45.圧


 早速、俺たちは町の郊外にあるという見晴らしのいい丘まで向かっていた。


 今までにない高揚感が湧いてくるのは、回復術師としての血が騒ぐからだろう。今から俺たちが倒しにいく相手は、おそらく別次元のパワーを誇っている。


 アイシャたちもそれがよくわかるのか、ギルド協会を発ってから沈黙を貫いてるし足取りもやたらと重い。これは、迂闊に近付けるような相手ではないんだと直感で理解しているからなんだ。


「「「「――あっ……」」」」


 同じような緊張感を共有していたがゆえか、俺たちは同時に立ち止まって上擦った声を重ねた。想像していたものよりずっと高い丘の頂上には、あの甲冑姿の人物が銅像のように佇んでいたのだ。


 もうあの堂々とした立ち姿を見ただけで、どれだけ規格外に強いかがわかってしまう。それでも戦ってみたいという欲が勝つのはみんなも同じのようで、俺たちは神妙な顔を見合わせたあとまた歩き始めた。


 依頼人とはもうほんのちょっとの距離しかないはずなのに、とても遠く感じる。これが本当の意味での圧というものなのか……。


「――やあ。あんたとはあの公園で会ったとき以来だな」


「お、おおっ、あなたは、あのときの……!」


 それまでの緊張感が嘘のように、俺の挨拶に対して甲冑姿の人物は気さくに反応してきた。それがより得体の知れない不気味さを助長するわけだが、そこは自分を含む全員に回復術をかけてカバーしておく。アイシャたちも既に青い顔で黙り込んじゃってるくらいだからな。


 俺自身がこういう恐ろしい思いをするのは本当に久々で、新鮮味というか楽しささえ覚えた。


「記憶をなくしたというのは、あれは真っ赤な嘘だったんだろう?」


「……」


 俺の問いから数秒後、依頼人は少しだけ兜を下に傾けてみせた。やはりそうだったか。もちろん、嘘をついた理由については聞かない。こういうのは本人から話してくれたほうがスムーズに行きやすいし一番いいんだ。戦うため、及び回復するために相手を知ることは重要だから。


「それと、ここが例の思い出の場所なんだな?」


「……そうだ。ここが私にとって唯一の思い出の場所……」


 見晴らしのいい光景を正面にしながら、依頼人はおもむろに語り始めた。


「私は父の酒癖の悪さが原因で没落した貴族の生まれで、幼い頃からそれを周りにバカにされてきた。庶民からも貴族からも嘲笑される惨めな存在だったのだ……。だが、私にとっては尊敬する父だった。体が大きく、恐れられてはいたが実際は虫も殺せないような優しい人で、幼い私によくこの素晴らしい景色を見せてくれたのだ……」


「なるほど……」


 そういえばこの依頼人もこんな厳つい鎧を着てるわけで結構ガタイがいいんだよなあ。やっぱり遺伝ってやつだろうか。


「いじめられている私に、父はこう仰った。この雄大な景色を眺めていれば、全てがちっぽけに感じるはずだと。体の大きい自分でさえも、ここに立てば自分が小さく感じると。だから、何か辛いことがあったらここに来て、ちっぽけな出来事を笑ってやりなさいと。そうすれば、少しは大きくなった自分が見えてくるだろうと……」


「……」


 なんだかいい話だな。もう涙ぐんでるアイシャとルアンはともかく、ジェシカですらしんみりとした表情になってることからもわかる。


「だから、私は父が亡くなったあとも何か辛いことがあったらここに来て、気分を紛らわせた。そのうち、私はあらゆる罵倒に屈しないほど強くなったが、それでもここに来ると物足りなくなった。まだ、まだ自分がちっぽけに感じる。だからもっと強くなりたい……まるで飢餓状態だった。思えば、失くした父の存在を強さによって埋めようとしていたのかもしれない……」


「それだけ大きかったんだな。父親の存在が……」


「……そうだ。私にとっては父がこの景色よりもずっと大事なものだったと気付いたのだ。その辛さをちっぽけなものにするために、私は強さというものを追い求めすぎた結果なのか、いつしかに気付いた……」


「異常……?」


「それが……私が指で軽く押しただけで、人が三メートル以上吹っ飛んでいったのだ。ストイックに修行に励みすぎたことで、病的なパワーが身についてしまっていた……」


「「「「……」」」」


 俺は依頼人が話したあまりにも衝撃的なエピソードに対し、アイシャたちと思わず驚いた顔を見合わせていた。指で軽く押すだけで人が紙切れのように吹っ飛ぶって、いくらなんでもヤバすぎだろう……。

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