裕太、料理を振る舞う

第四話 僕は鳥を見ている。

 数年前に異世界に行ってきた高校生、手塚裕太てづかゆうた

 喧嘩友達、三田翔みたかけるの思いつきに巻き込まれた裕太は、集合場所に指定された空き教室で意外な人物に出会う。その人物とは、裕太がバス停でサンタクロースを待っている少女、瀬戸愛花せとまなかである。



 裕太にとって、『バサバサプロジェクト』は暇つぶし程度のものだった。本当に人間はバサバサと羽ばたいて空を飛行できるのか。

 異世界で魔法ばかりを見てきて、見飽きて、この世界の「科学」がなんともチープに見えていた裕太には、魔法では実現し得なかった翼を用いた人間の飛行、滑空ではない鳥のような飛行が、化学で実現できるのか。例えるなら、バラエティー番組でも見るような感覚だ。


 ──だった。翔から指定された集合場所に、奇妙な少女、瀬戸愛花がいるのを目撃するまでは。

 色褪せた世界に退屈しきっていた裕太にとってこの計画は魅力的なスパイスだ。それは否定のしようもない。だがそれでも、誰彼構わず巻き込んでいいというわけではない。

 今の裕太にとっての重要事項は、もはや計画をいい塩梅あんばいで収めることにシフトしている。


 さて、ここでの問題は翔以外にもある。裕太が目をつけている瀬戸愛花である。

 バス停でサンタクロースを待ち続け、どうやら本気で来ると信じているらしいこの少女。裕太にとっての絶好の観察対象なのだが、同時に愛花は限りなく他人に近い関係者である。そんな位置づけにいる彼女を裕太は、身内の道楽に巻き込むのはいかがなものかと思っている次第である。


  四、〈僕は鳥を見ている。〉


 空き教室の机を挟んで向き合う二人。無言。不動。

 どこまでも回り続ける思考。どうして愛花はここにいるのか。十中八九この突飛な思いつきに賛同なり無理矢理参加させられたなりでここにいるのだろうが、一体全体どういった経緯でそうなったのだろう?

 それよりも。

「そもそも、なんで三田くん消えた?」

 裕太が部屋に入った後、愛花を紹介してすぐに翔はどこかに行ってしまった。

 何やら言い残していった気がするが、この状況がすでにキャパシティを超えている裕太には、その声は届かなかったのである。

 それは愛花も同じようで、裕太に同調するように首を傾げた。

 裕太と愛花はしばらく見つめ合う。裕太は自分の奇行をチャラにする方法を考えながら、愛花も初対面でいきなり掴みかかったことを悔やみながら。

「あのさ」

「あのっ!」

 ふたり同時に声を上げる。たいへんベタな展開だ。

「愛花さん、だっけ。先どう──」

「えっと、じゃあ」

 裕太に促されるや否や、愛花はとても痛そうな音を立てて机に頭を叩きつけて、土下座の形をとった。

「この間は、本当にごめんなさいでした!あのときはつい熱くなっちゃって。掴みかかるつもりなんて毛頭なかったんです!」

 おでこが広くなるのではないかという勢いでぐりぐりと頭を擦りつけながら、愛花が叫ぶ。まるで自分が彼女に誠意ある謝罪を要求したような構図に、裕太は非常に居た堪れなくなるが、問題はそこにはない。

「えぇっと、そのことについては僕も無神経だったから仕方ないと思ってる。なんとなくだけど、僕は君に避けられている気がするんだ。やっぱり、あのバスの中のことが気に障っているのかな?」

 こうなれば直球ストレートだ。愛花女性が真っ直ぐに謝ってきているのだ。自分の案件も正面から行かなくては男が廃る。

「それって、先週のことですか?……バスの方は『迷惑なヤツだな〜』って思ってはいましたけど、あんまり気にしてなかったです。むしろ先週のやつのほうが恐怖でした」

「迷惑なヤツ……。じゃあ、このふたつに因果関係はない?」

 裕太の問いに、愛花はふるふると首を振り、

「それはそれ、これはこれってやつです。掴みかかったことは申し訳なく思ってましたけど、いきなり叫んだり、アブナイこと口走ったり、その都度引いていただけです」

 と、因果関係を肯定されるよりも酷い仕打ちをした。


 世の中、ねちっこいよりもサバサバとした反応をされるほうがキツいこともある。裕太にとって今回の件は、まさしくそれにあたる。

 裕太はがっくりとうなだれ、己の気持ち悪さを痛感していた。そして急に思いついた。

「そうだ、連絡先教えてよ」

「えなんですかいきなり」

「グサリ!」

 当然の応対である。極めて冷たい瞳であしらわれ力尽きそうになるが、すでにヒットポイントゼロの裕太に、もはや失うものはない。諦めず再挑戦。

「三田くんの連絡先は知ってるのかな?もし知ってるとしても、いちいち三田くん通すの面倒でしょ?だからさ、連絡先交換しない?」

 精神的にランナーズハイになっている裕太は、挑むように、というか挑みかかる目でたたみかける。

「いえ、三田先輩のも知りませんけど。なんかそのテンション怖いです……」

「つめた……」

 ごもっともである。しかし初登場時の愛花も同じような圧であったというのは言わないお約束だ。

 基本冷めて無気力な裕太にも、頑張りどきというものはわかる。せっかく現れた、面と向かって話せるこの好機。逃さない手はない。ここで引き下がれば次に連絡先を聞けるタイミングはない。

 ただ、聞くとは言うが、メッセンジャーアプリの友だち登録だ。グループでも作ればわざわざ交換することもないのだが、メッセージを送りづらくなるのでその手は避けたい。

 追い詰められた裕太は、ついに奥の手に出た。


 がばっ!


「友だち登録、お願いします!」

 両手を地面に、左右対称の完璧な姿勢で、媚びすぎず紳士的に、しかしきちんと頭を床につける。つまり土下座。

「そ、そんなされなくても、はじめから断るつもりも理由もありませんって。なんかちょっとスタイリッシュな感じですけど、みっともないから頭上げてください!」

 むしろ申し訳なくなる愛花。先ほどの裕太の気持ちが、少しはわかっただろうか。


 がら。


 なんとその時、教室のドアが開いたのである!

「……何してんの、お前ら」


 かくして、裕太は晴れて最高の暇つぶしを得たのであった。



 ある日、裕太は川にかかる橋の上にいた。手すりに頬杖をつき、ある一点を見つめて考え込んでいる。

「なにやってるんですか、こんなところで?」

 偶然通りかかった愛花が声をかけた。

「なにって、バードウオッチングだよ」

 裕太は至極簡潔に答えた。実に言葉足らずである。

 裕太は鴨を見ていた。時折パンの耳を投げながら。

 だが、愛花が問いかけたのはそれが聞きたかったからではない。

「なんでそんないじけてるみたいなことしてるんですか」

 裕太のその姿は、はたから見ればただの社会に疲れた人の哀愁漂う行いにしか見えないのだ。

「ついでに、それはバードウオッチングとはいいません。思いっきり関わっているじゃないですか」

「……」

 裕太沈黙。

 しばらくして、裕太は手に持っているパンの耳をひとつ口に放り込むと、

「じゃあ、僕は鳥を見ているんだ」

 キリッ、と宣言した。

「……」

 愛花沈黙。

 愛花は静かにその場を去った。

「(あれ、おやつ兼用だったんだ……!)」

 確かな衝撃をその心に受けながら。



 それからいく日か経ったある日。どういった偶然か、風通しのいいところで読書をしたいと思った愛花は高台にて裕太に遭遇した。

 裕太は座り込み、望遠鏡を覗き込んでいた。右手にはあんパン、左手にはビン牛乳。裕太の左隣には、十数本の空き瓶が陳列されていた。

「……なに、やってるんですか?」

「なにって、鳥を見ているんだよ」

 自明である。しかしこの場合、

「これはバードウオッチングに入るんじゃないかと思います」

 この高台は市街と広大な空き地を隔てている。少し行けば小さいながらも山があり、元気っ子たちは大抵この高台を経由していく。

 山までの近さの面からも、ここで望遠鏡を構えて鳥の観察をするのは妥当かもしれない。

 とは思うのだが、愛花にはその意図がわからない。なぜ、裕太がそこまで鳥を観察するのか。


 その答えは単純明快である。

「(とっとと鳥を分析して、なんとなく飛べる装備を作ってやる!)」

 裕太は、巻き込まれた愛花を解放しようとしているのだ。


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