滅びの計画

 セイラ・アウス・シュテルベンは泣いた。泣き続けた。


 彼女は、自分をどん底へと陥れた者たちへの怒りから泣いた。存在が鬱陶しい、胸糞悪い、言う事を聞かなかった、嫌いな奴に育てられた存在、挙げればきりがないほどの自分勝手でわがままな理由でセイラを『聖女』への道から引きずり下ろすどころか大罪人として事実上の国外追放へと追いやった存在に対する、底知れない怒りが涙となって溢れ続けた。


 彼女は、自分自身を信じてくれなかった人々への失望から泣いた。コンチネンタル聖王国で彼女が追い詰められた時、その場にいた国民たちは誰も彼女へ課せられた罪を疑わず、大罪人として誹謗中傷を浴びせた。そればかりか、彼女に代わって新たなる『聖女候補』――いや、それを通り越してあっという間に『聖女』となった存在へなんの疑問も持たずに喝采を浴びせる愚かな者たちが、彼女の心に強く突き刺さった。


 彼女は、女神エクスティアに対する信仰心が崩れ去る光景を見て泣いた。このコンチネンタル聖王国を築くきっかけを与え、人々の心に深く信仰が根付いていると信じ切っていたセイラの淡い期待は、出鱈目な舞、贅沢な衣装、そして独りよがりの時間を楽しみ続ける現在の聖女へなんの疑いも忠告もしない人々という光景を見て脆くも崩れ去った。最早聖王国のほとんどの民は、女神ではなく女神を祀る存在にしか興味を持っていない、という事実を、彼女は思い知らされた。


 そして彼女は、自分自身の不甲斐なさに泣き続けた。このような現実を見ないまま、尊敬する女神エクスティアに近づくため『聖女』としての道をひたすら歩み続けていた過去の自分自身――セイラ・アウス・シュテルベンに。



 やがて、零れ落ち続けた涙が収まった時、彼女はようやく隣に佇む女神エクスティア――緑色の長髪や豊かに実る胸、純白のビキニアーマーのみを着込んだ姿かたちなど、セイラと全く同じ姿形となって現出した神聖なる存在へ言葉をかける事が出来た。


「女神様……女神……エクスティア様……」

「どうしたの、セイラ?」


「……あの時、私は彼らを憎みました。心の底から憎みました……」


 『帰らずの森』に追放され、全身に傷と血が覆い、ビキニアーマーも破れかけ、もはや動く体力もなくなった時、彼女は今までずっと我慢していた――いや、正確に言えば聖女を目指すために敢えて表立って考えず、ただ心の奥底にのみ留めていた感情が爆発しかけた。悔し涙と共に、自分自身をここまで追い詰めた存在たちを憎み、恨み、そして何もできない自分自身に絶望感を覚えた。まさにその時、今の彼女がいる『光の神殿』が姿を現し、そこで彼女はずっと尊敬し続けていた女神エクスティアと対面することができたのだ。


 だが、その追放・断罪劇の中に秘められていた、あまりにも醜く愚かな真実を目の当たりにした彼女の心に宿ったのは、恨み辛み、憎悪に加えと共に、この世界を構成する者たち全てに対する『失望』の気持ちであった。


「彼らがそこまで救いようのない存在である事を、私はずっと気づく事が出来ませんでした。彼ら――『大神官』『聖女』『国王』は、女神様からの救いの機会を自分自身の欲望だけで潰したのですね……」


 コンチネンタル聖王国と言う、女神エクスティアへの信仰を基に成り立っているはずの国で、その頂点に立つ者たちが私利私欲を優先し、女神に近い立場という地位すら利用してまで全てを思い通りに動かそうとしている。彼らの意にそぐわない者がいれば即座に切り捨て、『因果応報』という名の元に罰を与え、挙句その命を奪う行為すら厭わない。そのような存在たちによって成り立つような国家は、本当に『聖王国』というのか。それは本当にこの世界に存在して良いのだろうか――。



「女神様、貴方が『聖王国を滅ぼす』と告げた意味を、聖女としても人間としても、私は理解する事ができました」


 ――そして、純白のビキニアーマーでその身を包んだ美女、セイラ・アウス・シュテルベンは、自身と同じ姿形を模した女神エクスティアの眼下で跪き、真剣な顔つきになりながら自分自身の決意をはっきりと伝えた。決して後から取り消すつもりはない、後戻りするつもりはない、と言う意志を交えながら。


「……女神エクスティア、私、セイラ・アウス・シュテルベンは、貴方の御意思――『この国を滅ぼす』と言う意志に従い、粉骨砕身致します」


 しばらくの間、セイラと女神が佇む『光の宮殿』の中を静寂が包んだ。その間、セイラはずっと女神に忠誠を誓う事を示すかのように、ずっと頭を下げ続けた。

 やがて、眩くも暖かな光に包まれた空間の静けさを破ったのは、彼女をじっと見つめる女神の言葉だった。


「……フォート、ヒュマス、ヒトア。彼らは全てを自分の掌の中で動かしている気になっている。国民もその状態に甘んじて、堕落の一途を辿っている……」


 そして、女神はセイラと同じ目線になるようしゃがみ込み、顔を持ち上げた彼女と視線を合わせ、微笑みながら語った。


「……私たちの『掌の上』で、そんな国を綺麗にしちゃいましょう♪」

「……はい!」


 返事をしたセイラの顔は、嘘偽りのない満面の笑みに包まれていた。


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「女神エクスティア様……それで、どのように聖王国を滅亡に追いやるおつもりなのでしょうか?」


 どんな手段でも全力で支援させて頂く、と前置きを述べた上で尋ねたセイラの心には、自身を追放した国が滅亡への道を歩むまでの様々なシナリオが描かれていた。国王や大神官、聖女を含めた全ての国民を疫病で一網打尽にする、国全体を覆う大災害を起こして一夜にして滅ぼす、豊かな実りと穏やかな気候に恵まれていた聖王国を荒れさせて兵糧攻めにする、はたまた更に王家や宗教幹部を堕落させ、国民に反乱を起こさせ聖王国全体を戦争状態にしたうえで自滅に追いやる――今の彼女の心には、女神とともに聖王国を綺麗さっぱり消し去る事が出来る嬉しさが宿っていたのだ。


 ところが、そんな彼女を笑顔で見つめた女神エクスティアは、突然セイラ自身を指さした。そして、思いもかけない言葉――コンチネンタル聖王国を滅ぼす方法を告げたのである。


「コンチネンタル聖王国を『あなた』で埋め尽くすのよ。セイラ・アウス・シュテルベンと言う、ビキニアーマーを着た女性でね」

「……えっ……?」



 あまりにも唐突な発言に、一瞬何を言っているのか理解しがたい表情をセイラが見せたのを確認した女神は、もう一度詳細を述べた。愚かな人々が蠢き、信仰も失われ始め、堕落の一途を辿っている聖王国を一掃し、王国全体を『セイラ・アウス・シュテルベン』――緑色の長髪をたなびかせ、何物にも負けない美貌とスタイル抜群の肉体を持ち、たわわな胸や腰回りを純白のビキニアーマーだけで覆う、女神エクスティアの事を何よりも尊敬し続ける、『聖王国』の名にふさわしい美女の大群で覆い尽くす、と。つまり、セイラという存在を無秩序、無尽蔵、無限に増やし、彼女自身の力で聖王国を滅ぼさせよう、というのだ。


「……わ、わ、私……私を……増やす……!?」


 当然、女神の言葉の意味を理解したセイラは仰天した顔色で女神を見つめた。しかし、『セイラを増やす』と言う言葉を聞いた直後から、彼女の心臓の鼓動は突然速さを増し始め、顔もほのかに紅色に染まり始めていた。そして何より、自分自身を無限に増やすという一聴しただけでは意味が分からない言葉に対して、セイラ本人は一切の嫌悪感を抱かなかったのだ。

 怖い、嫌だ、という後ろ向きの感情でもないのに、緊張が収まらない。それも、これから起こりうることがあまりにも『楽しみ』過ぎて、逆に本当にそれで良いのかと足を止めてしまうような形の緊張。その思いの正体は、既に女神によって看過されていた。彼女は悪戯気な笑みを浮かべながら、今にも鼻や唇が近づきそうなほどにセイラに近づいた後、彼女の心の中から溢れそうになっていた思いを代弁したのである。


「セイラ……本当は、私と同じくらいに大好きな人がいるんでしょ?」

「……ふえっ……そ、そんな……」


「もうセイラったら。正直に言っても大丈夫よ♪」


 セイラ・アウス・シュテルベンは、『セイラ・アウス・シュテルベン』と言う存在が好きで好きでたまらない。

 恋心を抱いてしまいそうになるほど好きだ。

 純白のビキニアーマーから覗く胸の谷間もおへそも太ももも、その美貌も長い髪も、全てが理想的な存在だ。

 セイラ・アウス・シュテルベンは世界で最も可愛く美しく、そして逞しい――。


「め、女神様ー!!お、おやめください!!」


 ――すっかり全身を真っ赤にしてしまったセイラ本人の気持ちをたっぷり代弁し終わった女神エクスティアは、舌をぺろりと出して再度悪戯気な笑みを見せながら謝った。その可愛らしい表情を見たセイラが、更に顔を真っ赤にしたのをしっかりと目に焼き付けながら。


 だが、セイラ本人も女神の言葉に反論を突き付けるような事は一切しなかった。彼女が堂々と晒した言葉は、全て自分の心の中で長い間――特に『聖女』候補に選ばれてから、ずっと抱き続けていた思いそのものだったからである。それこそ、フォート大神官から強制的に純白のビキニアーマーを着せられ、その半裸の体を鏡を介して見せられた時から、彼女は密かに心の中で自分自身の美しい姿に『恋心』のようなものを感じてしまっていたのだ。そして、それ以降も自身に与えられた質素な個室に掲げられた幾つもの純白のビキニアーマーを見るたびに、セイラはひそかにそれを着る美しい自分自身の姿を頭の中で描き、飾り気1つもない大きな鏡に映った純白のビキニアーマーを着た自分を見てはその姿にうっとりする日々を送り続けた。

 何よりも、セイラが自分自身に恋心を抱き、その姿を最も美しいと想い続ける事で、彼女はあの厳しい日々、人々の好奇に晒される時間、そして下種な考えしか持たない者たちからの言葉に耐える事が出来たのだ。ある意味、セイラは孤独ではなかった。セイラを支えたのは、『セイラ』自身だったのかもしれない。



「貴方の思いは決して間違っていないわ。貴方がここにいるのは、私だけではなく『セイラ・アウス・シュテルベン』、貴方自身のお陰ともいえるわね」

「そ、そんな!滅相もありません……女神さまからそのような言葉を……」


「もう、緊張しなくても大丈夫よ。貴方の考え、とっくに私が全部読み取ってるから。嬉しい気持ち、我慢しなくてもいいのよ♪」

「う、うぅ……失礼いたしました……」


 やれやれ、といった顔で、女神エクスティアは嬉しさと気恥ずかしさ、そして緊張に悶える純白のビキニアーマーの美女を眺めた。そして、何かに気づいたかのように、彼女はウインクをした。セイラが女神に声をかけたのは、その直後の事だった。


「あの、女神様……」

「どうしたの、セイラ?」

「その、失礼ながらお伺いしたいのですが……」



「「本当に、私の数を増やす事が出来……!?」」


 その質問を全て口に出す前に、既に答えは出されていた。

 突然自分自身の声が隣からも聞こえた事に驚いたセイラがその方向を向いた瞬間、彼女の顔は驚きと嬉しさ、そして興奮が混ざったものへと変わった。そこにいたのは、この『光の神殿』に現れた3人目の人物だった。長い緑色の髪、端正な顔つきにスタイル抜群の肉体、豊かに実った胸に魅力的な腰つき、そして素肌を僅かばかり覆う純白のビキニアーマー――声も表情も、頭のてっぺんからつま先までありとあらゆる部分が、セイラ・アウス・シュテルベンと同一だった。


「……ね、簡単でしょ♪」


 女神エクスティアは、セイラの気持ち、そしてそれに従って起こすであろう行動を事前に読み取り、実体化させたのだ。


「「……わ……私が……もう1人……!?」」


 2人目のセイラ・アウス・シュテルベンとして……。

 

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