第二話 僕は君を探している。

 始業式は滞りなく終了した。生徒は静かで統率がとれているし、プログラムの時間配分も完璧だった。あまりにも滞りがなく、裕太は退屈などころか恐怖さえ感じるほどであった。

「うちの学校、気持ち悪いね」

 教室に戻った裕太ゆうたはついに耐えかねて、またも同じクラスになり、出席番号の都合で真隣の席になったかけるにこぼした。すでに二人の仲は修復している。

「わかる。わかるが、あんま大声でそれ言わないほうがいいと思うぞ。それ先生に聴かれると、なんか別の意味に取られて面談室に拉致られる」

 遠い目をしながらしんみりと語る男が一名。経験者は語る、の図だ。

「言ったことあるの…」

 裕太はため息混じりに、呆れた声で言った。翔の行動は無鉄砲なものだが、もはや予定調和であり、裕太は呆れたように言いつつも、それを見聞きすると安心するようになってしまっている。

「もち。一年の九月あたりに、俺が一日いなかった日があっただろ?あんときだよ」

 確かに、バスで言い合いをしたのに、放課後まで翔が現れなかった日がある。裕太は、サボりか、くらいにしか思っていなかったが、なるほど、その舞台裏でそのような修羅場が展開されていたとは。

 そんな気持ち悪い学校のエニータイム無鉄砲の理想論者が、まさか裕太を巻き込んだ壮大な計画を練っているなどとは、裕太は考えもしなかった。


  二、〈僕は君を探している。〉


 倫理の授業は最悪なものだった。始業日に唯一の授業だけあって、生徒のやる気は皆無。それだというのに担当教師は全身からバイタリティが溢れ出しており、ただでさえつまらない授業は、鬱陶しいというトッピングを乗せて裕太たちを苦しめた。


「ちっ、チャイムか。えー、今回はここまでにします。もうできてるね?課題を後ろから回して、先生に渡しなさい。トイレ等は後回し、担任の生徒が来るまで席で待つように。以上」

 この言葉は毎度のことながら、突っ伏して眠ってしまっている裕太を除く、約四十名の生徒たちを苦痛から解放した。



「はぁ、去年から先生が変わってないとかただの地獄だ…。それにあんな意味のない講義を聞かされて起きていられる彼らは、一体なんなんだ?」

 担任からの事務連絡が終わるや否や音速に迫る勢いで教室を出た裕太は、バス停前で自分とクラスメイトたちは種族が違うのではないかと真剣に考えていた。

 しかし裕太のその思考は、突如として中断された。

「そうだ、ここはバス停だ。ということは…今朝の子はまだいるのかな」

 倫理教師の滅びの呪文及びそれに伴う深き眠りによって消えかけていた興奮が再び燃え上がり、裕太に活気をもたらす。ベンチに座ったまま身体をねじり、道路の向こう側を見た。しかしそこに今朝の少女はいなかった。

「……まあいいや。帰ってだし巻きの練習でもしよう」

 全くもってまあよくない落ち込み様で、視界を遮ったバスに乗り込む。そしてその晩、冷蔵庫を覗いた叔父がうずたかく積まれた卵のパックに恐れ慄くこととなった。

 その日の夕食は、卵好きな裕太の叔父が、もう卵を見たくもなくなるほど卵だらけのメニューだった。それに抗議した叔父に対して、

「父さん、卵は三十六個で一日に必要な栄養素のほとんどを網羅できるんだよ」

 という裕太の名言が生まれたのだった。



 裕太は毎日、バス停の少女を探した。サンタクロースを探しているということ以外に何の情報もないその少女は、もちろん居そうな場所もわからない。だがここで登場するのが根性である。だいぶなまっているとはいえ、異世界で鍛えられた体力をフル活用し、裕太はとにかく探し続けた。

 公園、喫茶店、神社に学校。その他にも、バス停を基点にして周辺の道路、ついには街中を探した。それでも結果はスカ。どこを探してもその少女はいなかった。この街の人間ではないんじゃないだろうか。裕太の心が折れかけた頃、事態は動いた。



 卵地獄が開始されて三日が過ぎた日(やり始めるとその圧倒的なできなさに裕太が燃え上がり、何日も継続されたのだ)。

 この日は入学式の準備のため、裕太は早めに家を出た。空は不思議なくらいの快晴。

 今日はいつもより早い登校時間だが、どうせ時間にルーズな翔は遅刻ギリギリに来るだろう。つまり、久しぶりにひとりだ。

「一人…か。やっぱり退屈だな、ひとりは。こういうとき、どんなことをすればいいんだっけ」

 翔は裕太にとって、この何もかもがあせた色の世界における数少ない“退屈しないもの”だ。それが、ここ最近でさらに重要さを増してきているのだ。それを意識すると吐き気を催すので、普段は頭の片隅に追いやっているのだが、一人きりの登校となると嫌でも感じてしまう。

「あ〜、つまんないな」

 裕太は家を出てから、バス停、バスの中と、三十秒に一回はこの台詞を吐いていた。「つまらない」が十四回目に達したころ。

「あぁ、つまんな…………あれは…」


 裕太は見た!


 バスの真ん中あたりの席に座っている少女を!


 裕太が座る最後尾左窓際の座席からは、椅子や手すりが邪魔ではっきりとは見えない。


 しかし、裕太はしっかりと認識した!


 何度も記憶を反芻はんすうしたから見間違えるわけがない。


 髪型の種類など裕太にはわからないが、三日前と同じく後頭部の下あたりで髪の毛を束ねているあの赤いリボンは…!


 あの時の謎の少女がそこにいた。髪型もリボンも同じだが、違う点が一つある。

「制服着てる。よく見えないけど、あのスカートの色は、去年の三年生?」

 裕太の通う高校では、学年ごとに赤、青、緑のどれかの色が割り当てられており、裕太たち新二年生は緑、去年の二年生は青の割り当てだった。そして、三年生が赤。色の割り当てはローテーションになっており、ある色が卒業すると来年度の新入生に引き継がれる。

 新一年生のカラーである赤のスカート(余談だが柄は一律でチェックだ)を履いている例の少女は、常識的に考えれば今年の新入生ということになる。


 新入生。ということは今日の入学式が初めての登校日のはずだ。それなのになぜ、この間もバス停にいたのだろうか。疑問は尽きない。

 しかしこの際、この程度は裕太にとっては些細な問題である。

「いたぁ…新入生だったのか、あの子。今年は少しは楽しくなりそうだぞっ!」

 ひと文字ごとに音量が上がる。内容は変態臭がぷんぷんするものであったのに。最後には、裕太の呟きは絶叫の域に達していた。バスの乗客、例の少女までもが振り向く。一躍大スターだ!



 大スターがバス停前の道を歩く。とぼとぼ歩く。無理もない。全力のガッツポーズで雄叫びを上げる裕太を見るかの少女の目は、想像を絶する冷ややかさを帯びていたのだから。おかげで裕太はバスが着くまでの残りの五分間、ほぼ放心状態で過ごしていた。

 ようやく見つけたというのに、自分のつまらないヘマのせいで見つからないよりも酷い状態になった。

「どうしよ、これ」


 今年度は、本当に退屈しない年になりそうだ。そう、裕太は確信した。






 ちなみに。年の変わり目であるこの投稿時刻。裕太が楽しくなりそうなこの年の正月には、叔父に白い目で見られながら裕太が餅細工を作っていた。本人曰く、「暇だったから」とのこと。実は裕太は、単なる凝り性なだけなのでは…?

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