006話 木偶の坊じゃ物足りない


 シャン、という音で目が覚めた。


 くさい。カビと埃の混じった匂い。床に手を付き、体を起こす。


 ……あれ? 木の床だ。違う場所?


 私、オウカは本日ゲーム内で二度目の目覚めを味わっていた。私と同じ格好の女性鬼に叩き潰されて、目覚めたらここ。あの祭壇の間じゃない。体の横には祭壇の部屋から選んだハンマーが転がっていた。


 どうやらここは牢屋の中のようだった。捕まった? いや、あの女性鬼に殺されて、死んだらここに転送される、っていう形になってる……そう考えるのがよさそう。


 つまり、祭壇の正面にあった、開かないもう一つの扉。あれは、この牢屋から戻ってくるためのものってことだろうか。


 私の後ろには例の祭壇があった。ただ、最初のものはそれこそ縦にした車ぐらいの大きさがあったけど、これはノートパソコン程度の大きさ。


 試しに触れてみると、《クラス再設定》ってウィンドウが出てきた。機能は同じらしい。


 あっちが親で、こっちが子機?

 ……どうでもいいや。わかんないし。


「コガラシ? 聞こえる? トバリ? アキカゼ?」


 返事はない。まだミュートエリアなのか、あれに負けたことで何かペナルティがついてしまったのか。祭壇があるから通話も繋がるかと思ったけど。


 ……ログアウトして声かけてみよう。

 結果、ダメ。


 うーん。コガラシの部屋に勝手に入って覗いてみたら、まだVRセットを被って寝ていた。ゲームやめてて聞こえないってパターンもなし。


 ……いや、あのボスエリアに入ってミュートされてるだけの可能性もあるか。で、トバリとアキカゼのオタクちゃん組はまだキャラメイク中と。


 これだな。納得行った。


 そうと決まれば脱獄だ。部屋の様子を探ろう。脱出ゲームの定石。


 典型的な鉄格子の牢屋だ。なぜか床が木製だけど。珍しいと言うか、このパターンは初めて見た。他にめぼしいものは……錆びた手錠と祭壇だけ。


 床の下とか? 剥がせばいいんだろうか。

 そこまで考えて、やっと鉄格子の扉が半開きなことに気づいた。


 ……鍵も壊れてる。


 よし。


 脱獄成功。

 私でなければあと五億年ほどかかっていたに違いない。


 外を見てみよう。


 廊下の左右に、いくつもの独房が連なっている。燭台が定期的に焚かれてるけど、所々火が点いてなかった。点いてても暗いからあんまり変わらないかも知れないけど。


 と、他の独房の中から、何かが出てきた。

 人? ……人ではあるけど、違う。


 灰色の肌に、ガリガリの体。顔は縫い付けられた仮面で見えない。手には枷、脚は鎖で繋がれている。そのまま、ぎこちない動きでゆっくりこっちに向かってくる。囚人と呼ぼう。


 あれじゃ前なんて見えてないはずなのに、確実にこっちを認識してる。

 ……潰そうか。私はハンマーを構えて攻撃態勢を取る。死んだ時に武器が没収されてなくて助かった。


 いや、万が一友好NPCだったらどうしよう。そうは見えないけど。待つか。

 近寄ってくるのを構えたまま待つ。ハンマーの射程圏内まで入ると、そいつは手枷ごと手を振り上げて、こちらに思い切り殴りかかってきた。


 まあ分かってたし、見え見え。

 敵対ってことが分かったから、もう躊躇する必要はない。


 思い切りハンマーを振り下ろす。ベギ、と骨が折れるような音と共に、囚人の体は折れ曲がり地面に叩きつけられた。

 肉を叩き潰す感触が手に伝わってくる。それでもビクビクと動いているので、もう一撃頭に落とすと、脳漿をぶちまけるでなく、ポリゴンの破片のようになって消えていく。


 ふうん。


 さて、次の相手を探そう。

 あ、待った。クエストどうなってるかな。


================

●《最初の試練》

 主目標

◇最初の試練を突破する。


 副目標

◇魂珠の碑石に触れ、アニマを開放する。(0/10)

◇魔武の碑石に触れ、スペルを開放する。(0/5)

◇戦友の碑石に触れ、コミュニティを開放する。(0/5)

◇扉の魔物を撃破し、道を開く。(0/1)

================


 副目標がめっちゃ増えてた。そう言えば寝起きに音聞こえた気がする。


 私と同じ格好の女性鬼が『最初の試練』なんだろうな。負けたけど失敗扱いにはなってないらしい。あれでクエスト進行したらしい。


 うーん。まあもう一回挑むにしても、あそこにどうにかして戻らないといけない。文面からして、扉の魔物を倒せばいいんだと思う。


 その間に、全部で20あるなんちゃらの碑石を見つけて新要素を開放。

 強化して最初の試練に挑め、ってことか。20もあるのはなかなか大変。


 ……でも、アニマって何。スペルはまあ魔法的な何かだろうし、コミュニティもわからなくはないけど。いやなんでこれで開放されるのかはわかんない。


 まあいいか。見つければ分かる。

 行くか。


 ウィンドウを消すと、めくれた木の床が目に入った。まあ、物理攻撃力400もあればそうなるか。いや、この床の耐久度が微妙なのかも知れない。剥がしてみると、下は石だった。どこかに床下宝箱みたいなのがあるかも。……探すのめんどくさいな。牢屋の数が純粋に多いし。


 まあいいや。今度こそ進もう。


 そう思って顔を上げると、独房のそこかしこから先の囚人が出てきていた。背後にあるものからも。全部で二十はいる。


 いいね。

 ただの木偶の坊じゃ物足りないけど、練習台にはなる。

 全部叩き潰してやる。


 まず正面のヤツに一撃。振り向いて背後のを壁に叩きつける。


 クラス《復讐者》の超攻撃力なら一撃だ。


 逆に低すぎる防御力のせいで即死の危険もあるけど。

 ステータスはこんな感じ。


================

 オウカ     :復讐者

 レベル     :1

 HP      :1606/1606

 MP      :1562/1562

 物理攻撃力   :413

 物理防御力   :43

 魔法攻撃力   :334

 魔法防御力   :40

 敏捷      :222

 技術      :116

 侵食力     :74

 抵抗力     :92

================


 攻撃は最大の防御。私にとても合ったステータスだ。 


 囚人がわらわら寄って来た。油断してると物量にやられそうだ。逃げ道ないし。狭くて長物が使いにくいのも面倒くさい。


 手枷の振り下ろしを避け、ハンマーの頭を突き出す。

 よろめき後続にぶつかった所を纏めて叩く。


 ……流石に殺しきれないか。欲張った。


 というか、こいつら頭潰さないと死なないのかもしれない。


 粒子になって消えていくポリゴンの破片をかき分け、突撃。


 っ、背後から来てる。よたよた近寄ってきた囚人の手枷振り下ろしを避ける。囚人の手枷は勢いのまま鉄格子にぶつかり、ガインと音を立て凹ませた。


 え、それそんな威力あるの?

 あの女性鬼よりかはマシみたいだけど。最後の一匹になったら、どれだけHP減るか試してみよう。


 油断しなければ、あとの数十匹程度はどうにでもなった。数が多くて挟み撃ちでも、通路が狭いおかげで一度に相手する数はそんな多くない。


 ただ……死亡ラインが良くわからない。頭は急所扱い?

 頭を潰さなくても、胴体を滅多打ちにすれば倒すことはできた。


 あと、途中でレベル上がった。シャン、というシステム音と、《レベル上昇:1→2》っていう簡素なシステムメッセージだけだったけど。


 よし、最後の一匹になった。食らってみよう。


 ……いっっった! このクソ野郎。死ね。許さん。


 うん、これでいい。どれだけ減った?


================

 HP     :1040/1752

================


 最大値が違う……のはレベルアップしたからか。ニ発までならセーフと。あの女性鬼よりは火力が低い。レベルアップでHPは回復しない、と。


 ……これ、どうやって回復するんだろう。

 祭壇に戻ればいいのかな。


 そう思って戻ってみると、HPが回復し始めた。これの周りは回復エリア、と。

 ふう。すぐ側で助かった。


 そう言えば、滅茶苦茶痛かったけど、特に体の中身に影響はなかった。鉄格子が曲がるぐらいだ。私の防御力じゃ骨が折れててもおかしくないはずなのに。中身は再現されてないのかな。心臓の音もなかったし。


 でもこれはいい。最高だ。


 今までやってきたゲームの中で一番好きかも知れない。まだ序盤も序盤だろうけど。


 リアルな感覚があるゲーム。トバリに頼んで色々教えてもらったどれもが、満足行くものじゃなかった。それは当然。痛覚は法規制でアウト。法規制がなくても、技術限界で『ゲームらしさ』からは抜け出せない。探してもあるわけない。


 今の囚人たちはカカシみたいなもんだったけど、あの女性鬼みたいにヤバい敵もいる。あれだけってこともないだろうし。


 ふふ、楽しみだ。


 


 あの女性鬼、どうやって倒そうかな。


 コロシアムの柱を一撃で粉砕する火力、冗談みたいなスピード。

 躱すしかなくて、結局追い詰められて、一撃でHPほぼ全損。端から端まで飛ばされて、動けない所を叩き潰された。


 レベル上げは必須。それに加えて、クエストにあるアニマとかスペルとかで強化するんだろうか。


 ワクワクする。 


 あ、そうだ。レベル上がったんだった。見ておこう。


================

 オウカ     :復讐者

 レベル     :2

 HP      :1209/1752

 MP      :1704/1704

 物理攻撃力   :450

 物理防御力   :47

 魔法攻撃力   :365

 魔法防御力   :43

 敏捷      :242

 技術      :126

 侵食力     :80

 抵抗力     :101

================


 しまった。前の数字覚えてないからどれだけ上がったか分からない。まあいいか。


 ……よし。HPも回復しきった。行こう。


 独房廊下。どっちから行こう。……右で。

 右に進むと、中央に水路が通っている通路が見えた。薄暗いせいで様子が探りづらい。


 水路から何か出てくると面倒……ッ、左!


 私は反射的にバックステップした。ガツッと、先程までいた場所に斧が突き刺さった。角待ちしてたなあの野郎。殺す。


 失敗したと判断したそいつは、ゆっくりと姿を現す。

 ボロボロの看守服に、乾いた血がこびりついた斧。目玉がなく、ぽっかりと穴が空いていた。グロい。コイツは看守と呼ぼう。


「ボァァァァ……」


「きもい」


 看守は半開きの口から涎を垂らしながら、斧を振り上げて突っ込んできた。

 来るなら迎え撃つだけだ。カウンター気味にかち上げ。


 腕を上手いこと打ち据えられた。斧が放り出される。


 ……丁度いい。ちょっと検証しよう。

 『どこまで殴ったら死ぬのか』知りたい。


 ……。


 結論から言うと、『恐らく現実と同じ』。


 四肢を叩き潰してもまだ生きている。使い物にならない手足から血の色をしたポリゴンをこぼしながら、這いずって寄って来ようしてきた。

 ほっといたら死ぬかと検証してもよかったけど、面倒だったから殺した。再生されたらたまったものじゃない。


 水路つきの通路に戻って、遠くにいた別の看守を引っ張ってきた。

 今度は全力で頭を狙った。上手いこと横薙ぎがクリーンヒットして、首から上が吹っ飛んだ。そうしたら即死。


 また別のやつで、胴体へ攻撃を重ねてみた。

 即死はしないけど、数発で死ぬ。次のやつで、腹より胸のが効果があることが分かった。


 なるほど。これは注意しないといけない。

 出現するありとあらゆる敵が、弱点を攻撃しないと死なないタイプだと思えば厳しさが分かる。


 まあ、巨人のくるぶし殴りまくってたら死ぬ従来のゲームも違和感あるし、妙なリアリティのあるこのゲームなら当然かも。


 ふふ。


 俄然楽しくなってきた。


 ポリゴンの破片じゃなくて血が出ればもっとよかったんだけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る