そして掌の上へ
『……ふふふ……♪』
一方的かつ茶番のような宗教裁判の結果、事実上の国外追放や死刑に等しい重い罪を科せられ愕然とした表情となる元・エクス教の幹部であるヨーク・バルート。自身を蹴落とす計画を立てていた彼を帰らぬ旅路へ追放できた事に対して勝ち誇ったような表情を見せるフォート。彼らを含め、この裁判に参加した全てのエクス教の宗教幹部たちは、自分たちの行動が逐一監視されていた事に全く気付かなかった。いや、気付ける訳がなかった。かつてフォートやヨークたちがあらぬ罪を被せ、散々に罵倒した挙句、ヨークと同様の『帰らずの森』への追放を命じた元・聖女候補たるセイラ・アウス・シュテルベンが、位相を変える――誰からも触れられず見る事もできない存在にその身を変えて、密かに裁判の様子を眺めていた事に。
純白のビキニアーマー――フォートが直々に選んだ衣装を身に纏い続ける彼女は、その場にいる全員に向けて優しげな微笑みを向けていたが、今回の宗教裁判における重要人物であるヨークとフォート、2人に対しては、様々な思いを抱いた微笑みをじっと見せ続けていた。
『思い出しますわね……ヨーク・バルート様……』
かつて彼女が同じように宗教裁判の被告人席に立たされた時、ヨークは宗教幹部の立場を乱用し、必死に無実を訴えるセイラの声を幾度となくかき消し続けた。裁判中は静粛にしろ、静かにしなければまた罪を重くするぞ、等々、あらゆる正論を盾にしてあらぬ罪を着せられた彼女の決死の声を封じ続けたのである。そんな彼が、今度は自分の欲望のために破滅の道を辿り、自身と同じように懸命に無実を訴えるも、その声が届くことなく自身の命が奪われかねない罰を科せられる――まさに古文書に残されていた『因果応報』という単語通りの出来事だ、とセイラはそっと微笑んだ。
そして、同時にそのヨークを最後まで圧倒し続けた、現在のエクス教の最高幹部たる大神官の地位に君臨するフォートへも、セイラは密かに微笑みを送った。今回の彼女の『計画』において大いに役立ってくれた事への感謝を含めて。
『……フォート大神官、貴方のお役に立てて光栄です……私の役にも、ね♪』
どこか愉快そうに言いながら、彼女は裁判長役を担当した彼の机に置かれていた書類――ヨークとカライアの親子を中心としたエクス教の転覆計画を全て暴き切ったという『密告者』からの情報へ向けてそっと右の掌を向けた。その瞬間、書類が誰にも分からないほどのごく僅かな光を放った。そのほんわかとした発光は、セイラが世界中に降らせた暖かな雪――『ナノマシン』と同じ輝きであった。それこそが、フォートにすべてを知らせた密告者の正体が、女神の力によってその身を変貌させた『セイラ・アウス・シュテルベン』本人である事を示す大きな証であった。
セイラと女神エクスティアにとって、最も憎み、滅ぼすべき相手――セイラを虐げ、破廉恥な視線で見つめ、その精神がボロボロになるまで『聖女候補』として酷使させた挙句、栄光からどん底へ突き落し『帰らずの森』へ追放させた張本人の1人であるフォート・ポリュートと再度接触するにあたり、彼女は女神エクスティアから授けられた力の1つを使用していた。透明になるのでも、赤の他人へと変身するのでもなく、純白のビキニアーマーを纏う美女と言うセイラ・アウス・シュテルベンの姿をそのまま保ったまま、相手にその存在を『認識』出来ないようにする、と言う能力である。確かにそこにセイラがいて、純白のビキニアーマーと言う『破廉恥』で『卑猥』な衣装を纏っているにもかかわらず、彼女の姿は誰からも『セイラ』と認識されず、名前も知らぬ何者か、しかし非常に重要な存在である、と錯覚させたのである。
裁判の中で、フォートが密告者の姿かたちを覚えていないと告げたのは、まさしくこの力によって引き起こされた事であった。とぼけていたのではなく、本当にあの時――フォートの元を突然訪れ、彼に命が危うい事を告げたうえで、その証拠となる書類を残して漆黒の闇へと消えていったセイラ・アウス・シュテルベンの姿を、フォートは『セイラ・アウス・シュテルベン』だと認識出来なかったのだ。一方、女神や自身に滅びを決意させた相手の『認識』を歪ませ、ごく当たり前に触れ合う中の如く語り合ったひと時を、セイラの方ははっきりと記憶に留めていた。自分の事しか考えておらず、自身の立場を守るためならどんな手でも打つ残忍さは、彼女を追放してから更に強まっているように感じていた。
『でもフォート大神官、貴方は全く気付いてないんですよね……ふふ……♪』
セイラが『ナノマシン』の力を利用して創り上げた告発状を渡されたフォートはそのまま彼女が構想した通りに動き、エクス教の重要な幹部たるヨーク・バルート一派を壊滅させてくれた。特にヨークは、セイラ自身が望んでいたように、彼女が増え続ける『光の神殿』が聳え立つ『帰らずの森』への追放が決定したのである。
まさに全てが自分の掌の上で動いているようだ、と自分自身の右手を覗き込んだセイラは、同時にその心地があまりにも快感極まりない事を痛感した。エクス教を事実上牛耳る形になっているフォート・ポリュート大神官も、きっと毎日同じような快楽を味わいながら生きているのだろう、と思いを馳せた彼女は、改めて女神エクスティア――常に尊敬してやまない、コンチネンタル聖王国を創り出した存在への感謝の気持ちを忘れずにいる決意をした。彼女を敬う気持ちを忘れなければ、この中毒性がありすぎる恐るべき快楽に溺れ過ぎる事はないはずだ、と言う信念と共に。
『敬愛する我らが女神エクスティア様……掌の上で誰かを動かす事の楽しさと恐ろしさ、双方を教えて頂き、感謝いたします……』
牢獄へ入れられるべくヨークが連れて行かれてからしばらく経った後、裁判はお開きとなった。大神官たるフォートを始めとする神官たちは、自分の地位を脅かす存在を一網打尽に出来た事に安堵し、そして今後もエクス教を自分たちで動かす事が出来る嬉しさを共有しあっていた。彼らが尊敬すべき対象である『女神エクスティア』への感謝の気持ちを示す言葉は、一切彼らの口から出ることはなかった。
そんな愚かな面々の醜い会話を横目で見ながら、セイラは次の計画を実行に移す決意をした。
女神エクスティアが持つ力を用いれば、そこにいるフォートを始めとする面々を一瞬で消し去る事など簡単である。だが、それでは彼らに『滅び』への苦しみを与える事は出来ないし、何よりも女神の意志を受け継ぐものとしてそのようなやり方は好まない。じっくりと愚かな国民たちを追い詰める、最良の方法を試さないといけない、と彼女は考えていた。そして、その『予行演習』にうってつけの存在が、まさに先程生まれた。エクス教の中枢から直々に追放処分を受けた、彼らと同等に愚かな存在が。
『……ふふ……ヨーク様……♪』
『帰らずの森』へ追放された人物は、文字通りコンチネンタル聖王国から抹消され、名実ともに命を落としたと見做される。だが見方を変えれば、もはや存在しない人物相手には、何をやっても何をしても怪しまれたり恐れられたりしない、という事にもなる。まさにセイラにとって、うってつけの『実験材料』なのだ。
その後、セイラ――いや、コンチネンタル聖王国中に無尽蔵に広がる、同じ姿形、同じ思考、同じ声、同じ顔、そして同じビキニアーマーを着こなすセイラたちは、その日が訪れるのを待ち続けた。やがて、彼女たちの予想よりも早く、ヨーク・バルートは大罪人としてみすぼらしい服を着せられたまま、『帰らずの森』へと放逐された、と言う訳である。
限りない憎悪と二度と帰れない場所へ追放された絶望に支配された彼は、自分をこの場へ連れ込み、あっという間に彼方へ消え去った馬車へ向けて何度も何度も怒鳴り続けていたが、やがて諦めた表情と共に何も言わなくなった。そしてそのまま立ち上がり、漆黒の森へとゆっくりと歩き出した。今の自分に出来る事は、この森の中で懸命に生き続け、憎きフォート・ポリュートから与えられた『死』という運命から抗う事だ――そんな彼の甘い考えは、全てこの森を支配する純白のビキニアーマーの美女にはお見通しであった。
「「「「「「……さあ、行きましょう、セイラ」」」」」」
「「「「「「楽しみですわね、セイラ♪」」」」」」」
二度と帰る事が出来ない森の中へ足を踏み入れざるを得なくなった、毛量が薄い頭を曝け出した男を『映像』でしっかりと目視したセイラたちは、コンチネンタル聖王国を滅びへ向かわせるための重要な礎となる『予行演習』を開始すべく動き出した。
きっと満足する結果になるだろう、と言う期待を込めた微笑みと共に……。
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