40.血気盛ん
ランク:D
依頼者:しがない鍛冶師
期限:無期限
報酬:気持ちばかり
依頼内容:
町の南の入り口から東のほうに少し進んだところにある鍛冶屋の者ですが、とある出来事によって心が折れてしまいました。やる気を蘇らせる術を知っている方、どうかお願いします。個人的にはもう、治すのは難しいと思っているので期待はしておりません。報酬はそのときの気持ち次第とさせていただきます。
次に俺たちが受けたのはこの依頼だ。個人的に治すのは難しいと思っているのに無期限というのがポイントで、どうしても治したいという気持ちがよく表れていて面白いと思ったんだ。
何より、鉄の心を持つと言われる鍛冶師の心を折った原因が何かということを知りたかった。多分、このフェリオンの町の一部の損壊と関係あるんじゃないかと見ている。
「「「……」」」
「ん、アイシャ、ルアン、ジェシカ、反対しないのか?」
「お気持ちばかりというのが少々不安ですがっ、ラフェルさんの判断に間違いはないと思いますので!」
「アイシャの言う通り俺も報酬のところに突っ込みたくなるけどよ、今んところ上手くいきまくってるし、ラフェルの目利きは確かだからいいと思う」
「ラフェル様の眼力には舌を巻くばかりですから問題ないですことよ! わたくしが幻のギルドメンバーたちを動員してまでランクを上げた行為が霞みやがるくらいですし……」
三人とも、ギルドマスターとして俺のことを少し認めてくれたってところか。それでもまだまだこれから鍛えていかないといけない。一瞬でも自分が偉い、凄いと勘違いしてしまうとそこで成長の芽を摘んでしまうことになるからだ。
「――ここか……」
早速依頼を出した鍛冶屋を訪れたわけだが、確かに煙突から煙も出てないし鉄を打つ勇ましい音も、あの独特の煤の臭いもしない。
「あ、どうも……」
中からなんともやせこけた髭面の男が出てきた。彼が依頼人か。全体的にげっそりと痩せこけていて目元に隈もできているし笑顔や声にも力がないが、俺にはわかる。そのごつごつとした分厚い手のような、この男の芯の部分である心はまだ折れていないんだと。
「ちょっと治療するから、みんなはここで待っててくれ」
「「「はーい!」」」
治療に集中したいからな。アイシャたちなら勘違いしたならず者に狙われたとしてもすぐに追い返すだろう。
「それで、あんたはどうして心が折れてしまったんだ?」
「実は……簡単には壊れない武器を幾つか作ってほしいって冒険者の団体さんにお願いされましてねえ。気合入れて自信作を作ってみせたんですけど、先日うちの前に無造作に投げ捨てられてたんです。どれもありえないくらいに捻じ曲がってしまった武器が、ポンコツ鍛冶師という落書きとともに――」
「――あ……」
「どうかしましたか?」
「あ、いや、なんでもないんだ」
俺はこの町に来たときに、武器を折られた集団がいたことを思い出していた。そうか、あれはこの鍛冶師の作った武器だったのか……。
「あれ以降、自信を完全に失っちゃいましてね。一体どんな化け物に折られたのか知りませんがこんな屈辱的なことは初めてでして……。もう、何もかもどうでもよくなってしまって――」
「――いや、違うな。どうでもいいどころか、むしろ漲ってる」
「え、えぇ……?」
「おそらくあんたは有能な人で、だからこそ期待しすぎてしまうんだ。自分の腕に対して」
「うっ……」
図星だったのか、鍛冶師が驚いた様子で言葉を詰まらせている。期待するということは自分の腕に自信があるということで、それはもちろん悪くはないんだが、度が過ぎた期待は毒になってしまうものなんだ。これはなんにでも当てはまりそうなんだが、ほどほどに継続してやるということが長期的に見ると大事になる。
といっても適当にやるというわけじゃなく、短期的な結果にいちいち大袈裟に落ち込む必要はないということだ。
「人間、どんなに優秀であっても上がるときもあれば下がるときもある。鍛冶師ならよく知っているはず」
「た、確かに……」
鉄は熱いうちに打てという言葉もあるように、鍛冶師が鉄の強度を上げるが如く結果をいち早く求めたがるのはある意味仕方のないことかもしれないんだが、同時に叩く方向だとか冷やす、休ませるという過程も大事なはず。
「あんたは有能かつ完璧主義だからか結果を追い求めすぎて、自分を追い詰めてしまっているように思う。もっと落ち着いて馴染ませていく作業も大事なんじゃないかな。俺の最高傑作が折られただと? よーし、それなら次はもっといいものを作ってやろう。楽しみになってきた……って感じで」
「な、なるほど……」
鍛冶師の目に光が宿るのが見えた瞬間、そこにタイミングよく視野を広げるような感じで回復術を行使していく。よし、これでいい。
「おぉ……なんだか、とってもすっきりしたような感じです! 今からでも最高の武器を作ってやりたい、そんな気分ですよ!」
「慌てずに明日からやるように」
「もちろんですっ! あ、これが報酬です!」
「えっ……こんなに……?」
「はい、これが今の気持ちですから!」
俺の手の平の上には金貨が3枚もあった。気持ちでここまで出せるとは……この鍛冶師、実はかなり有名な人なのかもしれないな。そんな人に俺みたいな畑違いの人間が説教なんてしてしまって申し訳さはあるが、結果がよかったんだからこれでいいんだろう。
「ラフェルさん、成功したんですか? わっ、金貨が3枚もっ!」
「おー、さすが俺の旦那のラフェルだぜ。すげー!」
「素晴らしいですわっ! ラフェル様はわたくしをいつでも気分次第でぎゅーしやがってもよろしいですことよおぉっ!」
「……」
みんな漲ってるなあ。それにしても、どんな化け物がこんな有能そうな鍛冶師の武器を折ったのか、ますます興味が出てきた……って、俺もあんまり前のめりになりすぎないようにしないと……。
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