005話 最初の試練


 ……朧流の特徴は、言うなれば『実態がない』ことだ。


 基礎となる足捌きや腕の振りなどは共通してるけど、戦法が一人一人違う。

 朧流に人が合わせるんじゃなくて、人に朧流が合わせる。


 そうして出来上がったのが、『朧のように実態がない流派』……すなわち朧流だ。


 例えば、俺は待ちのカウンタースタイル。オウカは真逆の、最初からフルパワーで攻め込むスタイルだ。


 もっと言うなら、俺の使うカウンタースタイルを教えてくれたのは親父だが、それでも俺とは戦法に若干の違いがある。

 他の門下生も全く違う戦法を使ってるだろうし、他の朧流道場はまた毛色が違うはずだ。


 ……なのに!


 コイツの動きは、完全に俺のものと同じだ!! 


 どうなってやがる!? いつ読み取られた!? ログイン時か!?


 というか、そんなことがそもそもできるのか!?


 VRゲームは思考を読み取って体を動かす。だからと言って、そんな簡単に経験や技術を完璧にAIが把握するなんて聞いたことねぇぞ!


 その技術があるとして、ログインしてから今までの短時間でコピーなんてできるのか!?

 それか、他ゲーの戦績でも読み取られたか!?


 まあ前例がないのは今更の話だ。


 死ぬ気で戦うしかない!!


 昔一回だけ親父と真剣で試合したことがある。その時親父は一切手加減してくれなかった。最後に寸止めしてくれなければ確実に首を飛ばされていた。

 その時と同じ焦燥感と死の感覚が全身を駆け巡る。


「クソッ!!」


 さらに飛び退り、構え直す。


 冷静になれ!! 焦るな!! 動きを見ろ!! コイツは親父ほどじゃない!!


 ヒュ、と息を吐き、身を屈める。角を掠めた斬撃は頭上を通り抜けた。

 懐に潜り込めた。好機!

 剣を振り抜く。


 ……ダメだ、浅い!!

 いや、それでいい。基本を忘れるな!


 『俺の朧流』は、刀で相手の攻撃を弾くことに特化した剣術だ。

 手首の返しで構えを崩し、防御を外して攻撃を叩き込む。


 だから、俺のコピーとの戦いは、どちらがどれだけ弾きが上手いか、弾いてからの攻撃が速いかで勝負が決まる!

 そして同時に、欲張って大振りを狙うのだけはダメだ。


 隙が大きければ、確実にその穴を突いて崩すか攻撃を入れる。

 フルスイングなんていう、出だしも後隙も大きい攻撃は論外だ。


 右から左へ。散る火花。


 逆袈裟。弾かれる。薄く裂かれる肩。


 戻しからの振り上げ。伸びた刀を跳ね上げる。


 クソッ、隙ができねぇ……!

 技量も恐らく俺相当。そりゃ実力が拮抗してたら戦いも膠着する。

 と言うか親父相手だともう負けてる。 


 刀が幾度も金属音を奏で、何十と火花を散らす。


 お互いがお互いの攻撃を弾こうとし、どちらも弾ききれずに終わる。


 崩しの型もいくつかある。でもどれを使ってもコイツを上回れない!


 朧流剣術は、当然自分の刀が弾かれた時の『上手い弾かれ方』や『戻し』も身に着ける。欲張り無茶に攻撃を捩じ込もうものなら、あっさりと弾かれて無様を晒すことになる。


 ガードの隙間から表面を裂く。


 衣装が切り裂かれ、お互いに手傷が増えていく。


 弾く。崩せない。


 突きを躱す。弾くチャンス。


 だが蹴りが飛んでくる。


 それを払い、袈裟懸け。


 胸を浅く裂いただけ。


 全く有効打が作れねぇ!


 このまま小ダメを重ねて削り切るか?


 いや、効いてる気配がない。それに俺のHPが持たねぇ。

 HPバーすら表示されないせいで、自分が後どれだけ攻撃を耐えられるかもわかんねぇ。


 しかも最初に大きいのを喰らってる。ステータスも同じだとすれば、HPも同じ。当然最初にでかいのを一発もらったこっちが先に死ぬ。


 クソ、このままじゃ死ぬ。


 ……死ぬ……? まさか!


 脳を焼く痛み。


 返事のないオウカ。


 ここで死んだら……本当に死ぬ?


 そんな嫌な考えが頭を巡った瞬間、不意に足が引っ張られた。

 致命的なタイミングだった。下を見やれば、足に絡みつく相手の尻尾。


「な……!」


 まずい、頭から抜けてた!!

 相手は人間じゃないし、こっちも違う。

 そりゃ尻尾なんて便利な部位があるんだから活かすよな!!


 刃が迫る。避けられない。


 身を捩り無理やりに地面を転がる。


 っつぁ!!

 左腕をやられた!


 灼けるような痛みが脳にガンガンと危険信号を送ってくる。

 切り落とされ……てはねぇ!

 だが痛みのせいで全く力が入らない。


 不安定な体勢のまま地面を蹴り、飛び退って距離を取る。

 打ち合いじゃもうダメだ!

 博打に出……ッ!?


「あ……!?」


 喉が……!!


 思わず刀すら手放し、手で首を抑える。


 畜生!! 斬られた!?

 距離は離したはず……!!


 なんとか視線だけを向けて龍人を睨む。


 龍人がその場で刀を振り抜いた。


 何をしや……は?


 胸をずっぱりと切られ、俺の体は崩れ落ちた。


「ふっざ……」


 それは……反則だろ……!


 斬撃が飛んできた。

 漫画やアニメでよく見るアレだ。


 視認できたのは一瞬。見た瞬間斬られていた。 


 体に力が入らない。視界がブラックアウトしていく。


 畜生……。

 それは流石に……無理だろ……。






 ……。


「あ……?」


 目覚めると、また地面に転がっていた。


 あー。


 流石にマジで死ぬなんてことはなかったか……。焦った。


 ログアウトも……ちゃんとできる。

 一安心だな……。


 クソ痛かった……。死ぬのってあんな感覚なのか?

 これショック死する奴出るんじゃねぇの? 剣術やってて一般人よりかは痛みに慣れてる俺でもキツかったんだけど。


 それに……アレに勝てるのか? 無理じゃね? 負けイベか?


 最後の飛ぶ斬撃は何だよ。そりゃファンタジーだからあってもおかしくはないだろうけどさ。俺のコピーなんだよな? 俺あんなのできねぇよ。別に中二病的能力なんて発現してねぇよ。


 と言うか何が『最初の試練』だ。ラスボスとかその前哨戦ぐらいだろ自キャラのコピー出していいのは。


 はぁ。


 だけどな……何というか。

 アレは俺のコピーだ。

 つまるところ『自分』だ。


 最後の飛ぶ斬撃は別だけど……とにかく、同等の存在ってわけだ。

 それに負けたってのは……腹立つな。


 正直このゲームが意味不明すぎて混乱してたし、色々初見殺し感もあった。でも逆に言えば、混乱してなかったら勝てたかも知れない。 


 ……そうだな……大体実力が同等の敵と戦って負けたのが相当久しぶりってのもある。

 リベンジだ。

 このゲームが何にせよ……あの龍人は倒す。


 まずは、さっきまでいた祭壇の間とは似ても似つかない、この牢屋みたいな場所の探索だ。


 どこだよここ。


 アイツに負けるとここに強制転移させられるのか?


 背後には小さな祭壇。

 周囲には誰もいない。


 ……オウカはどこに行ったんだ?


 いや、転送先が同じとは限らないか。

 同じでも、あいつの性格なら祭壇の近くでじっとして待ってるなんてことはないだろうし。

 まあ、合流できたらする感じが一番だな。


 さて。


 行くか。

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