48.柔軟性
「では、参るっ……!」
全身甲冑姿の依頼人が攻撃を仕掛けてきたわけだが、正直違和感がありすぎるものだった。あの重厚感からの出だしの猛スピードは脳が拒否反応を起こすほどに常識破りなものだ。
その不気味さゆえに俺たちは回避に徹底する羽目になったわけだが、どうやらそれは正解だったらしい。
「――うっ……!」
危ない。間一髪のところで依頼人の拳が命中するところだった。
「ちいっ」
相手の余裕たっぷりな感じの舌打ちに背筋が凍りそうになる。依頼人の動きは癖がまったくなくて、軽やかなステップから急に刺すような攻撃をしてくるので、反撃に転じる余裕すらなくてかわすのがやっとなのだ。
「ひゃううっ!?」
「クソッ! 隙がねえっ!」
「この動き、まるで蜂みたいございますわっ……!」
俺だけじゃなく、アイシャ、ルアン、ジェシカが相手の攻撃を避けるためだけに常に動き回ってる状況というのが、依頼人の俊敏さや器用さを物語っている。甲冑を着た上でこれなら、外したら一体どうなっちゃうんだ……?
いや、それはそれで楽しみだろう。俺は覆い被さってくる恐怖心に対し、身を守るのではなく自ら被ろうとする意気込みで回復術を行使する。ただ受け身に入るより、こういう視点を変えたポジティブシンキングのほうが心を守る術となるんだ。
「ええいっ、避けるだけなのかっ! どうか私を失望させないでもらいたいっ!」
依頼人の叫び声が胸に沁みる。はっきり言って、相手の目的は俺たちを打ち負かすことじゃなくて自身が負けることだからな。
それでも依頼人が手加減をしたくないのは、俺たちに失礼という意味合いもあるだろうが、本気で戦ってそれでも自分に勝ってくれる、そんな強すぎる化け物を心の底から待ち望んでるってことなんだろう。さすが戦闘狂だ。俺たちはその要求に応えなければならない。
「……」
確かに相手はとことん強い。癖もないし隙がまったく見当たらない。一見パーフェクトに思える。
だが、回復術の世界には完全という言葉はないように、必ず隙がある。まず、相手は鎧を着込んでるせいもあるが柔軟性に欠けているのだ。
この柔軟性というのは、もちろん身体的な部分もあるが、実は精神的な意味合いのほうが大きい。相手に対する決めつけ、という油断が敗北の一歩となる。
「みんな、焦るな。必ずチャンスは来る……」
俺はまず、ポジティブな言葉を発するとともに全員に対し、埃のように積み重なったマンネリズムを回復術で拭い去り、心機一転でまた同じように回避行動を始めた。
これによって、いつか飽きるだろう、焦れて反撃に転じるだろう、という相手の思い込みを逆手に取り、そのままひたすら避け続けてチャンスを待つという作戦だ。
普通、人間というのは同じことを延々と続けていられないものなのだ。一旦休みを挟むか、回復術でもなければ。やがて、俺の狙い通り相手のほうが焦れたらしく、動きが徐々にワンパターン化していくのがわかった。
よしよし、いいぞ。もう少しだ――
「――そこだあぁぁっ!」
「はっ……!?」
ルアンが一気に依頼人の懐へ飛び込んでいく。それでもそこはさすが戦闘狂で、最早異次元レベルの反応の速さでかわそうとしていたが、ほんの一瞬に全てを賭ける拳聖の踏み込みの深さを舐めてはいけない。あの甲冑が邪魔になって避け切れずにもろに命中するのがわかった。
「ぐはあああぁぁっ!」
全身を覆っていた鎧が大破し、遂に依頼人の中の人が明らかになる……って、ま、まさか、これは……。
◇◇◇
「なっ、なんだよ、あいつらも全然甲冑野郎にかなわねーじゃねえか! 期待させんじゃねえっつーの、バカカスのラフェルがよ!」
圧倒されるラフェルたちを見上げつつ、丘の下でクラークが苦虫を噛み潰したような顔で叫ぶ。
「ええ、まったくクラークさんの言う通りです。僕もラフェルさんにはがっかりしましたよ。これじゃあ、助けに入ったらこっちも一緒にあの素手騎士さんにやられるんじゃないですかねえ」
「ったく、やっぱりこうなるのね……。ラフェルなんかに期待したあたしたちがバカだったのよ。ほんっと最低――」
「――ちょいと待ちな」
「「「えっ……」」」
カタリナのほうを一斉に見やるクラークたち。
「もしかしたらいけるかもしれないよ。あのラフェルってやつだけはなんか違うんだよ。今までもそうだったけど、なんかやってくれるんじゃないかって期待感を持たせてくれるんだ。あんたらだって、追放しといてそこまでラフェルに対して熱くなってるのがいい証拠なんじゃないのかい……?」
「「「あっ……」」」
はっとした顔になるクラークたち。その直後だった。丘の上で悲鳴が上がり、彼らも注目すると例の人物の鎧が大破するところであった……。
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