第五話 僕は困り果てている。

 部屋に響くのは、時折ペンが机に落ちる無機質な音だけ。机に向かいひたすらペンを回す裕太の視線の先には、まっさらなページが開かれたノート。

 絶好の観察対象である愛花との連絡手段、そして接触するための大義名分ができたことはとても嬉しい。のだが、この思いつき、『バサバサプロジェクト』はあまりにも荒唐無稽すぎる。

 退屈しなさそうという動機だけで乗ってしまった裕太も裕太であるが、あくまで友人同士の戯れならばそれでいい。だが、どういった経緯か、どう落としたかはわからないが、この計画性のない思いつきにあの少女を巻き込むのは如何なものか。

「ああぁ、考えるのはそっちじゃない!成功にしろ、失敗にしろ、とりあえず三田くんの中で決着させる道筋を考えなくちゃなんだよぉ!」

 頭を抱えて悶えても、なにも起きない。

 ここのところ毎日野鳥を観察に行っているが、彼らがどうやって飛ぶのか、人間にできることなのかの決着がついていない。無論、人間では再現不可能だというのが常識なのは承知の上である。しかし、飛べないと納得させるにも、完全な装備を作らなければ翔は納得しないだろう。

「それを、今考えてるんじゃないか……」

 その結果が、このノートである。

 このままバードウオッチングをつづけて何かわかるのか。わからない気がするが、専門書などを読んでもちんぷんかんぷんな裕太には、こうするしか手がないのだ。

「明日、またあの高台に行ってみよう……。はぁ、さすがに放課後ずっとっていうのは疲れるな。天文部ってすごいなって、今すごく思うよ……」

 毎日鴨を眺めるのにも飽きて高台に場所を移したが、あの場所は実に野鳥観察に適している。なにより種類が多い。だから飽きないし、勉強になる。

 疲れるには疲れるが、楽しく眺めているうちに夕方になり、足元には瓶がたくさん転がっているのだ。これはもう、裕太の趣味と言っても──

「これを趣味にするにはお金かかりすぎるよ……。牛乳代バカにならない」

 よくなかった。



五、〈僕は困り果てている。〉


 あんパン、菓子パン、カレーパン、某ジャムとクリームを挟んだ至高のケーキもどきと、さまざまなパンが並んでいる。今までは座り込みと言えば、とあんパンを選んでいた裕太であったが、たまには違うものもいいかもしれないと、コンビニのパンコーナーで唸っていた。

 パンとはまさしく神秘である。小麦を固めて焼いただけではあぁはならない。しかしきちんとした手順で調理することで、

「こうなるんだ」

 と、裕太が手に取ったのは某ケーキもどき。断じてパンではない。

 ……気が向いたのだから仕方ない。

 次は飲み物だ。答えはもう決まっている。

「2Lのミネラルウォーター。金欠のときはこれしかないね」

裕太が張り込みスタイルを卒業した瞬間である。



 高台から見える野原は今日も変わらず美しい。自然という最高のドラマが繰り広げられている。だが、ここに答えはない。

 そして、本日は曇天也。楽しさ半減である。

「……いやいやいや、僕がしてるのは課外活動であって、鳥を見て和んでるわけじゃないぞ!」

 それでも、やはり曇りというのは気が滅入る。普段ならいくらでも続けられることでも、今日は一向に時計の針が進まない。


「どうして、人には翼がないんだろうね」

 退屈さに耐えかねて、当たり前のように背後にいる愛花に話しかける。

「きっとそれは、大地に縛られているからなんだと思います。その鎖を解きたいから、私は『バサバサプロジェクト』に参加したんです」

 迷いのない、真っ直ぐな答え。初めて会った日のような鋭い声色に、雄太は思わず愛花へ振り向く。すると、空を夢見る少女は両手を胸の前に組み、じっと裕太を見つめていた。

「っ……!」

 刹那、ふたりの視線が交わり、どちらともなくさっと逸らす。

 ──否、違う、そうじゃない。僕が彼女に抱いているのはそういう興味ではない。

 いかに必死に否定しようとも、この状況ではかえって肯定しているかのように思えてくるのだから、不思議なものだ。

「(あ、そうだ!ほら、瀬戸さんを見てみろ、彼女も真っ赤じゃないか。これは自然な反応なんだよ!)」

 裕太は口の中で痛々しい言い訳を述べる。

「えっと、あの、何か進展あったら教えてくださいねっ!」

 愛花は逃げるように去っていった。というより逃げた。

 とはいえ、愛花に逃げられることで、裕太はなんの不利益も被らない。それどころかホッとすらしていた。

「……帰るか」

 気分も乗らず、愛花もいないのであれば裕太がここにいる意味はない。翼への手がかりも見つかりそうにないので、帰ることにした。



 想像できることは実現可能であるとジュールは言った。しかし裕太には自分が翼を羽ばたかせて空を飛び回る画など想像できない。

「三田くんも、なんとなく飛びたいとしか思ってないんだろう。鳥を観察するたびに無茶な点が見つかる……」

 ひとつに、裕太が観察する中で鳥たちは皆風を受けて飛んでいる。無風でも飛ぶが、翼が彼らの身体を浮かせるに足る浮力を生み出せるから可能なのだ。

 ならそれが可能な、人間を浮かせられるだけの翼があれば。そう考えてしまうと、人間が制御可能で羽ばたきによって手動で飛べる、そんな翼を作ることが物理的に不可能なのだから、頭を抱えることになってしまう。

「そもそも強度とか、それをクリアしても羽ばたくとへにゃへにゃってなるものしか作れない」

 そもそもの話だが、裕太たちにはそれほどのものを作る手段がない。

「少なくとも一瞬でも飛べないと三田くんは納得しないし、しなくてもゴリ押しできない!あーーー!」

 頭を抱えて転げ回る。羽ばたける翼など、だれも作っていないのだから、一朝一夕で出来上がるものではない。

「ていうか、羽ばたくための筋力はどうするんだよっ」

 自分の頭を叩く。

 問題が山積みだ。


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