003話 いよいよヤバいなこのゲーム


 俺の知る限り、『人体に元々存在しない部位』を追加するゲームはない。目が見えない人のため、VR内でものが見えるようにする技術があるって話は聞いたことあるけど、それとはまた別の話だ。


 いきなり翼なんか生えても、俺たちは人間だから動かし方なんて知るわけがない。


 今までにも翼で空を飛ぶゲームはあったけど……『感覚』は通ってなかった。思考操作で飛ぼうと思ったら飛べるだけだ。

 感覚を再現しようと思ったら、内部構造とかまでしっかり作る必要がある。そうじゃないと違和感の塊だ。


 だから今回のも、アバターの見た目を弄るだけかと思ってたんだけどな……。本当に生えるとは。


「こっちは龍人っぽくしたら、なんか感覚通った尻尾が生えた。違和感がやばいし体幹バランス崩れたから慣れるまでちょっとかかるな。……うわ、角も感覚ある」


『なんで尻尾生やしたのコガラシ……いや、予想できないか。角の感覚は把握した』


「そっちも角生やしたの?」


『赤鬼っぽくしたから』


「そうか……」


 うえ、上手く座れない。気持ち悪……お、いいポジション発見。

 ……動かそうと思えば動かせるけど、これまだ上手くいかねぇな。


 やっとこさ落ち着けた。この部屋はどうなってるんだ?


 オウカが言ったとおり洞窟遺跡の中、ざっくりと円形をした広間みたいだな。中央には、ロウソクが過剰なほど焚かれた大きな祭壇。何か良くわからない……何とも言い難い、捻じくれた意味ありげな形の金属片で飾られている。

 外周には二箇所、対照になる位置に大きな扉があった。壁際には所狭しと武器の入った箱が並んでいる。ここから見えるだけでも、思いつく限りのあらゆる種類があるように見える。


「……スタート地点か。前情報だと草原だったよな……」


『あと、なんてったっけ……そうだ、UIユーザーインターフェイスがない』


 あ、マジだ。言われてみれば。常のゲームなら視界の端にあるミニマップや、自分のHPバーがない。


 没入型のアドベンチャーなら、雰囲気を阻害しないためって理由でUIがないのは理解できる。でもこれ戦闘要素あるゲームだぞ? しかも事前情報だとばっちりUIあったし。


『あと、ゲーム内にしては、やたらグラフィックがいい気がする……』


「それは俺も思ってたな……何というか、ゲームっぽさがない。PVの画面の雰囲気とも全然違う」


 というかそもそも、グラフィックはアニメ調だったはず。


 確かにすごい綺麗なグラフィックだったけど、リアルさどころか路線が違う。

 もう完璧に現実そのまんまじゃねぇか。いる場所は非現実的だけど。


 ……ん……?


「……グラフィックがいい……? ……いや、待てよ? まさか」


 地面についた手に触れる、ざり、という感触。試しに、ふ、と息を地面に吹きかけてみる。ふわ、と飛ぶ砂や塵。


「嘘だろ? 判定がある?」


『どうしたの』


 くそ、尻尾の違和感がヤバい。

 何とかそれを抑えて立ち上がり、手近な柱を蹴りつける。


「……崩れた……。『グラフィックがいい』なんてもんじゃないぞ」


 いや、これは……本物そのものだ。


 いくら最新鋭のVRゲームだとしても、それはあくまでも『素晴らしいグラフィック』に過ぎない。要するに、『ああこれ滅茶苦茶リアルだけどゲームだな』と思える程度のものでしかない。ましてや、『WFO』のグラフィックはアニメ調だったはずだ。あれを現実とは認識できないだろ。


 だけど……これはそんな次元じゃない。普段肉眼で見えてる光景と寸分違わない。影の質感、肌の細かさ、光沢……。灯りが焚き火しかないから勘違いしてそう見える、とかいう誤魔化しなんか絶対に通用しないクオリティ。


 これがゲーム内だとすれば、この砂一粒一粒を演算し挙動を計算してることになる。家庭用VRセットでできる計算量じゃない。それっぽいアニメーションっていう場合も考えたけど、柱が削れて当たり判定も変わったのはそんなんじゃ説明できないしな。

 いや、元々『地形を変更できる』って話はあったから、そこはまだいい。


 サプライズ的な仕様か? それとも知らないだけで新技術が?


『何このゲーム。おかしい』


「ヤバいよな。匂いまでキッチリあるし……」


『……ぺっ、味もする』


「お前試したんか……」


 色々やった結果、現実世界の感触とか感覚はほぼ全て再現されてることがわかった。皮膚をつねれば痛いし、髪の毛一本一本にもちゃんと感覚がある。まあ尻尾の感覚があって、元々ある感覚がないってのも変な話だしな。


 ただ、どういうわけか心音はなかった。脈もない。呼吸もない。……俺ら死んでね?


「それよりオウカ、お前、一回ログアウトできるか試してくれねぇ?」


『なんで?』


「色々おかしいから、ちゃんとそこが作動するか知りたい。あと、ログインしてなくても通話ができるか試したいってのもある」


 ログアウトできるよな? ……できるよな? 頼むぞ。


『検証ってこと。わかった。……メニューは思考入力みたい。って何これ』


「どうしたよ?」


『メニュー開けばわかる』


 大方のVRゲームは、メニューと呟くか念じるかすれば開くことができる。左手の紋章を触るとかもあったな。オウカの言う通りなら、この謎のゲームもそこは変わってないらしい。メニューもありませんとかじゃなくてよかった。


 ……って何だこれ。


========

○ステータス

○システム

========


「……え? これだけしか無いの?」


 嘘やん。

 え? マップ……はないゲームもあるけど、インベントリとか装備とかスキルとかないの? マジ?

 ……とりあえずステータス見てみるか。


============== 

 コガラシ    :―

 レベル     :0

 HP      :1000/1000

 MP      :1000/1000

 物理攻撃力   :100

 物理防御力   :100

 魔法攻撃力   :100

 魔法防御力   :100

 敏捷      :100

 技術      :100

 侵食力     :100

 抵抗力     :100

==============


 何これ。


 初期値……でももうちょっと何かあるだろ。種族とかでステータス変わんないのかよこれ。

 あと、侵食力と抵抗力って何だ。


 とか思ってると、オウカの声が。


『聞こえてる? ログアウトはできた』


「お、よかった。それならいいんだけど」


 まずは一安心だな。


 まあ、安全機構として、VRセット引っ剥がせば強制的にログアウトされるんだけどな。万が一の場合、家族が脱がしてくれるだろ。


 『システム』のタブの中身は、『録画設定』『通話設定』とかの、VRセットの設定を弄れるものみたいだった。

 だけど運営への通報やらGMコールやらがない。……いよいよヤバいなこのゲーム。


『ログインして祭壇の方調べてみる』


「わかった。俺は……悪いけどもうちょっとかかる」


 俺は通話越しにオウカと話しながら、剣術の基本的な足さばきをなぞっていた。


 片腕無くすとバランスおかしくなって上手く歩けなくなるって聞いたことあるけど、尻尾とかが増えても一緒なんだな。まあ18年間使ってきた体にいきなり異物が生えたら当然か。


『なんかクエスト出た』


「マジで? ……そういう要素はあるんだな」


 インベントリないのに。スキルもないのに。

 もっと言えばUIもないのに。メニューはあるけど。


『クラスを取得しろ、だって。この祭壇でできるみたい』


「俺も見てみるか。……あー、でもこういうの調べるのあの二人待ったほうがよくないか」


『キャラメイクが終わるまであと1時間は絶対待たされるけど』


 あーまああの二人凝り性だからなぁ。キャラメイクかなり弄り甲斐あったもんな。余裕で3時間ぐらいこねくり回してそう。


 ……というか、前回マジで3時間待たされたの忘れてた。あらかじめキャラ作っておいてからスタートしようぜって言おうと思ってたのに。もうどうでもよくなったけど。


「確かにそうだな……情報集められるだけ集めておくか」


 ざっくり調べてから、まとまった説明をしたほうがいいだろうな。特にアキカゼは情報を積み上げて戦略を立てるタイプだし。


 ぎこちないながらも祭壇に向かう。


 ……うわ、何が書いてあんだこれ? 何語だよ。

 得体の知れない文字が、墓石みたいな祭壇にびっしりと刻まれている。その中央には目みたいな模様があって、凄まじく不気味だ。


 クエストなんてどうやって出すんだ? 触ってみるか。ちょっと気が引けるけど。

 触れると、シャン! と小気味いい音と共に、視界の端にシステムメッセージが出てきた。


《アンロック:クエストシステム》


《新規クエスト開始:最初の試練》


 こんなすぐ開放されるんなら最初っから出しときゃいいじゃん。……んで? クエストの内容は? メニューを開いてみると、『クエスト』の表記が増えていた。見てみよう。


================

●《最初の試練》

 主目標

◇最初の試練を突破する。


 副目標

◇祭壇に触れ、クラスを取得する。

================


「めっちゃ簡素……」


 ただ、やることは明白だ。そこが曖昧じゃなくてよかった。


 主目標である『最初の試練』を突破するために、副目標をこなしていけってことか。 


 再び石碑に触れると、またもウィンドウが開く。ついでに《アンロック:クラスシステム》の文字も視界の端に浮かぶ。


 クラスってことは……職業か?

 どれどれ? 何があるかな?


 ……えーと、《叛逆騎士》、《処刑人》、《鮮血騎士》、《猛毒術士》、《暗殺者》……。

 こっちもかー。


 すげぇ。面白いぐらい何一つ真っ当なものがないぞ。ダークエルフとかでも、普通の剣士だったり狩人とかをやってるやつだっているだろ。《獄剣士》《首狩人》とかじゃねぇだろ。なんで余計な漢字足したんだよ。もはや《狂戦士》とか《暗黒騎士》が普通に見える。他には? ……うわ、何だよ《人体術士》って。逆に気になるわ。


 数はそんなにあるわけではなかった。ここから上位職になったりすんのかな。



『コガラシ、私は先に行ってみる』


「え? もうクラス選び終わったのか? 早くね?」


 絶対全部確認してないだろ。


『選んだら祭壇の奥の扉が開いた。見てくる』


「お、おう。気をつけてな」


 度胸があると言うか、恐れ知らずと言うか。

 オウカのそんな行動はいつものことだけど、この状況下でも崩れないのはやっぱ凄いな。


 しっかし……このクラスとかいうやつ、何に影響するんだ?


 今後選び直せない可能性がある以上、プレイスタイルと相談して慎重に選ぶべきだ。そういう意味で、オウカが異様な速度で選んだのは大丈夫なのか心配だ。


「おーい、お前何にしたんだ? ……あれ? オウカ?」


 あれ?


「オウカ? ……おい、オウカ?」


 ……返事がない。

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