でたらめな舞

 ヒトア・ポリュート――女神エクスティアを崇める『エクス教』の最高位に君臨する大神官であるフォート・ポリュートの娘。『聖女』候補として日々厳しい修行を課せられ、純白のビキニアーマー1枚のままで日々過ごす事を強制されていた頃のセイラはただ聖女を目指すため日々の行いをこなし、女神や人々のために粉骨砕身し続けていたため、ヒトアに対してそこまで特別な関心は持っていなかった。持てないほど忙しすぎた、という側面もあった。ただ、そんな日々でも、ヒトアは常にどこか苛立っていたような表情と自分自身に対してやけに攻撃的な人というイメージがセイラには宿っていた。


 そんな彼女が、追放されたセイラに代わって女神エクスティアに思いを伝えるはずの『聖女』の地位になっている事に、彼女は驚きと若干の怒りを隠せなかった。聖女の地位を剥奪され、自由に物事を考える事が許されるようになった今、彼女ははっきりと自分自身の思いを形にし、声に出すことが出来た。どのように考えても、乱暴な人という印象があるヒトアが『聖女』になるのは明らかにおかしい。しかも半年にも満たない間に聖女を目指すための過酷な日々、たくさんの物事を覚えなければならない時間を過ごしていたとは、正直言って考えにくい――そんなセイラの思いを、隣にいる女神エクスティアは一字一句しっかりと認識していた。


「……やっぱり貴方も、信じられないと思っているわね」

「ええ。恐れながら正直に申しますと、あの『聖女』の舞は一切女神様に捧げるような形になっていません……いえ、それ以前に、女神ではなく、まるで自分自身に捧げているような……」

「その通りね。ヒトア・ポリュートの舞は『舞』というレベルに達していない。出鱈目に手足を動かして自分の好きなように踊っている、一言でいえば『自分勝手』そのものだわ」

 

 セイラの言葉をより直接的に言い直したエクスティアの口調には、彼女と同じように怒りと失望の思いが込められているようだった。そして、2人が眺める『映像』の中では、更に信じがたいような出来事が起こっていた。出鱈目な舞を終え、やり切ったかのようなさわやかな笑みを見せるヒトアに向けて、エクス教の幹部や一般市民たちが盛大な拍手を捧げ、嬉しそうに興奮していたのだ。しかもその対象は女神エクスティアではなく、自分自身のために踊り狂ったヒトア・ポリュートに捧げられるものだったのだ。


『みんな、ありがと~♪ヒトア、とーっても嬉しい!みんなの拍手が、女神様に届きますように♪』


 可愛らしい声でとって付けたかのような言葉を述べると、人々の興奮はさらに増した。無数の黄金の装飾を付けた漆黒のドレスを纏って笑顔を見せるヒトアに対し、コンチネンタル聖王国の住民たちは一切その態度や服装を咎めることなく、すっかり彼女に魅了されてしまっていたのである。


『ヒトアちゃーん!』

『ヒトアさん素敵ー!』

『前の聖女よりもっと素敵だぜー!』

『ああ、前の奴はただエッチな衣装で俺たちを騙してた奴だもんな!』


 それに比べれば、神官の娘という立場を抜きにしてもヒトアの舞は素晴らしい、見ていてとても興奮する、もっともっと楽しんでいたい――人々の間で飛び交う言葉も、映像の中にばっちりと残され、『前の奴』こと純白のビキニアーマーだけを纏い続けるセイラ・アウス・シュテルベンと女神エクスティア本人が記憶に収める事となった。そして、両者は全く同じ怒りと失望に歪んだ表情を見せあった。


「……女神様……これは……本当に起きた事ですか?」

「そう言いたくなるのも無理ないわね。でも、これは真実よ……」

 

 『映像』の中で繰り広げられる醜態は、人々の女神に対する信仰心が崩れきっている事の証であった。女神という存在やその意義に対して真摯に取り組み、様々な形で人々に表現しようとしたセイラは国民から好奇や下種な視線で見られ陰口を言われ、挙句その服装が破廉恥だと見做されるのとは対照的に、女神へ捧げる舞であることを忘れたかのように自分自身のためだけに踊り狂うようなヒトアは人々から大きな祝福を受ける。セイラがその内容に対して落胆と義憤の思いを抱くのと同じように、女神エクスティアもまた彼女たちが見守り続けていたコンチネンタル聖王国の堕落ぶりに落胆していたのである。


 そして、女神は人々から見捨てられた元・聖女に対してある事を教えた。彼女が大神官により叩き込まれた舞には、女神に対する想いを伝えるだけではなく、もう1つ、伝承にはない、つまり人々に女神自身が伝える事がなかった内容が込められている、と。


「聖女の舞に……もう1つ……?」

「ええ、『豊穣を感謝する形』『人々の幸せを願う形』『平和を祈る形』、ここら辺はいちいち言わなくても大丈夫よね」

「はい……恐縮ですが、しっかりと覚えさせて頂きました」


 流石ね、とウインクをした女神は、そのまま言葉を続けた。

 彼女が人々に伝えた『舞』――聖女が舞い踊る事で女神に様々な思いを伝える手段を全て繋げるとこのようなメッセージが出来上がる、と。


 私たちは貴方のお陰で繁栄を続けている。貴方のお陰でコンチネンタル聖王国は永遠の命を頂いている。どうかこれ以上この世界に争いをもたらさないで欲しい。我々を正しい道に導いてほしい。

 どうか、この世界を――。



「世界を……滅ぼす……まさか……!!」


 ――その言葉を聞いたセイラの心の中で、1つの答えが導き出された。


 これまで女神が世界を滅びに導かず、自分たちを含めた人々を見守り続けていたのは、歴代の聖女たちによって受け継がれていた様々なしきたり、特に複雑だが絶対に覚えないといけない『舞』によって、この国、この世界が永遠に繁栄するように、という願いを女神へ伝え続けていたから。

 だが、新たな聖女に任命されたヒトアはそのような厳しい教えを無視し、デタラメな舞を恐らく何度も踊り続け、一般市民どころか宗教幹部までもがそれを咎めず拍手喝采を贈っていた。それは明らかに女神の存在を侮辱する行為である事に加え、舞に込められている想いやメッセージを完全に無視する格好となる。これでは女神が『コンチネンタル聖王国を滅ぼす』と断言するのも仕方ない――セイラはそう感じていた。


 しかし、それはあくまでも『女神エクスティア』という存在を尊敬してやまない、元・聖女としてのセイラ自身の思いでもあった。1人の人間としての心は、未だに女神の考えに納得できていなかったのだ。


「女神エクスティア様……恐れながら申し上げます……」

「恐れなくても大丈夫よ。思った事、何でも言って頂戴」

「恐縮です……。確かに、女神様がお考えになった通り、コンチネンタル聖王国は貴方への信仰心が形骸化し、人々の堕落が進行しています。それはあの舞や国民の姿を見ても明らかです」

「そうね……私が『滅ぼす』といった意味、理解できたでしょう」

「ええ。ですが、それでも私はかつての聖女を目指していた身ではなく、1人の女性としてどうしても意見を述べたいのです……」


 女神への厚い信仰心が大きな支えとなっていたはずの国があの有様では、わざわざ女神が手を出す手間を割かなくても時間がたてば滅亡への道を辿るはず。いっそこのまま放置し、敢えて何もしないという手段もあるのではないか――セイラが敢えて女神の意見に口をはさむような言葉を述べたのは、ひとえに彼女もまたコンチネンタル聖王国に籍を置いていた1人の人間だからであった。聖女候補の座から追放された今だからこそ、セイラははっきりと女神に対する反抗とも取れる態度を示すことが出来たのだ。女神にそのような手間をかけさせたくない、と言う思いと、あの救いようのないように見える住民の中にも一握りだけは信仰心を捨てていない人が存在するはずだ、という淡く儚い希望を込めて。


 それでも無礼な行為である事には変わらない、と感じたセイラは、自身の意見を述べ終えた直後にすぐさま女神に対して謝罪した。出過ぎた真似をしてしまい、申し訳ない、と。だが、そんな彼女を待っていたのは、自身と全く同じ形をした掌でセイラの頭を優しく撫でる、女神エクスティアによってもたらされる暖かさだった。そして、そのままゆっくりと頭を撫でながら女神は呟いた。どんなに腐りきっていてもコンチネンタル聖王国は貴方の故郷、滅亡という言葉に対して恐れを抱いてしまうのは当たり前の事だ、と。


 しかし、その直後、頭から掌を離した女神エクスティアの顔――セイラ・アウス・シュテルベンと全く同じ端正な顔は厳しい表情へと変わった。



「確かに貴方の『人間』の心は、私の意見に納得していない。今のところは、ね」

「……どういう事ですか……?」

「次の『映像』を見れば分かるわ」


 貴方が『聖女候補』から追放された真相を、彼らが洗いざらい語ってくれた――その言葉は、セイラの表情も一変させるのに十分な効果があった。

 『彼ら』が誰を指すのか、ずっと聖女という立場に憧れを抱き、その地位にたどり着こうと懸命に努力を重ねていたセイラでも、薄々勘づいていた。彼女に対して常に厳しい態度で臨み、最終的に彼女を聖女という立場から引き摺り下ろした挙句『帰らずの森』への追放を命じた大神官、彼女の言葉に一切聞く耳を持たなかった宗教幹部、そしてかつて彼女がつい見せてしまった厳しい視線に対して恨み辛みを抱え続けていたという国王、思い当たる節は幾らでもあった。だが、それらはあくまでもセイラの中の考えに過ぎなかった。すべての真実を見たい、そしてあの時――祭壇で舞う彼女の目の前で、女神に捧げるはずの炎が突然消えた真相を知りたい、その想いで、彼女は女神にその『映像』を見せて欲しい、と頼み込んだ。


「ふふ、言われなくても、今から見せるつもりよ。これは、先ほど一緒に見た内容の続き……」



 ヒトア・ポリュートが出鱈目な舞を踊り、何も知らない人々から拍手喝采を貰ったあの醜態から少し経った夜の出来事だ、と前置きを述べた女神が、眩く輝く上方に視線を移すと、そこに新たな『映像』が流され出された。


 そこに最初に映ったのは、セイラが何度も見続けた場所、現在の大神官であるフォート・ポリュートが居座っている彼専用の個室であった。そこには金色や銀色に輝く様々な装飾品や美しい人物を描いた像、高級ぶりを醸し出す壺や置物など、まるであらん限りのお金を使い尽くしたかのような豪華な内装が存在した。純白のビキニアーマーという衣装を含め、質素倹約を押し付けられ続けたセイラとは対照的に、大神官になってからというもの、フォートは贅沢の限りを尽くし続けていたのだ。


 勿論セイラは何度か彼にその事に対して意見を述べようとした事もあった。当然だろう、女神エクスティアを崇める者として、女神ではなく自身の欲望のために煌びやかな衣装や多種多様な高級品を買いあさっていたのだから。だが、フォート大神官は彼女の意見に耳を貸さないばかりか、そのような意見を目上の者に告げること自体が『女神を侮辱する行為』に等しい、と厳しい言葉をかけ、断食や数日間の瞑想――小さな小部屋へ押し込まれる、事実上の謹慎に近い命令――などの罰を科した。そのようなことが何度も続いた結果、セイラも何を言っても意味がないと悟ってしまったのか、この個室を彩る物品に対して意見を述べなくなっていたのである。


 結局大神官はあの時と変わらないままなのか、と率直な思いを心に抱いたとき、彼女の耳に聞こえてきたのは2つの笑い声だった。


『お父様~、ヒトアの舞、見ていただきましたか~?』

『おぉ愛するヒトアよ、今日も素晴らしい舞だったぞ~♪』

『あぁん、ありがとうございま~す♪ヒトア嬉しい~♪』


 その声の主は部屋の中央にある豪華な椅子に座り、娘を甘い声で褒め上げる禿げ頭のフォート大神官と、それに応えるかのように撫で声で甘えるヒトア――セイラを追放に追いやった張本人たちだった……。

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