セイラの監視網

『あーあ……聖女になれば楽に暮らせるって思ってたんだけどな……』


 なんであんな連中――『聖女』という肩書だけを求めてヒトア・ポリュートと言う世界で最も素晴らしく可愛く美しい女性の舞など二の次に考えているような愚かな国民のために聖女を続けなければならないのか。そんなつもりで聖女になったのでは無かったのに――今日もそんな愚痴を述べながら、ヒトアは王都へ急ぐ馬車の中に乗り込んでいた。隣に座る侍女は、数日前から新しく彼女を守るよう王からの厳命を受けた新たに登用された人物だった。以前クビにされ、聖女への侮辱という罰で牢獄に入れられた侍女のようになりたくなければ、もっとヒトアを敬うように、と国王からはっきりと言われた彼女は、ヒトアの自分勝手な愚痴に対して何も言わず、ただ大人しく、そして少し怯えているように乗り込んでいた。


 だが、そんな新たな侍女にもこんな過去があった。セイラ・アウス・シュテルベンが『聖女候補』の地位を剥奪され、事実上のコンチネンタル聖王国からの追放令を受けた時に、王宮に勤める他の女性たちと共に、セイラに対する悪口を堂々と述べていたのだ。きっとあのビキニアーマーは、男性を惑わし自分の味方を増やすための武器だったに違いない。あんな卑猥で破廉恥な衣装なんて普通着ないし、そもそも自分たちはあんなの着たくない。やっぱりセイラは偽者の聖女だ。大神官たちの判断は至極正しいものだ――。


「「「「「「……ふふふ♪」」」」」」


 ――そんな彼女の言動は、既にそのセイラ・アウス・シュテルベン本人にはお見通しだった。女神エクスティアの力を受け継いだ彼女には、この聖王国で暮らす国民1人1人の過去を覗きこむ事など朝飯前になっていたのだ。ある意味今の状況は自業自得、自分たちの嫉妬や憎悪を優先して真実を見抜く行為を放棄した彼女へ下された罰のようなものだ、とセイラは微笑んだ――いや、正確にはセイラが一斉に微笑んだ。侍女やヒトアたちの動きは、王都からはるか遠く離れた『世界の果て』に聳え立つ『光の神殿』の中をどこまでも覆いつくす、純白のビキニアーマーのみを纏う無尽蔵の美女、セイラ・アウス・シュテルベンによって逐一監視されていたのである。


「「ヒトアさんも大変そうですわね♪」」

「「「本当ですわね、あちこちの町や村に赴いて……♪」」」

「「「「得意の『舞』を踊るなんて♪」」」」


 それにしては嫌がっているようですわね、と大量のセイラは互いに顔を見合わせながら微笑んだ。その同情と呆れ、そして若干の嘲りが混ざった笑い顔は、全てのセイラにおいて寸分違わぬものだった。そして同時に彼女たちは、やっぱり自分たちの笑顔はいつ見ても美しく可愛らしいものだ、という事を再確認し、嬉しさに頬を真っ赤に染めた。このどんな事をやっても美しく可憐なセイラという存在を存分に体感するため、彼女たちは毎日のようにこの『光の神殿』の中で数を増やし続けていたのだ。


「「「ふふ、それにしてもセイラは今日も素敵ですわ♪」」」

「「「「そう言うセイラも、素敵ではないですか♪」」」」

「「あぁん、セイラ♪」」


 『光の神殿』の内部に『映像』として映し出されているヒトアの苛立ちと侍女の苦悩を尻目に、セイラたちは互いの肉体美を味わうかのように抱き付き合い、純白のビキニアーマー越しの自分自身の胸や腰、そしてビキニアーマーからたっぷりと溢れ出る自分の肉体を存分に堪能し続けた。互いの肌が触れ合い、その温かさが染み渡る感触を全身で味わい尽くしていたのである。そして、その快楽が最高潮に達した瞬間、セイラの体はその気持ち良さを放出するかのように眩く光り輝き始め――。


「「「「ふふ、セイラ♪」」」」」」」」

「「「「また増えちゃいましたわ♪」」」」」」」」


 ――その数を2倍に増やした。


 不思議な事に、この『光の神殿』はセイラ・アウス・シュテルベンと言う名のビキニアーマーを纏う美女がどれだけ内部で際限なく増えてもそれを収めるほどの空間が常に確保されていた。まるで彼女が欲望のままに増え続けるのを理解しているかのように、セイラの数に合わせて光の神殿内の部屋や廊下、そして大量の彼女が常に現れ続ける聖堂は常に広がり続けていたのである。それでいて、外部――桎梏に包まれた『帰らずの森』の中に忽然と現れる眩い巨大な建物の外見や大きさは全く変わる事は無かった。女神から授けられたこの異様だが魅力的な場所を、セイラは存分に有効活用し続けていたのである。


 しかし、セイラは常に自分同士で欲望にまみれながら増え続けている、と言う訳ではなかった。彼女たちにとって、これはやがて来る滅びの時――女神エクスティアから授けられた、無数に増える自分たちによってコンチネンタル聖王国を滅亡に追いやるという使命に備えた予行練習の一環である、と言う認識で一致していた。もっともっと美しく麗しく素敵な女性を無尽蔵に愛したい、と言う願望と女神からの使命を忠実に果たすための行程である、と言う使命感、その両立を続けていた、とという訳である。



 そして、この純白のビキニアーマーの美女が存在するのは、この『光の神殿』内部だけに留まらなかった。


「ふふふ……♪」「ふふふ、セイラったら……♪」「また増えちゃいましたわね♪」


 既にコンチネンタル聖王国の至る所――王都から地方都市、村、山、果ては民家の倉庫まで、あらゆる場所にセイラ・アウス・シュテルベンが存在し、『光の神殿』の内部にいる自分たちが今日も存分に増え続けている、という朗報をたっぷりと感じ取っていたのである。


 この彼女たちの由来は、セイラが女神からの指令を受け最初の行動に出た時に、彼女たちの体から溢れ出し、コンチネンタル聖王国中に降り注いだ暖かく輝く雪――女神エクスティアの言葉でいう『』と呼ばれる不思議な光の粒子だった。数えきれないほどに散らばったこの粒子1つ1つに、セイラ・アウス・シュテルベンと同じ意識、記憶、個性が宿っており、そこから『彼女』の思い通りに自分自身の姿を再生し、純白のビキニアーマーのみを纏う絶世の美女という存在を自在に現出させる事が可能になっていたのである。更に、その現出の方法もまた、女神の知識を得たセイラの思い通りにする事が出来た。これを活かし、女神エクスティアの言葉で『位相を変えた』状態、分かりやすく言えば幽霊のように聖王国の人々から見ることもできず触ることもできない状態になり、その様子を逐一観察し続けていた、と言う訳である。


 そして、記憶や意識が同一の彼女たちは、世界のあちこちでほぼ同時に、自分たちの『滅び』への策略が思い通りに進んでいる事への嬉しさを笑顔で示した。地面に降り注いだ『ナノマシン』の力で、人々が実らせる作物だけが集中的に枯れ、草や穀物を食べる家畜たちの『やる気』が減衰していくという不可解な現象を引き起こし、その規模をじわじわと拡大させることで、平和や安泰、温暖な気候、そして豊富な実りというぬるま湯に浸かりきっていたコンチネンタル聖王国の国民がどのように考え、どんな行動に出るか、セイラたちはじっくりと観察し続けていたのだ。そして、その現状は見事にセイラの思い通り――自分自身の考えと女神から得た知識を動員して推測した通りであった。危機的な状況に即座に対応できたのはごく一部、それ以外はあっという間に彼らの心の拠り所である『エクス教』に縋り始めていたのだ。更に、多くの国民はあの時に降り注いだ暖かな雪=『ナノマシン』がその原因である、と言う考えにすら至っていないようであった。当然だろう、彼らの心の拠り所であり無心で従い続けているエクス教側が、そのナノマシンを女神エクスティアからの奇跡だ、と大々的に宣伝していたのだから。


「ふふ、ヒトアさん……♪」

「あれだけ頼りにされてるのに嫌がるなんて……♪」

「不思議な方ですわね……♪」


 あらゆる場所にいるセイラたちが並べた言葉は1つの文章として紡がれていった。歴史上、これだけエクス教が見直され、頼りにされる事はあまり無い事。日常にすっかり根付ききったエクス教のありがたさが改めて認知され、『聖女』の支持もうなぎ上りだというのにどうしてあんなに嫌がるのだろうか、と彼女たちは一斉に皮肉交じりの微笑みを見せた。

 そして、彼女たちは同時に別の事にも思いを馳せていた。確かに大多数の国民はすっかり聖王国に縛り付けられ、身も心も腐り果てているのだが、その中でも僅かながら女神エクスティアへの『正しい』信仰心、そして苦しむ人々を助けようと奔走する人々もいる。確かに彼らもセイラ・アウス・シュテルベンという存在が聖女候補の地位を剥奪されたのを黙って見逃したという罪を背負う宿命にはあるものの、彼らの心まで滅ぼしてしまうのは若干心残りがある、と言うのがセイラ本人の想いであった。

 彼ら『だけ』を確実に救い出せる方法はないものか。女神エクスティアの力を得た今、その方法は私たち自身で考えないといけない。早速思案を始めようとしたその時だった。


「「「「「……!」」」」」


 世界中のセイラたちの間に、1つの情報が共有された。


 身も心もすべて同一の純白のビキニアーマーの美女たちが女神から授けられた能力に、自分たちの意志や情報を好きなように共有する事ができる、と言うものがあった。世界中至る所で密かに聖王国を観察し続けるセイラたちは、その力を使って『帰らずの森』――『光の神殿』の周りに無尽蔵に広がる漆黒の森の中に、自分たち以外の何者かが放逐された事に気付いたのだ。


「「「確かあの馬車は……」」」

「「「罪人を運ぶためのものでしたわね……」」」

「「「「「意外と早かったですわね……」」」」」」


 自分自身もかつて乗った事がある、内外ともに大して金をかけていないみすぼらしい姿をした馬車。そこからまるで捨てられるように投げ飛ばされ、同伴していた兵士たちに何かしら誹謗中傷を言われていたその人物は、ヒトアの父であるフォート大神官と同じくらいの年齢の1人の男性だった。量が薄くなっている白髪交じりの髪を見せながら、彼は去り行く馬車へ罵倒を続けていた。無実の者を捨てるとはどこまで愚かなのか、この国はどうかしている――。



「「「「「「「「「……ふふふ……さて……♪」」」」」」」」」」」



 ――その言葉を各地で聞いたセイラは、愉快そうに微笑んだ。当然だろう、彼が叫んだ言葉はそっくりそのまま彼に向って返ってくる事を、セイラたちは嫌というほど把握していたのだから。

 そう、彼こそあの時、フォート大神官らと結託してセイラにあらぬ罪を被せ、聖女候補の剥奪および『帰らずの森』への追放に至らせた張本人の1人だったのである。セイラはその顔を忘れることはなかった。彼女が何度反論しようとも、『貴様に発言権はない!』と叱咤し黙らせ続けた宗教幹部こそ、他ならぬ彼なのだから……。

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