ワガママ国王とワガママ聖女

 コンチネンタル聖王国からあらゆる『実り』が姿を消していき、人々がいよいよ飢えに苦しみ始めた一方、農民や町民の生活によって支えられているはずの貴族や王族、エクス教の幹部といった上層階級の多くは未だに贅沢な暮らしを続けていた。勿論、領民のために粉骨砕身する覚悟を決め、懸命に奮闘する者たちもいたのだが、問題は『国王』や『大神官』など、彼らを治める立場の者たちは以前と変わらず豪華な宴を繰り返し、美味しい食事を堪能する日々を繰り返し続けていることだった。


「ヒュマス国王陛下!再三申し上げていますように……」


 今日も国王の元にはとある領主からの援助を求める声が届いた。彼は聖王国の異変を受けていち早く動き、万が一のために蓄えていた食糧や近隣の領主から得た様々な知恵を基に領民たちを救うべく奮戦し、自分自身も宴への参加を控え質素な暮らしを送るなどの対策をとっていた。だが、それも『実り』がいつまで経っても戻らないどころかますます減少する状況となっては限界があった。勿論、彼はそのような状況になる事を以前から見据えており、何度か国王に対して援助を申請しようとしたのだが――。


「懲りない奴だな、援助の必要はないと言っているだろう」


 ――返事はいつもこのような拒否の内容だった。

 そして、しびれを切らした領主はついに使者ではなく、自分自身が国王に訴え出るという策に出たのである。


「陛下!このままでは我が領民は更に飢えに苦しみ、その苦しみはやがて我ら上層階級に……!」

「ふん、それはお前の努力が足りないからだろう。それに、我らはいつになったら飢えるのだ、あぁん?」

「それは国民の努力の賜物でしょうが!何故それを理解しないのです!」


 聖王国の危機に際して動き、国民を守るのが上に立つ者の務めのはず。何故それを果たさないのか、と領主は必死に国王へ訴え続けた。それはまるで愚王への道を辿り続ける彼の目を覚まさせるかのようであった。だが、その説得が国王の心に届くことはなかった。唾を散らしながら大声で訴え続けている領主の体は、ヒュマス国王の合図と共に兵士によって捕えられ、自由を奪われてしまった。突然の事態に驚愕する領主に対し、ヒュマスは冷たい目線を向けながらただ一言だけ告げた。しつこい、と。


「なっ……!!」


 国王の機嫌を損なわせ、彼の治世を阻害しようとした罪――それが、事実上領主に科せられる事になった罰であった。当然彼は必死に身の潔白、そしてこの無茶苦茶な事態を糾弾しようとしたのだが、それらはすべて無駄に終わってしまった。両隣の兵士たちもまた、ヒュマス国王たちと同様、国民の明日よりも王を守る衛兵としての自分たちの地位の方が大事だと考えていたからである。そして、彼はそのまま宮殿の地下牢へと連れていかれた。


「……全く、どいつもこいつも……」


 こうやってヒュマス国王の治世を否定し、国民のために尽くして欲しいと懸命に訴える領主や貴族は彼だけではなかった。国民たちを救う事が自分たちを救う事になるのだ、と正論を述べる者もいた。だが、彼らの言葉は悉くうんざりした表情の国王に否定され、そのまま身柄を拘束されて地下牢へ押し込められる事になっていた。

 何故そのような訴えが急増していたのか、国王は薄々気づいていた。このような事態が始まったのはあの奇妙な光り輝く暖かな『雪』のような何かが降ってからだと言う事に。しかし、あの時彼はエクス教の大神官を始めとする面々に持ち上げられる形で降り積もる『雪』を高らかに祝い、自身の治世を女神エクスティアが歓迎した証だ、と高らかに宣言してしまった。国民から大きな支持を受けている女神の名前を出した以上、自分の治世が間違っていると否定する訳にはいかない。もし否定してしまっては、自分自身の『国王』という地位が崩れてしまう可能性だってある――彼は、自分の立場が大きく変わる事を恐れていたのだ。


 ただ、それと同時に――。


「……面倒臭い事ばかり言いやがって……」


 ――そんな面倒な内容を自分に押し付けないで欲しい、という怠惰な思いもあった。

 

 そして、心の中に苛立ちが溜まった彼はそれを発散させるため、謁見の間を後にした。衛兵や側近に軽く一言告げるだけでこの場から逃げるように去る事が出来る程、彼の周りには賛同者しかいない状態となっていた。自分に逆らう者や見るだけで胸糞が悪くなる者たちを次々に追放し、地下牢に閉じ込め、時に『帰らずの森』へ追放し続けた結果、今の彼にはごく僅かな者たちを除いて文句を言ったり彼の意に反する行為をするものはいなくなった。にも拘わらず、ヒュマス国王の心には常に苛立ちや焦り、不安が付きまとっていたのである。


 そんな彼の心を癒してくれたのは――。


「あぁん、国王様ぁん♪」

「おぉ、ヒトアか~♪」


 ――聖王国が危機的な状況へ突き進む中、国民から絶大な支持を集め続けている『聖女』たるヒトア・ポリュートだった。


 今日も彼らは宮殿内部の密室で出会い、互いに唇を付け合いながら『愛』を確かめあった。ヒュマスが褒め称えるヒトアの衣装は煌びやかな装飾に覆われたピンク色のドレス――少しづつ飢えや渇きに苦しみ始めた国民の様相とはまるでかけ離れた豪華絢爛なものであった。彼女におねだりされた国王が国家の予算から『聖女の世話』分と称して捻出した金で作らせたものである。

 そして抱き着きながら互いの感触を確かめ合う中で、ヒュマスはヒトアの目にどこか疲れの色が見えている事に気が付いた。しっかりと化粧をしていても分かってしまうほどに、彼女は肉体的にも精神的にも疲労が目立ち始めていたのである。いったい何があったのか、遠慮せず教えてほしい、とヒュマスに促されたヒトアは、目を潤ませながら自分の本心を語りだした。しばらくの間、聖女の職務を休みたい、と。


「せ、聖女の職務を……!?」

「はい、そうなんです~。ヒトア、とっても疲れちゃって~」


 流石のヒュマスも、そのおねだりを素直に受け入れる事は出来なかった。当然だろう、『聖女』と言うのは聖王国の根幹を支える『エクス教』における最重要役職。女神エクスティアの代弁者として、人々と女神を繋ぐ重要な役割を果たす存在なのだ。もっとも、現在の聖女たるヒトアは女神の意思を人々に示す事よりも人々に自分自身の存在を見せつけ、美しく艶やかなダンスや衣装を褒め称えて貰う事が最優先であったが。ただし、ここ最近の情勢の変化は、ヒトアも大いに感じ取っていた。それまでヒトア・ポリュートという人物を褒め続けていた国民たちは、『聖女』という彼女のポジションそのものに対して救いを求めるようになっていたのだ。


「しかしヒトア、国民は皆お前を応援しているようだぞ?」

「も~、国王様ったらお父様と同じで全然分かってない!」

「お父様……フォート大神官か?」

「そうなんです~、お父様も『聖女』は皆から応援されてるからって全然私に休みをくれないんですよ~!」


 『聖女』である以前に、そもそも自分はヒトア・ポリュートと言う人間。人間なら普通は何かしらの形で休みをくれても良いはずなのに、愚かな国民は自分自身を散々にこき使って『聖女』と言う存在ばかりに救いを求めている。自分が休暇を取る事でそんな堕落した国民どもの目を覚まさせ、『聖女』という役割は勿論『ヒトア・ポリュート』という存在がそこにいる事を認識させたい――ヒトアの口から飛び出す様々な屁理屈の数々を前に、流石のヒュマスも彼女の考えをいったん受け入れ、宥めると言う選択肢を取らざるを得なかった。


「分かった……よし、私の口から大神官殿に相談してみよう……」

「本当ですか!?わ~い、ありがとうございます~!流石国王様、頼りになりますわ~!」

「頼りに……ふふ、そうだろう!私はとても頼りになるのだ!このコンチネンタル聖王国の頂点だからな!!」


 喜ぶヒトアの表情を見て、ヒュマスもまた心が癒されるような気分になった。どれだけ自身の周りの官僚や貴族、衛兵たちが自分を褒め称えようとも、目の前にいる『聖女』の屈託のない笑顔を見ていると、例え無茶な願い事をされても叶えたく感じるのである。それは、まさしく『恋心』そのものであった――。



『……ふふふ……♪』


 ――『浮気』や『不倫』など、様々な言葉で言い換える事が可能な間柄なのだが。


 密室で繰り広げられるヒュマスとヒトアの触れ合いは、彼らによって『帰らずの森』へと追放されたセイラによって常に監視されていた。


 聖女候補として日々虐げられながらも懸命に努力を続けていた彼女は、王妃という存在がいながらそれを蔑ろにしているヒュマスの行動が許されないものである事を把握しているのと同時に、ヒトアについても同様に『聖女』としてふさわしくない行動を取っていることをよく認識していた。『聖女』が本来恋焦がれ、尊敬の的とするべき対象は、その言葉や思いを代弁する対象である女神エクスティアただ1人。誰かに恋心を抱きそれを曝け出す事は決して許されざる行為であり、それこそ『帰らずの森』への追放処分となっても良い行動なのだ。にもかかわらず、この2人はそのような掟など知ったことかと言わんばかりに唇を重ね、体を触れ合い、溢れ出る愛を共有している。まさに彼らの行動は、コンチネンタル聖王国の堕落ぶりを象徴する光景だった。



『やれやれ……』


 自分たちの国を文字通り滅ぼす方向へ舵を取り続ける2人に呆れながらも、同時にセイラは密かに彼らに感謝をした。

 彼らの『許されざる恋』もまた、彼女が考案する計画において必須の要素なのだから……。

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