3人の卑しき宴

 禿げ頭のフォート大神官と、煌びやかな衣装で身を包み、まるで猫を被ったような態度で甘える彼の娘。聖女候補であったセイラを策略で追放、事実上の死刑に近い形で追いやった2人による醜い宴に、新たな参加者が加わった。彼らが在住するコンチネンタル聖王国を率いる若き国王、ヒュマス・コンチネンタルその人だった。女性を惚れ惚れさせる端正な顔つきに短く整えた金色の髪を持つ彼が入るや否や、大神官の娘であるヒトアはいきなり彼に抱き着き、その柔らく大きな胸を押し付けた。その感触を堪能するかのように、ヒュマス国王はだらしない笑顔を見せながら彼女の頭をやさしく撫でた。


『ヒトア、今日もお勤めご苦労だったな』

『はい、ヒトアは聖女として今日も頑張りました~♪』


 そして、同じように笑顔――欲望に満ちたゆがんだ笑顔を見せるフォート大神官に導かれるように、ヒュマスも煌びやかな宝石や装飾で彩られた彼の個室にある豪華なソファに座った。この部屋に入り、大神官たちと語り合うということが私事、そして機密事項である事を示すかのように、国王は護衛を1人もつけないままこの場所を訪ねていた。


 彼が腰掛けるのと同時に、フォート大神官は早速ヒトアからのおねだりの内容を代弁した。この黒いドレスもそろそろ飽きた、もっと新しく豪華で可愛いドレスが欲しい、と。桃色でフリルがいっぱい付いて、可愛らしさを存分に溢れさせるデザインがいい、今のドレスは『聖女』の舞だと少々地味でつまらない、とヒトア自身も補足を入れた。それを聞いた国王はしばし考えるようなそぶりを見せたが、それはあくまで『素振り』でしかない、と言う事を大神官もヒトアも承知していた。


『……よし、分かった。早速用意するとしよう』

『おぉ、ありがとうございます』

『わ~い♪ヒトア大感激~♪王様、ありがとうございます~、チュッ♪』


 嬉しさのあまり頬にキスをするヒトアの態度に対し、ヒュマス国王はそれを咎めるどころかますます嬉しそうな態度を見せた。可愛く美しく、加えてしっかりと聖女の役割をこなしているヒトアの頼みなら何でも聞いてあげる、と言う誉め言葉も付け加えながら。そして、新しいドレスの予算についても国王はしっかり用意している、と告げた。その途端、彼とフォート大神官はどこか陰のある表情を見せあいながら、互いにほくそ笑んだ。当然だろう、毎回ヒトアのために用意している予算は全てコンチネンタル聖王国の予算、それも本来ヒュマス国王が愛を尽くすはずの相手である王妃の生活費を利用しているのだから。だが、今回も随分と王妃の生活費が削られることになりますな、と語る大神官の声色はどこか楽しそうなものであった。


『国王陛下も随分悪いお方ですなぁ♪』

『何を言う、この私に指図をするような女、これくらいの罰を受けて当然だ』


 敢えて平民の言葉を使えば『ざまあみろ』という奴だ――そのように語る国王には、現在の彼の本来の妻である王妃に対する恨み辛みが宿っていた。国王らしく豪華な装飾を施した服装を望めば、その金は国民のために使えと喧しく説教をする。少し寝坊をしただけで国王たるもの国民に手本を見せなければならない、といちいち注意をしてくる。挙句、食事のマナーを守れ、夜更かしをするな、重要な役職にいる人の名前ぐらい覚えろ、等々自分のやることなすことにいちいち文句ばかり言ってくる。何から何までケチしかつけられない女が傍にいる事がどれだけ憎たらしいものか、と彼は心の中に眠る憎悪を一気に吐き出した。まるで、病で倒れてくたばる前の糞親父=前の国王のようだ、と。


 その上で、そろそろ『因果応報』――国王である自分自身に指図をするという無礼な行いを続けた報いの時が来るはずだろう、とヒュマスはほくそ笑んだ。


『こんな噂を知ってるか?王妃が予算を着服している、贅沢のために使っている、とな♪』

『ほお、これはまたよからぬ噂ですなぁ♪』

『何を言う、この噂をまき散らしたのはフォート大神官、お前だろう?』

『おっと、そうでしたな、すっかり忘れておりました♪』

『もう、お父様ったら♪』


 自分自身に被さるであろう様々な疑惑を、大神官という人々の信頼を得る立場を乱用する存在の力を借りて憎き相手に擦り付け、疑うことを知らぬ愚かで哀れな民衆の間にまで悪評を広め続ける――それはまるで、聖女候補の立場を追われたセイラが受けた仕打ちを思わせるものだった。そして当然ながら、その行為を実行している者たちに罪悪感というものは一切無かった。自分自身にとって腹が立つ、胸糞悪い存在は総て敵、散々に痛めつけるのが道理である、と彼らは疑いもなく信じ切っていたのだ。


 そして、そのままヒュマス国王は隣に座るヒトアの腰に手をやり、そのまま近づきながら優しく述べた。もしヒトアが『聖女』になる道を選んでいなかったら、今頃自分自身の妃に任命していただろう、と。その言葉が真実であることは、優しそうな瞳の中に彼女の姿を求める独占欲があふれ出ている事からも明らかであった。そんな国王の思いを知ってか知らずか、ヒトアは悪戯気な笑みを漏らしながらこう返した。


『あら、少し前はセイラとか言う女に惚れこんでいたのではなくて?』

『こ、こらヒトア!国王の前で失礼だぞ!』


 どれだけ実の娘に甘いフォート大神官でも、流石にその無礼な発言に対しては慌てて厳しい言葉で釘を刺したのだが、ヒュマスはそんな彼を制止し、ヒトアの発言を優しく許した。セイラとか言うビキニアーマーだけを着続けた破廉恥女に惚れてしまった、と言う過去は、自分自身の失敗として心に刻んでいる、と述べながら。そして、彼はそのまますべての責任をセイラ・アウス・シュテルベンという追放された元・聖女候補へと押し付けた。巨乳や腹、太腿を存分に見せつけ、自分たちを誘うような純白のビキニアーマーを着ているのが悪い。いや、ビキニアーマーが悪いのではなく、そのような魅力的な体を持っているセイラ自身が最も悪意ある存在だ、と。


『しかもこいつは……私からの婚約の誘いを睨みつけながら断ったんだぞ!何が「万人の1人として貴方を愛する」だ!良い子ぶりやがって!』


 あの時――聖女候補として謁見したセイラを誘い、自身の妻にならないかと口説いたとき、彼女は真剣な表情を見せながらきっぱりと断った。聖女を目指すものとして、1人だけに特定の愛を注ぐことは許されていない。しかし、万人の1人として愛し、今後の栄誉や安泰を願う事は出来る、と。その時はどう足掻いても自身の言葉を受け入れてもらうのは不可能だと察し、嫌々ながらも彼女を解放したヒュマス国王であったが、その時に一瞬だけ彼女が見せた、苛立ちとともに国王である彼を睨みつけた表情だけは、その恨みや妬み、好意が裏返った憎悪と共に決して忘れることはなかった。


 だからこそ、彼はフォート大神官が娘のヒトアを新たな聖女とし、その代わりに先代の大神官の忘れ形見というべきセイラを追放すると言う策略に乗ったのだ。間違いなく様々な文句を言ってくるであろう妃をこの策略に一切参加させないようにするべく、敢えて多数の業務を与えて聖女任命の儀式――セイラに耐えがたい屈辱と地位を奪う決定的な打撃を与えるための式に参加させないようにしたり、セイラが追放された後に『緊急事態』と称してヒトアをあっさり新たな聖女に任命したり、彼もまた『国王』という地位を乱用して全てを思い通りに運ばせたのである。


『……ま、今はそのセイラも「帰らずの森」でくたばっているはずだ』

『我々のように気楽に生きる道を選べば良かったものを。つくづく哀れな女ですなぁ』


『もう、お二人とも変なことを言わないでくださいな。あんなクソビッチ、見ているだけで不快でたまらなかったですもの』

『おぉ、そうであったのぉ。情けは無用だったな、ヒトア♪』


 そして、ヒュマス国王は下劣に盛り上がる面々の意見を1つに纏めた。


 全てはセイラが悪い。自分たちにとって彼女は邪魔な存在。それを追い払った今、コンチネンタル聖王国のすべては自分たちのものだ、と。


『ふふふ……その通りですなぁ……ははははは!』

『あーっはっはっはっはっは!!』

『おーっほほほほほほ!!』


 そして、豪華な装飾で彩られた大神官の個室の中に、3人の耳障りの悪い笑い声が響き渡った。


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「……どうだったかしら、セイラ?」


 女神エクスティアがセイラ・アウス・シュテルベンに見せた『映像』は、ここで終幕を迎えた。セイラ本人に感想を尋ねた彼女の声色には、どこまでも自分自身の欲望しか考えていない愚かな国民の代表ともいえる3人に対する怒りと失望が混ざっていた。しかし、女神の問いに対してセイラからの返答は無かった。何度か名前を呼んでも、彼女は言葉を発することはなかった。


 そして、その顔を覗き込んだエクスティアは、彼女が何故自分の問いに言葉を返さなかったのか、はっきりと理解できた。

 彼女は泣いていた。目からとめどない涙を溢れさせながら、『映像』が消え去った光輝く虚空をただ見つめ続けていた。自分自身が聖女候補の地位を引きずり降ろされた挙句『帰らずの森』に追放された真実を知った彼女は、ただ声も出さずに涙を流す事でしか、感情を整理することが出来なかったのだ……。

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