聖女を名乗る女、大神官を名乗る男

『お父様大好き~♪』

『おぉヒトア、お前はいつでも可愛いのぉ~』


 セイラと女神エクスティアが見つめる映像の中で繰り広げられていたのは、派手な宝石や装飾で彩られた服を着た少女が禿げ頭の壮年の男性といちゃつき合うと言う、なんとも言い難い光景だった。しかも彼らは女神への信仰を基礎とするコンチネンタル聖王国において非常に重要な地位に君臨する『聖女』――女神の意思を代弁するはずの役職と『大神官』――女神を祀るエクス教の最高幹部。その面影すらないほど、両者は欲望にまみれ切っただらしない表情を見せ続けていたのだ。


 そして、ヒトア・ポリュートと言う名を持つ『聖女』は、大神官であり彼女の叔父にあたるフォートに甘え声のままおねだりを始めた。今着ている服よりももっと豪華な衣装が欲しい、そうすればもっと可愛く素敵な『舞』が踊れるはずだ、と。


『いいでしょ、お父様?ヒトアはもっとも~っと素敵な聖女になりたいんです~♪』


「……えっ……」


 その様子を『映像』を通して見つめていたセイラが信じられないといった表情で見つめるのも当然だった。彼女が知っていた、そして彼女がフォート大神官によって叩き込まれた聖女の心得は、必要以上のものを求めず、ましてや自分自身のための贅沢など一切行わず、女神や人々のために粉骨砕身すると言う『清貧』とも言うべきもののはず。それなのに、今の聖女が見せていたのはそれとは真逆、『聖女』という役職を利用して自分自身の欲望を叶えようとしていたのだ。そして、そんなヒトアの甘える声に対し、フォート大神官は何一つ文句を言わないどころか、逆に満面の笑顔を見せてあっさりと彼女の願いをかなえる、と約束したのである。


『ありがとうございますお父様~♪ぶっちゃけこの服ももう飽きちゃって~♪』

『そうかそうか、今度はもっと可愛い服を頼んでみるからな♪』

『あぁん、お父様大好き~♪』


 そう言いながら禿げ頭の大神官の頬にキスをするほど、ヒトアは『お父様』こと彼に対して甘え続けていた。大神官側もヒトアのたわわに実った胸に手を触れて揉みしだいたり、彼女の頬に唇を寄せたり、存分に彼女の体を味わい続けている様子であった。一見すると年の差を超えて仲睦まじい親子に見える両者であったが、セイラにとっては悪夢に等しい光景だった。これが、あの厳しく接し続けていた大神官だというのか。これが、自分に代わって女神エクスティアへその身を捧げる役割を担う事になった聖女なのか。これは本当に、現実に起きていることなのか――。


「……目を反らさないで。これは紛れもない現実。貴方が知らなかった世界の一面よ」


 ――女神が若干厳しい声でそう釘を刺さなければ、セイラはそのままこの場から逃げ出し、目を瞑り、耳を塞いでしまうほどだった。彼女にとって精神的、物理的どころか、生理的に受け付けない光景が繰り広げられていたのである。だが、尊敬してやまない女神との間に交わした『決して目をそらさない』という約束を忘れかけてしまった自分に心の中で喝を入れなおした彼女は、もう一度映像を注視する事にした。


「申し訳ありません、女神様……」

「……いいわよ。このまま見続けなさい。全てが理解出来るはずだから」

「はい……」


 やがて、映像の中で存分にいちゃつき合い続けた聖女・ヒトアと大神官・フォートは、しばしの沈黙ののち再度互いに笑顔を向け合った。だが、その映像を眺めていたセイラは、その表情の中に何かどす黒く身の毛もよだつような何かが潜んでいるように感じた。そしてその直感は全くもって正しかった。2人が話し出したのは、まさにセイラが聖女候補の座を剥奪された事に関する内容だった。あの生意気なクソビッチ――どこへ行くにも純白のビキニアーマーだけを着込み、そのスタイルが良い外見を大胆に露にしていたセイラに対する侮辱と卑下の言葉が、現在の正式な聖女たるヒトアの口から飛び出したのである。


『お父様のお陰でがいなくなって、本当にせいせいしましたわ~』

『ふふふ、当然だろう。いくら痛めつけようが全く効果がなかったものな。わしも奴をどう追い出すか悩んだものよ』

『そうですわねぇ、あんな衣装着せられても全然我慢してましたものねぇ。でも我慢しているのが見え見えでそれは面白かったですわ~』


『ヒトア、お主もなかなかワルよのぉ♪』

『いえいえ、お父様ほどではないですわ♪』


 聖女候補から真の聖女として観衆や王族から認められる事になるはずの重要な場で彼女を陥れ、二度と生きては戻れない『帰らずの森』へと追放する――そのようなアイデアを思い付いたフォート大神官の悪知恵には敵わない、とヒトアが悪戯げに告げると、フォートもまたヒトアの発想には脱帽した、と返した。祭壇の四隅で燃え盛っていた、『滅亡』と『誕生』という女神エクスティアの御心を象徴するはずの松明の炎を途中で消してしまう、という考えをあっさりと思い付いた彼女の発案には、流石に仰天したものだ、と振り返りながら、再度彼は悪辣な笑顔を見せた。

 普通なら、このような行為は女神への冒涜以外の何物でもなく、そのような発想を他人に言うことだけでも重罪にあたるはずであった。だが、それをあっさりと可能にしてしまった理由はヒトアもフォートも承知済みだった。女神に捧げる舞の流れが最高潮に達した瞬間に炎が消えるよう、松明に細工を施したのは、彼や娘のヒトアの発想に対して反論するどころか積極的に参加した、フォートの配下を始めとした幾多もの協力者だった――彼らにも更なる感謝を与えなければ、と互いに言い合うヒトアとフォートは、豪華絢爛な個室の中であっさりと真実を明かしたのである。


『あの人たちもビキニ女に相当苛立ってましたからねぇ。あんな気取ってばかりのクソ女なんて害虫のようなものなのに♪』

『全くその通り。奴は頭が固すぎるし口煩かったからなぁ。わしが幾ら叩きのめしても奴は全くへこたれん。腹が立ったものよ』

『全くですわねぇ、あの糞虫め!思い出すだけで腹が立つ!1人だけいい子ぶりやがって!何が女神よ!女神に祝福されるためとかいい気になって!あたしのほうが聖女にふさわしい存在だっていうのにあいつは……』


『まあまあ落ち着くのだ、ヒトア。今はそんな輩などこの国にいない。お前が聖女なのだろう?』

『そうでしたわね……申し訳ありません、お父様、しゅん……』


 つい先程まで声を荒げていた様子と打って変わって、いかにも可愛い少女が落ち込んでいるような素振りを見せ始めたヒトアを慰めるかのように、フォート大神官は彼女の頭を優しく撫でた。そして、自分自身も同じように、彼女の半裸の姿を思い出すだけで胸糞悪い、その体を滅多打ちにして存分に弄び傷物にしてやりたい、と自信の欲望を述べた。あまりにも『先代の大神官』とよく似た糞真面目な態度は生理的に受けつけない、とその理由を付け加えながら。


「……先代の……大神官様……!」

 

 そんな2人の醜態という名の映像をじっと見つめ続けていたセイラは、突然当代の大神官から飛び出した言葉に驚いた。当然だろう、彼女にとって先代の大神官――白い髭を生やし、その性格に似合わず温和そうな顔つきをした白髪の老人は、彼女にとって女神に次ぐ、いや女神と並んで尊敬の対象となるほど重要な人物だったのだから。孤児だった彼女を優しくもしっかりと立派な女性に育て上げてくれたのは、まさしく先代の大神官その人だったのだ。

 ただ、セイラはそんな優しいお爺様のような先代の大神官が声を荒げる光景を目撃した事があった。内容の詳細は覚えていなかったが、彼が怒鳴りつけていた相手が当代のフォート大神官だった事ははっきりと記憶に刻まれていた。エクス教徒たちを束ねる大神官を目指すものとして、その生活態度や心構えをいい加減に改めろ、というような感じの怒鳴り声と共に。しかも、それは1度や2度のみならず、大神殿の中で何度も先代の大神官はフォートに対して注意を促していたのだ。

 その間、フォート自身はどう感じていたか、それはセイラや女神が見る映像の中でほくそ笑む現在の大神官自身の口からはっきりと告げられた。余計な言葉ばかり並べて散々自分自身を馬鹿にし続けた口煩い頑固爺、どこまでも昔のことにしがみ付く老害、最も邪魔な存在、エクス教の中で真っ先に追放して正解だった害悪――。


『あぁ……思い出しただけで胸糞悪いわい、あのクソジジイめ……このわしを散々コケにしおってからに……』

『まあまあ、お父様。今はあの耄碌ジジイも僻地にいるんでしょう?それに、今はフォート・ポリュート、お父様が大神官様ですわよ♪』

『おぉ、そうであった。流石ヒトア、優しいことを言うのぉ、チュッ♪』

『あぁん♪』


 ――先程とは逆に苛立ちを聖女にたしなめられた大神官は、その頬にお礼の口づけを送った。


 見苦しいわね、とその様子を率直な言葉で述べる女神エクスティアの一方、セイラはただ何も言わず、ただ自分たちにとって邪魔なだけと言う理由で彼女自身を追い詰め続けた挙句『聖女候補』という座から引きずり下ろし追放した者たちの卑しい戯れを見つめ続けていた。

 

 ところが、事態はそれだけに留まらなかった。

 確かにセイラ追放の裏で蠢いていたのは、重要な儀式の場で彼女に屈辱的な恥をかかせ、聖女という地位にわざと傷を負わせるという悪辣な真似をした大神官のフォートや密かに聖女の地位を狙っていたというヒトアを始めとしたエクス教徒そのものだった。だがもう1人、『彼』の働きがなければ、事態はここまでスムーズに進行することは無かったかもしれない。


 

『入るぞ、大丈夫か?』

『おぉ、その声は……構いませぬ、お入りください』

 

『あぁん、国王様~♪』

『おぉ、ヒトア~、今日も愛らしいなぁ~♪』


 護衛もなしに堂々とエクス教の最高幹部たる大神官の部屋に来訪し、嬉しそうに抱き着くヒトアに甘い言葉をかけた彼こそ、コンチネンタル聖王国のヒュマス・コンチネンタル国王その人だったのである……。

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