はナイトウォーカーの肌に切り込んでいるが、致命傷には程遠い。


 そうしてナイトウォーカーはお返しだとばかりに、俺の腹部目掛けてナイフを突き出してきた。


 さすがに攻撃特化ということだけあって、到底反応できる速度ではない。



 スキル:食いしばり発動! 



 HPが1となり、10秒間の無敵時間が始まる。


 反撃だとばかりに剣を水平に薙ぐ。

 が、ナイトウォーカーは危なげなくかわしてしまう。


 しかし、これは想定内。


 最初の不意打ちの一撃で仕留めきれなかった時点で、俺はプランAからプランBに移行しているわけだからな。


「うおおおおおおっ!」


 そうして俺は剣を投げ捨ててナイトウォーカーに両手を広げて突貫した。


 更に追撃で、ナイフの攻撃を受ける。

 が、ダメージはゼロだ。


 そして俺が繰り出した技は、柔道で言えば、諸手刈り。


 レスリングで言えばタックル。


 その要領でナイトウォーカーの足を刈り取り、そのまま背後の竪穴へと続く出口へと突き進む。


 宙に投げ出され、空中で揉みあいになるが、ナイトウォーカーが下で俺が上だ。


 踏ん張りが効かない空中では、膂力の違いはさほどの意味もない。


 最後のトドメとばかりに肘鉄を顔面に押し当てて、そのまま落下。

 高度100メートルからの落下だ。流石に、これでダメならお手上げだ。

 もう諦めるしかない。


 少ししてから、訪れる落下の衝撃。

 落下自体のダメージは食いしばりの影響で存在しないが、その前の腹への一撃が効いている。

 内臓が燃えているんじゃないかという感じで、俺はその苦痛をひたすらに耐える。


「ゴブファ……」


 肺腑から空気が漏れる。

 指一本動かすことすら難しく、ただただ俺は内臓がひっくり返ったかのような痛みに耐え忍ぶ。


 やはり、きつい。


 散々っぱら暁の銀翼でやっていたこととは言え、やはりこれはきつい。


 そうして、俺は懐から上級ポーションを取り出す。

 すぐに、震える手でその口を開いた。と、その時――




 ――対象者の準市民権を確認しました。


 ――強者への挑戦及び、不可避の死からの生還。ミッションクリアーを確認。条件を達成しました。


 ――スキル:神の声を取得しました。


 ――世界へのアクセス権限獲得により、これよりチュートリアルを開始します。




 そんな声が聞こえた。


 神の声? ダメだな、死にかけってことで、幻聴が聞こえてきたみたいだ。


 急いでポーションを飲もうとしたところで、また声が聞こえてきた。


 

 ――スキル鑑定を行使してください。当該薬液の使用は推奨しません。



 何だよこの声。こっちは死にかけているっていうのに。


 構わずに口につけると同時に、今度は頭の中で爆音が響いた。



 ――スキル鑑定を注意深く行使してください。当該薬液の使用は推奨しません。


 ――危険です。スキル鑑定を全力で行使してください。当該薬液の使用は推奨しません。


 

 アラーム音と共に音声が流れている。

 流石にこれは幻聴にしては変だ。


 そう感じた俺はポーションに向けて鑑定のスキルを使用した。



・上級毒液

 上級ポーションに擬態された毒液。

 即効性があり、耐性が無ければ即死する可能性が高い。



 おいおいと、俺は絶句した。

 暁の銀翼の三人はそこまで……やるのか。

 鑑定結果にフェイクを入れる風に仕向けることができる技術があることは知っている。

 が、手間暇と金が相当かかるはずだ。


 鑑定持ちの俺の対策は最初から完璧ってことか。これは本当にしてやられたな。


 しかし、どうするんだよこれ。

 俺の脱出計画はポーション頼みの戦略だってのによ。


 回復手段がないってことは、HPの1のままここで俺は動けないままに野垂れ死にってことか?



 三人の顔が脳裏に浮かぶ。


 実力不足で解雇したことは仕方がないからそれで良い。

 けど、必死に食いしばりのスキルまで使って、毎回毎回死にかけてでもパーティーに尽くしてきた俺に向けて、さすがにこれは無いだろう。


 と、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、神の声は淡々とアナウンスを続ける。



 ――オーダーミッション発生「職業:村人 レベル制限解除試練・I」


 ――クリア報酬:レベル30まで限界制限を解除します。


 ――参加しますか? →YES NO



 もう、何でもいいよ。何言ってるか意味分からんし、どうせ俺は死ぬ。

 イエスだ……イエス。



 ――承認を確認、条件を達成。オーダーミッションを引き受けたことにより、レベル上限が暫定的に30まで解除されます。なお、ミッション末達成の場合は再度制限レベルは15まで引き戻されます。



 ――ナイトウォーカーの死亡を確認。経験値取得。レベルが上がりました。


 ああ、ダメだ。

 目が霞んできやがった。

 血が足りない、HPが足りない、気力が足りない。


 これが死か。


 フワリと体が空に浮かんだような感覚に囚われ、五感が急速に失われていくのを感じる。


 そして最後に、神の声が最後にこう言ったのが小さく聞こえた  



 ――レベルアップによる身体自動回復機能を行使しますか? →YES NO



「イ……エ…………ス…………だ」



 そして、俺の意識は宙に溶けた。

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