49.常識外れ


「「「「……」」」」


 難攻不落だった依頼人の鎧を大破し、今や上昇気流に乗っているはずの俺たちに訪れた沈黙の時間が、現状の全てを表していた。


 そこには、あの鎧の中に入っていたとは思えないほどバカでかい女がいたのだ。


 しかもかなりの美女で、身に着けているのはハイレグアーマーという非常識さ。自分が今まで培ってきた常識的な感覚みたいなものが壊れてしまって、再生するのにしばらく時間がかかるほどだった。


 触れてはいけないものに触れてしまったような、そんな恐ろしさに満ち溢れていた。異様なほどのでかさや風貌とは裏腹に、彼女が纏っている良い人感も相俟って、見てるだけで頭がおかしくなりそうだ……。


「――ふうぅ……爽快な気分だ。まさか私の鎧を破壊するような人たちが出てくるなんて夢にも思わなかった。実に素晴らしい……」


 ピンク色の長髪を振り乱し、きらきらとした汗とともに笑顔を輝かせる大女。


 こ、これは……厳しい、ダメだ。もう戦うどころではない。俺は首を横に振って少し間を置いてから、全員に対して意識を正常化させる回復術を行使することにした。


 ――よし、徐々に心が安定してきた。インパクトがでかすぎて結構心臓に悪かったからな。周りから聞こえてくるアイシャたちの荒い呼吸音も次第に落ち着いてくるのがわかる。


 というか、やたらと風が強くなってきたと思ったんだが、向こうのほうに見える木々は全然揺れてない。となると、これはもしや……やはりそうだ。彼女がほんの少しもじもじと動くだけで強い風が発生してるのが見て取れる。なんという病的なパワーなんだ……。


 だが、ここまで異常だからこそ治し甲斐があるというもの。彼女が日常生活に困って、力を制御する甲冑を着込んだのもよく理解できるし、最早それくらいしか手段がなかったんだろう。


 絶対に治してみせる。俺は未知のパワーに対して震えるほどの恐怖心もあったが、回復術師としての使命感が体中を駆け巡っていて、あたかも熱湯の中にいるかのようだった……。




 ◇◇◇




「「「「……」」」」


 丘の上で大破した鎧の中身を目にして、【聖なる息吹】ギルドの面々もまたしばらく沈黙に包まれていたが、まもなくマスターのクラークがニタリと不気味に笑ってみせた。


「な……なんだよ、あの大女はよっ……!? 美女だしムチムチだしおっぱいは規格外だし、マジヤベー! 超埋もれてえええぇっ!」


「クラークさん……注目するのは戦況じゃなくてそこなんですか……!? まあ僕も今すぐあのバカでかいお尻に埋もれてみたいんですがっ!」


「「うへへっ……」」


「……」


 これでもかと鼻の下を伸ばすクラークとケインに対し、エアルがわなわなと肩を震わせる。


「んもうっ……! いくらなんでもクラークもケインも気持ち悪すぎっ! てか、二人ともマザコン? 最低っ! 最低すぎるっ!」


 怒り狂った様子で騒ぎ立てるエアルだったが、クラークとケインの幸せそうな顔に変化はまったく見られなかった。


「というかよ、あのおっぱい、カタリナより普通に上じゃね……?」


「おおう、確かに言われてみればそうかもですねえ……」


「へ……? そ、そんなわけないし、あたいのほうが大きいに決まってるじゃないのさ! あの大女は体がでかいからそう見えるだけなんであって、目の錯覚に騙されるんじゃないよ!」


「「「……」」」


 珍しく動揺した様子のカタリナに注目が集まると、彼女はやや照れ臭そうに明後日の方向を向いた。


「きょ、巨乳枠はなんとしても死守しなきゃって思っただけさ……って、なんだかさっきから風がやたらと強くないかい……?」


「「「あっ……」」」


 はっとした顔になるクラークたち。それもそのはずで、彼らはいつの間にか服がはためくほど強めの風を受け続けていたからだ。


「なんなんだよ、この風は……!? しかもよ、あそこから吹いてきてやがるぜ!」


「「「……」」」


 いかにも見上げにくそうに目を細めて丘の上を見上げるクラークたち。そこからやってくる風の強さは不気味なほど増す一方であった……。

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