いぬエナジー

るつぺる

いぬエナジー

 ねこエナジーが昂まりをみせる。これはいかにもねこエナジーという感じがした。ところが蓋を開けてみると、この場合蓋と言えるのはツナヨシの愚法を指す、それはいぬエナジーだった。コレジャナイ感は限界突破したわけだがそれが俺の成人式だった。ともあれ手元に残されたいぬエナジーとともにその後十年近くを堕落して過ごした俺はすっかりいぬエナジーのことなど構いやしなかった。そうするとどうなるか。その答えは実に難しい。誰もそんな真似をしないからだ。なにせねこエナジーにせよいぬエナジーにせよそれを手にすることが大人の証明であり、その責任こそが生きるということなのだ。つまり俺は精神性において死んだも同然ってわけだ。だが放置し尽くしたいぬエナジーは俺を殺さなかった。それどころかめちゃくちゃにシンクロした。よってここに世界でも類を見ない駄いぬエナジーが誕生した。それは希少価値を持った。何度も病める赤き真珠同盟という胡散臭い団体から通知がありその度に削除した。それは面倒だったが俺に残された頼りなく弱々しい直感ってやつがもっと面倒になると告げていたのでそうした。この時俺のいぬエナジーはただただ涎を垂らしじっとしていたわけで「お前の所為だぞ!」と怒鳴る毎日だった。

 そんなある日、俺にねこ転生の話が舞い込んできた。欠員が出たのだ。俺はとにかく無気力だったが一応ねこ転生に応募することだけはやめなかった。そんな俺に微笑む神もいた。でもそれは初恋の相手でもあったミドリちゃんが事故死したからだった。資格取得の際には嫌と言うほどそれまでの経緯を聞かされる。何せ他人の責任も背負い込むことになるわけで生半可な気持ちでは許可されないからだ。俺はミドリちゃんの人生を聞きながら涙が止まらなかった。転生官は淡々と彼女の生き様を事務的に読み上げたが俺には堪え難かった。いよいよ彼女が亡くなる前日まで語り終えられると俺は黙って部屋を出た。流石に前代未聞なのか仏頂面だった転生官の顔に焦りが見えた。施設を出るとそれは凄まじいまでの青空が広がっていた。ミドリちゃんゴメンろくでもない男だよ俺は。いぬエナジーが俺の周囲に浮かび上がる。ムカつく面構えしやがって。その時だった。浮かない表情をした赤髪のツーブロックが視界に入る。かと思うと其奴は俺の耳元まで近づいて囁いた。

「無視しやがって」

 俺は直感した。病める赤き真珠同盟。殺されると思った。やっぱりろくでもないいぬエナジーを授かった所為だ。あと少し、あと少し耐えていれば俺にだってねこエナジーが。ミドリちゃんが笑った。タケちゃん、わたしね大人になったらタケちゃんの隣で可愛いお嫁さんになりたい。ガキの戯言だった。冗談半分の女の気まぐれだった。事実彼女はフルーツバスケ部のキャプテンだったイガラシと付き合い始めた。それっきり。それっきりだったじゃないか。

「クソがよぉ!」

 いぬエナジーは呼応した。転生協会本部庁舎の何倍もデカくなったいぬエナジーは赤ツーブロックを薙ぎ払った。吹き飛ばされた先で壁に衝突し走った亀裂はまるでクモの巣のようだった。奴はそれでも反撃に転じようと肩を震わせたがいぬエナジーは追い討ちをかけるようにして突進した。まともに衝撃波を受けた赤ツーブロックは消失した。受け入れ難い現実から目を背けるように別世界にまで飛ばされたのかもな。俺はなんだかポエトリーな気分になった。さっきの転生官が飛び出して来た頃にはいぬエナジーはもうアホ面に戻っていた。なるほど、俺には神様の微笑んだ理由が少しだけ理解できた。パチンコでも打って帰ろう。

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