004話 俺のアバターとそっくりだな


 あいつはイタズラで無視するような性格じゃない。……何かあったのか?


 いや、さっきのキャラメイクエリアみたいな、強制ミュートされる場所に入ったのか? あの扉の先からそうなってる? ……それか、ここがいわゆる安全地帯で、安全地帯じゃないと通話できないとか?


 くそ、考えてもわかんねぇな。不安だけどどうしようもない。


 オウカと同じようにさっさとクラスを選んで、自分の目で確かめに行くっていう手もあるけど、ナシだ。通話ができなくなれば、後の二人と連絡が取れなくなる。

 俺が残ってるから先に行ったんだろうしな。そう考えれば、進むべきじゃない。


 と、考えていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『ぐ……! くそ、何だ、どうなってる!』


「アキカゼ!」


『コガラシか! どこに……いや、通話か!』


「落ち着け! お前が慌ててたら色々終わるから――」


『ひっ、何!? ここどこ!?』


『トバリ!?』


「くそ、二人共落ち着け! 大丈夫だから!」


 アキカゼと、彼に続いてトバリと通話が繋がった。


 くそ、パニックになってやがる。


 二人にしてはキャラメイクが早かったけど、俺たち二人よりアバターを弄ってるのは間違いないはずだ。そう考えれば、体幹の崩れようは尻尾の生えた程度の比じゃない。


 何とか二人をなだめ、落ち着かせる。

 幸い、二人共すぐにいつもの調子に戻ってくれた。


「――って感じだ。体についてはこけたりすること覚悟で動かしまくって把握するしかないと思う。俺は武術やってたのと尻尾生えた程度だったお陰で結構早く動けるようになったけど、多分そっちは大変だろ」


『俺はオートマトン、歯車仕掛けのアンドロイドのようにしてみた。体に増えた部分はないが、全身の違和感が拭えない』


『あーそういうのもありだったなぁ……。わたしはあれだね! 悪魔っぽく色々弄ってみたから、尻尾も羽もあるよ! そのせいで動けないけど』


 案の定だ。まあ……実際に感覚生まれるなんて予想できねぇわなぁ。 


「動けるようになったら、そこの祭壇を触ると色々ゲームを進められるみたいだ。オウカは先に行っちまった。声聞こえないから、この先は通話できないんだと思う」


『なるほど』


「ところでトバリ……どう考えても別ゲーだけど、これ。四人纏めて買うゲーム間違えたか?」


『いや、それはないと思うぞ。俺もしっかり見ていたがそんなものはなかった』


『わたし楽しみすぎて夜通しパッケージ眺めてたから、気付くんならその時に気づいたと思うな』


「バグっぽい挙動にも見えたけど……それにしては綺麗すぎたよな……。あれだけ意味のある文字が表示されるバグとかねぇだろ。というか寝ろよ」


『脳味噌がこのゲームの脳だったから……』


 隠された特別なバージョンだとか、開発者仕様なんじゃないか、他にも似たようなエディションがあるんじゃないか、データチップの中身が違うんじゃないか、はたまたオカルト的な何かかと色々意見は出たけど、結論は出るはずもなかった。


「そんでさ……二人はどうする?」


『どうするって何が?』


「そらこのゲーム続けるかどうかだよ。意味分かんないグラフィックに、感覚の通ったアバターだぞ。色々おかしいじゃん。俺はやるけど」


『やるんかい!』


「俺はこのゲームが何なのか興味あるね」


 なんかヤバい気配感じるのも確かだけどな。


『わたしは……わたしも、とりあえすもうちょっとやってみる。分からないことが多すぎて、どう判断していいか分からないから。怖くなったらすぐやめるけど』


『なら俺もやらないわけにはいかないな』


「お前こそここでやめるわけないよな?」


『その通りだ』


 即答じゃねぇか。


『トバリ、まずは何をする? いつまでも驚いてるわけにもいかないだろう』


『そうだね……ごめんコガラシ、祭壇のこと教えてくれる? 動けなくって』


「いいぞ。でも大して俺も情報持ってるわけじゃないからな……。悪そうな職業が妙にたくさん並んでるぐらいだぞ。……お、クラスごとのステータス変化量が見れるな。かなり変わるみたいだ」


 普通にクラスの項目選択したら見えるじゃん。何で詳細を見てみるって発想が出てこなかったんだ。


『技を覚えたりは?』


「わかんねぇ。書いてないんだよな」


『それかスキル制か、だね。チュートリアル欲しいな』


「あ。あー……。オウカがクラス選ぶの妙に早かった理由分かったわ」


『なぜだ?』


「《復讐者》ってクラスがある」


『あー……』


 これ見つけた瞬間に即決したんだろうな。オウカは『復讐』関連のワードに敏感で、それっぽいの見つけたら絶対に選んでたからな。強い弱いに関わらず。 


 ……あれ? ウィンドウの右上に?マークがある。……これヘルプじゃね?

 

================

●《クラスシステム》

◇クラスは主にステータスの上昇量に影響します。

◇クラスごとの装備制限は存在しません。

◇クラスは祭壇にて再設定が可能です。

◇クラスの再設定後、(レベル×600)秒ログイン不可能になります。

================


 ヘルプじゃねぇか! くそ、見落としが多いぞ。……俺も冷静じゃないみたいだな。


 さて……色々大事なこと書いてあるな。再設定できるなら一安心だ。


 早速ヘルプの内容を話す。


『装備制限ないの? じゃあメイス持った剣士とか鉄塊みたいな剣持った魔法使いとかできるってことだよね!?』


「そんなイロモノ作ってどうするんだよ……。装備制限なくても、ステータス制限はあるかもしれないぞ」


 いつかのネタ動画みたいなの作るつもりか? というかメイス持ってたらそれはもう剣士じゃないだろ。


『……いや、そもそもこのゲーム、装備という概念があるのか? メニューに項目がないぞ。と言うか何だこのメニュー』


「それ思うよな。武器持ったらアンロックされるかと思ったらされないし」


『謎だね。でも再取得はさせてくれるんだ?』


「結構時間かかるみたいだけどな。相手に合わせてクラスチェンジしまくるとかは難しそうだ」


 ……何でログインに制限かかるんだ? 普通転職のペナルティって、レベル低下とかじゃないのか?


 まあいいや。


 さてと。

 よし、これにしようかな。


 俺が選んだのは《鬼武者》だ。


 せっかく東洋風の見た目にしたんだし、クラスもそれっぽいほうがいい。このゲーム装備制限ないみたいだし、その気になれば和服着ておきながら《暗黒騎士》とかにもなれる。でもまあ、せっかくだ。


 それに、この良くわからんゲームの中で戦闘するなら、リアルでやってる剣術のスタイルで行くのが一番だろうしな。


 よし。確認、と。


 押した瞬間、紫と黒の混じったような、闇色の粒子が渦を巻く。

 俺を中心に数瞬巻き上がったそれは、ビックリして固まっているうちにすぐに消えた。


 演出か……。びびった。

 シャン! と通知音が鳴り、視界の端に文字が見える。


 《クエスト進行:最初の試練》

 《副目標1:祭壇:完了!》


「クラス取ったぜ」


『何にしたの?』


「結局、鬼武者にした。一番良さげ」


『ステータスは? そう言えば聞いていなかったな』


「おう。口で説明するわ」


================

 コガラシ    :鬼武者

 レベル     :1

 HP      :2915/2915

 MP      :1386/1386

 物理攻撃力   :263

 物理防御力   :234

 魔法攻撃力   :94

 魔法防御力   :113

 敏捷      :142

 技術      :118

 侵食力     :145

 抵抗力     :111

================


 愉快な初期値はどこへやら。他ゲー基準だとレベル1のステータスじゃないんだよな。HPとか3倍になったぞ。


 主にステータスの上昇量に影響しますって書いてあったけど、初期値にも大いに影響あるじゃねぇか。レベル0から1への上昇ってことなのかも知れないけど。


『結構上がるんだな』


『下がってるのも魔法攻撃力だけかぁ。それもちょっとだけだし、物理攻撃主体で行くなら実質デメリットないようなもんだね』


「だろ? それも加味して決めたんだよな。これからさらにレベル上がった時どうなるかはわかんねぇけど。それはそうと、クエスト更新されたみたいだ。確認する」


 えーと? 何だって?

 

================

●《最初の試練》

 主目標

◇最初の試練を突破する。

================


 副目標の項目なくなったな。

 これであとは主目標だけってことか?


 俺がクエストタブを閉じると、祭壇の奥にある扉が軋みながら開いた。扉の先は燭台の明かりがゆらめき、闇をぼんやりと照らしている。


「最初の試練……」


『第一ステージということか?』


『普通に考えたらそうなるよね。でもなー。絶対なんか違うよ!』


「オウカはこんな文章だけでよく奥に行こうと思ったな……」


 未だにオウカに連絡がつかない。戻れないのか、それとも先に行ってしまったのか。ログアウトすればミュートは解除されるはず。『通話禁止エリア』からは抜け出た判定になると思うんだよな。だから、まだゲーム内にいるはずだ。


「……それじゃ、俺は奥に行ってみる。二人はどうする?」


『俺はかなり動けるようになってきた。違和感ももう殆ど残っていない。クラスを見てみようと思う』


『わたしはもうちょっと掛かりそう。なんかあったらログアウトして相談しよう』


「分かった。じゃ、行ってくる。あっとその前に」


 武器見繕わないと。手ぶらで行くわけにはいかない。


 大量の武器の中から、自分に合う刀を探す。使い慣れてるものと似た重さ、長さのものがあればいいけど。


 ……これはダメ。これも微妙だな。……お、これは……短いな。やめとこ。

 って、何これ。鎌なんかもあるのか。いや、鎌はいらないけど。

 うーん……おっ? これいいな。これにしよう。探した甲斐があった。


「よし」


 俺は帯に刀を結ぶと、ぽっかりと口を開ける暗闇の先へ歩き始めた。


 すぐにトバリとアキカゼの声が聞こえなくなる。やっぱりミュートされるのか。


 警戒しながら進むと、すぐにスタート地点よりもかなり広い広間のような場所に出た。外周には柱が等間隔で並んでいて、燭台が掛けられている。

 ……まるで闘技場みたいだな。


 そう思った瞬間、今しがた入ってきた通路に鉄格子が落ちた。


 あっ、閉じ込められた。ここで戦えってわけだな?

 さて……記念すべき初戦闘だ。何が来る?


 身構えて反対側の通路を睨む。現れたのは、東洋風の服を纏い刀を帯びた人影。暗がりからゆっくりと現れたそいつは、龍の頭と龍の尾を持っていた。


 ……俺のアバターとそっくりだな。


 こっちは角あるけど頭が人間で、向こうは完全に龍ってことを除けばほぼ鏡写しだ。

 初っ端からかなり強そうなのが来やがったな。


 よし。


 相手が人型なら、俺の取る戦法は一つだ。


 リアルで修めている、朧流剣術。それを使って戦う。


 道場主である親父から学んでいる剣術だ。

 正確には朧流武術という大きなくくりの中にある一つに過ぎない。オウカが修めているのはこっち。剣術に絞った俺と違って、オウカは棒術から拳術まで、様々な分野を広く学んでいる。


 VRゲーム内で朧流の動きを使って戦うために、何人かガチのプロゲーマーが門下生にいたりする。稽古の時間が被らないせいで俺は会ったこと無いけど。


 ともかく、どのVRゲームでも、リアルスキルは大概役に立つ。

 どのゲームでも、リアルスキルを活かせるなら、俺は基本的にこれを使って戦ってきた。


 刀を抜き、龍人を油断なく睨む。見掛け倒しなら楽で嬉しいけどな。それはないだろうし。


 ……ゲームの中とは言え、龍人から感じる威圧感は本物だ。他のゲームではもっと強大な敵と戦ったこともある。けど、今感じているものはそれとは別種の空気のひりつきだ。


 この圧倒的なリアリティがそう感じさせているのかはわからない。

 ただ、言うなれば、リアルでの剣術試合。ゲームとは違う、その時の感覚に似ている。


 果たして龍人はゆっくりと刀を抜き……俺と全く同じ構えを取った。


 ……は? ……見様見真似か?


 ……いや、当たってみれば分かる。


 駆け出したのは同時だった。


 反応いいなコイツ。俺が踏み出したその瞬間に動き出した。

 すくい上げるように刀を振り上げる。


 だが……龍人はそれを完璧に防いでみせた。


 ……おい、まさか!


 ぞ、と背筋を駆け上がる焦燥感。

 やっぱり! コイツ……!


 飛び退り下がれば、躊躇なく距離を詰めてくる龍人。


 俺の攻撃を防いだ先の型も、この袈裟懸けの振り下ろしも。


 だ。


 朧流剣術を使ってやがる!! クソ、ふざけんじゃねぇぞ!! 


 ガィン、と真剣同士がぶつかり、甲高い音が響く。


「ぐっ……!?」


 跳ねた刀の隙間を縫い、龍人の斬撃が脇腹を裂いた。体の中を刃物が通り抜ける嫌な感覚。一拍遅れ襲ってくる熱、そして痛み。


「……ぁああ!! 痛えぞ畜生ッ!! 痛覚は規制されてるハズだろが!!」


 そりゃ当然あるだろうとは思ったけどよ!!


 倫理観、そして悪影響などを考慮し、法規制によりVRゲーム内での痛覚は再現が禁止されているはずだ。

 現実でと同じほどの痛みかは分からないけど――脇腹を切り裂かれたことなんかない――、苦痛は苦痛だ。


 傷口をちらと見やれば、ゲームのアバターだからか、傷口から血は漏れず、代わりに被弾エフェクトのようなポリゴンが漏れている。


 なんで朧流を使ってくるんだこいつ!


 親父か誰かがモーションの提供でもしたのか!? 聞いてねぇぞ!!


 ……いや、違う!!


 畜生!! 『俺と鏡写しみたいな格好』って時点で気づくべきだった!!




 コイツは、俺のコピーだ!!

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