002話 Evildoer Editionって何だ?


「さてと、やるか」


 日課の剣術の稽古を終わらせ、俺はVRヘッドセットを用意する。

 シャワーも浴びたし、昼飯も早めに済ませたし、トイレも行ったし……よし、あと準備すべきことはないな。

 ベッドに寝転がってヘッドセットを被る。


『Wheel of Fortune Online』、略称『WFO』は、それまでのVRゲームとは一線を画すクオリティらしい。


 アニメ調の素晴らしいグラフィック。

 奥深い戦闘要素、未知の世界を探検する楽しみ。

 建物を建てるどころか、地形をユーザーの力で変更することすら可能。

 さらに自分の行動により独自のスキルを得ることができるという凄まじい自由度に加え、何より人間が演じているとしか思えないNPC。


 これらがオンラインで楽しめるというのはまさしく革命。まるで無名の会社がリリースした作品だけど、PVの完成度、デモプレイの満足度が非常によく、めちゃくちゃ期待度が高い。んで、パッケージ版しかないせいで生産が間に合っていない。

 そして、今日正式にサービス開始。


 ……ってのがネットサーフィンの結果得られた情報だ。あのボロ店にあったの奇跡だな。


 視界の暗転が終わり、意識がVR空間に移動した。

 ここは設定したアバターでくっちゃべるだけの、言わばロビーのような空間だ。俺は適当に仮面の騎士みたいな格好にしている。


 先にやってきていた二人のうち、活発そうな少女のアバターが口を開く。


「あ、“コガラシ”!」


 俺の名前だ。ゲーム内やネットでは基本的にこの名前を使ってる。


「誘いに乗ってくれてありがとうね! やっぱりこういうのは身内でやるともっと楽しいよ!」


「いいさ。俺たちだってこのゲームには興味あったしな。トバリに誘われてなくてもやってたかもしれないし」


 こいつは別のゲームで知り合った“トバリ”だ。


 いつも楽しそうに全力でゲームをする姿が結構な人気を博しているゲーム実況者だ。今回もワクワクが抑えられないのがよく分かる。落ち着けよ。そんなだから録画失敗するんだよ。


 トバリが作ったゲーム実況サークル『ゲームのトバリ』に、俺と千春は半分レギュラー扱いのゲストとしてよく出演させてもらってる。

 出演させてもらってるとは言っても、やろうぜ!って打診は大概向こうから来るけどな。


「あ、オウカ来た」


「ん」


 何もない所に光が集まって、中からオウカが出てくる。オウカの格好はなぜか男物のスーツだった。なんでかは知らない。


「やっほーオウカちゃん!」


「ん」


 そっけなく返事を返す千春……“オウカ”は、それでも少し楽しそうにしていた。俺は二人の様子を眺めている、SF的な人型ロボットのアバターに近づく。


「よお」


「“コガラシ”。買えてよかったな」


「ホントだよ」


 冷静な男の声がロボットから発せられる。“アキカゼ”だ。


 情報を積み上げて、相手ごとに的確に刺さる戦法を使い分けて勝利するスタイルの男だ。シミュレーションゲームとかだと特に強い。奴が内政を整える前に速攻掛けないと負けがほぼ確定する。あとFPSでは謎の超エイムをよく披露してくれる。

 大体トバリとセットで行動している。多分リアルでトバリと知り合いなんだろうな。俺ら二人みたいに。 


「さて……それじゃやるか。トバリ、どうすればいいのこれ?」


「まずは今までのと同じようにキャラメイクだね! VRセットの機能で通話は繋げられるから、みんなで育成方針の相談しながら作ろうよ!」


「オッケー」


 チームで行動するなら、それぞれ好き勝手に育てるより、連携を意識した方が当然強いからな。まあ俺らはその二つを比べると、最終的にやりたいことの方に天秤が傾くタイプだけど。

 最初は連携前提だったのに、最終的にやりたいことが混線してしっちゃかめっちゃかになるのがいつもの流れだ。


「あ、そうだ。キャラメイク終わり次第、実況動画用にカメラ回すからそのつもりでね!」


「そのために呼んだんでしょ?」


 オウカが何を今更、という顔で言う。せっかくの話題作なんだから、これで実況動画を作らない手はないと考えたんだろうな。まあ当然の話だ。同じこと考える実況者は多いだろうけど。


「よし、『Wheel of Fortune Online』起動! 行っきまーす!」


 トバリの手が虚空を触り、すぐに全身が光になって消えた。オウカも続く。


「……ん? 行かねぇの?」


 アキカゼがすぐにログインしない。どうしたんだ?


「いや、何でもない。誘いに乗ってくれてありがとう」


「どうしたよ改まって」


「いつもトバリの我儘を聞いてくれている礼だ」


「こっちも楽しんでるからいいんだよ。俺らも行くぞ」


 急にどうしたんだ? まあアキカゼはかなり律儀だからな。


 さて、俺も起動、と。

 視界が暗転し、すぐに周囲は宇宙みたいな、光がまたたく不思議な空間に切り替わる。


 ふむ。オープニングとかが入る前にキャラメイク済ませるタイプか。

 よし、どんなキャラにしようかな。


「おーい、みんなはどんなキャラ作んの?」


 返事がない。

 ……あれ? ……おかしいな。


 通話繋がってるってトバリ言ってたよな? 何でだ? そう言えばさっき。ロビーでアキカゼとのやりとりの最中、トバリとオウカの声が聞こえなかったな。通話繋いでたら、トバリがはしゃいでるのが聞こえるはずなのに。


 うーん? でも、通話繋ぎ忘れたか、勝手にミュートされたのかのどっちかだな。ビルドの相談ができないのは面倒だな。先に色々やりたいこと話し合っておくべきだったかな? ……いや、まあそれぞれ好きにやったらいいか。被ったらその時だ。


 前に、四人が四人ともそんな考えでスタートした結果、全員蛮族みたいに鈍器で殴ることしかできなくなった時もあったけど。しかもそれが変に強かったのは笑いものだった。あの時の動画は結構人気出てたな。純粋に面白かったし。今回も被ったらそうなるかもしれない。


 意識を切り替え、俺は目の前に表示されたホログラフのようなスクリーンを見やる。


『Wheel of Fortune Online Evildoer Editionへようこそ』


 ……ん? あれ?


 Evildoer Editionって何だ? あれ? 買ったのって通常版だよな?

 もっと言うなら、追加されたEvildoer Editionの文字が、まるで割れた液晶の隙間から覗くように表示されている。時折浮かび上がっている電子文字にもノイズが走り、いわゆる『バグが起きている演出』のようになっていた。


 うーん。

 ……とりあえずキャラメイク終わらすか。……って体の数値弄れないのこれ? 実値?


 フルダイブ型のVRゲームは、プレイする前に体の数値を専用の施設でスキャンする必要があった。それはスキップすることも可能だけど、脳波で動かす必要がある以上、現実とゲーム内で数値が異なると『自分の体の操作』がおぼつかなくなる。それを機械で調整するためにスキャンが必要らしい。


 逆説、VRゲームはキャラクターの身長などを好きに設定できるものが多い。でも、どうやらこのゲームは数字を弄ることができないらしい。


 顔のプリセットもないぞ……え、素顔でいかないといけないのか。プライバシー的にマズくないこれ? 大丈夫かな……。


 不安だな……。まあいいや。確認、と。いつも実値でアバターを作っていたため問題が無いと言えば無いけど、顔だけは用意されているモデルから選んで変えていた。そうでもしないと自分の顔を思い切り晒すことになる。

 VRと言ってもオンラインである以上、不特定多数と関わることになる。

 動画も撮ってることだし、素顔を晒すのはちょっとヤダなぁ。でも……まぁ無いものは仕方ないか。兜でも被るか、なんか仮面でも着けようかな。


 あ、これやっぱり声も変えられないのか。……声はまあいいけど。


 とか思ってたら……また次の問題が出てきたぞ。何だこれ。


 アバター設定は終了かと思えば、次に出てきたのはそれに加工を加える設定だった。種族や髪型、目など各所の色を変えたりするものみたいだ。


 って、あーなるほど……。人外エディションってこういうことか……。

 悪魔、竜人、人狼、リザードマン、機械人形、鬼、ヴァンパイア……。一般的なファンタジーでは敵ポジションの、人と異なる異形と思しき姿の種族だらけ。だらけと言うか、そんなものしかない。


 『人間』だけがピンポイントで無いんだけど……。いや、『エルフ』『ドワーフ』とかもない。……でも『ダークエルフ』『ブラックドワーフ』はある。


 色々試してみると、悪魔にすれば特徴的な角、翼、尻尾が生え、人狼にすると各所に狼の毛が生え揃い、爪や牙が鋭くなる。しかもデフォルトでこれだ。角や翼の大きさなどの設定項目もかなりの数用意されている。弄ればもっと極端にすることもできる。


 ……いや、違うな。これ、『種族』じゃなくて『プリセット』だ。

 要するに、パーツを選んで好きな人外を作れる。そのうちの一例として、分かりやすい見た目になる組み合わせが作られてるってだけらしい。


 なるほど……。

 って、最低一つ人外のパーツをつけたり、変えたりしないとダメなのこれ? どうやってもただの人間は作れねぇのか。……エルフとドワーフが人間扱いなの納得いかねぇんだけど。


 まあでも、これはこれで面白いな。

 ……う~ん、どうしようかな。


 スクリーンを操作して、自分の姿を作り上げていく。やってみれば中々面白い。


 よし、できた。


 半龍人、って感じだな。

 東洋の竜の角が側頭部から生えて、頬や腕、脚を鱗が覆っている。それらしい尾も追加されて、まさしくファンタジーの住人と呼ぶべき姿になった。いいね。かっこいい。


 後はいくつか用意されていた初期服の中から、東洋らしきものを選べば完璧だ。……うん、満足した。

 名前欄に『コガラシ』と打ち込んで終了だ。


 職業や装備の設定項目がなかった。ゲームの世界に入ってから決めるタイプみたいだな。一緒に行動することになるだろう他の三人と相談しながら決められるのは好都合だ。


『以上で初期設定は終了です。それでは、Wheel of Fortune Onlineの世界をお楽しみください』


 ホログラフのスクリーンに浮かび上がる言葉。新しいゲームを始める時特有の期待感。


 いいね。ワクワクしてきた。


 そうしてスクリーンを見ていると、突如文章が浮かび上がるホログラフがひび割れ、ガラスのように崩れ落ちた。


 ……何だ?


 上も下もないような設定空間の床にバラバラとこぼれたスクリーンの破片は、ノイズのようにぶれて消える。


 ……待て、演出だよなこれ?


 変な汗が背中を伝う。顔を上げると、破れたスクリーンの向こうに、真っ白ななにもない空間が見えた。その空間から滲み出るように、ブレた言葉が浮かび上がる。


『新たな姿で世界に歩みだす汝らに祝福を』


 クソ、何で俺はこんなに焦ってるんだ? 畜生、この空間じゃ何も出来ない。


『汚泥より這い上がり、地獄を生き抜き、茨の道を戦い、世界の真実を暴け』


 こんなのがあるなんて調べても出てこなかったぞ……!?


『命運は汝らに委ねられた』


「っ……!?」


 その言葉を脳が理解した瞬間、白い空間から境目を破壊しつつ、同じく白い巨大な手が現れた。鱗と甲殻に覆われ、大きな鉤爪を備えたそれは、竜の腕に見えた。

 避ける間もなく俺はそれに掴まれ、凄まじい力で白い空間に引きずり込まれた。


 暗転。


 明転。


「あっ、っ、何が……!?」


 瞬きをした瞬間、腕も白い空間もなくなり、俺は地面に寝転がっていた。


 くっそ、何がどうなって……うぉ!? ちょ、うわ、え? な、何だこれ。なんかある!?

 立ち上がろうとした瞬間、腰から生えた何かの感覚のせいで、俺はもんどりうって失敗した。


『コガラシ!』


「え? ち……じゃない。オウカ?」


 聞こえたのは千春――オウカの声。

 周りにはいない。……通話か?

 ミュートが解除されたのか? ああくそ、どうなってんだ!


『やっと聞こえた! ねぇ、オマエはどうなってる!?』


「ど、どうって……悪い、先にそっちの現状を教えてくれ。混乱してる」


『なんか洞窟だか遺跡だかわかんないとこにいる。周りには誰もいない。通話も繋がらない。ログアウトするか迷ってたら、コガラシの声が聞こえた』


「なるほど……。場所に関しては俺と同じだ。やっぱりキャラメイクゾーンは通話できないらしいなこれ」


 くそ、そんなことより何だこの違和感。なんとか体を起こして、腰に手をやる。

 ……尻尾がある。


 あー……。キャラメイクの時生やしたもんな……。

 いや、待て待て。は? 何で感覚通ってんだ? フレーバーじゃねぇの?

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