33.崩れるもの


「ジェシカ……この際はっきり言わせてもらうが、お前がそうやって手に入れた現実なんてどうしようもなくちっぽけで、結局は幻みたいなもんなんだよ」


「はっ……!? た、確かにわたくしはあなた方に負けましたよ。でも、それだけで全部否定されるのはたまりませんわ。この広大なエスカディアの町を見たでしょう? 自然と調和した煌めくような街並み、人々の要求を満たす慈愛に満ちたギルド協会、荘厳かつ見る者全てを魅了する豪華絢爛な王城――」


「――いい加減目を覚ませ、ジェシカ。お前が信じているのは全部幻だ! 住人たちの不貞腐れたような口元、どこか投げやりな態度、お互いを監視し合うかのような鋭い目つき、スパイを探し出すように命じる依頼の数々……どれを取っても不自然すぎる。こんなものは町なんかじゃない。砂の上に作られたいつ崩れてもおかしくない脆い家……砂上の楼閣だっ!」


「ち、違うっ! 確かに下民どもはそうかもしれませんが、ギルド協会や王城にはわたくしを命懸けで守ってくれる冒険者や兵士、大臣が……」


「で、どこにいるんだ? お前を命懸けで守ってくれるやつらは! いつ駆けつけてくるんだ!?」


「……そ、それはわたくしが幻影術で隠しているから……」


「もうとっくに回復術で幻影は取り除いてる。だから協会からも王城からも、お前の身に異変が起きているのは丸わかりだし丸見えだ……」


「……」


「なあ、ジェシカ、頼むから目を覚ましてくれ。短期間で幻込みで作られた町なんてそんなもんだ。その程度じゃ誰もお前の心配なんかしてくれないってことなんだよ。どっちかっていったら、お前が死んでくれたら自由になれる、あるいは自分がトップになれるくらいに思ってるんだよ」


「……」


「でもな、それがお前にとっての現実ってやつなんだ。そこから目を背けるな……」


「……わ、わたくしが手に入れたものなんて、うぐっ……何も、何もなかったのでございます、ね……」


 崩れ落ちるように座り込み、両手で顔を覆うジェシカ。


 今は何も見えないと思うが、彼女の心を本当の意味で慰めてくれるのは明るさではなく、こうした暗闇なのかもしれない。ジェシカが今まで目を背けてきた闇に包まれることで、皮肉にも見えてきたみたいだな。彼女にとっての現実ってやつが……。


「何もないんだったら、これから俺たちと手に入れていけばいい」


「……え?」


「ジェシカ、俺たちのギルドに入るか? 何をするかも決まってない、自由気ままでありのままの旅だけどな。もちろん強制はしない。な、アイシャ、ルアン?」


「もちろんです。でも、入ってもらえたら歓迎しますよおっ!」


「まあ、アイシャと違って俺はちょっと不満なんだけどな、ラフェルのために頑張るんならとりあえず歓迎するぜ」


「……」


 しばらくジェシカは呆然とした表情だったが、まもなく我に返った様子でうなずいた。


「よ、よろしくお願いいたしますわ。こんなわたくしでよければ……!」




 ◇◇◇




「おおおぉーい……! 誰かあぁぁっ……! いるのかあぁぁぁっ……!? ここから出してくれええぇぇっ……!」


 赤茶けた鉄格子に両手と顔を埋め込むようにして血眼で叫ぶクラーク。牢獄にいる者たちはほとんど眠っていたが、彼だけは掠れた声で何度も何度も助けを呼んでいた。


「頼むううぅぅぅっ……! なんでもするから……! 俺がっ……俺たちが悪かった……! だから、ラフェル……助けてくれ……ひっく……俺たちのギルドに戻ってきてくれえええぇぇぇっ……!」


 泣き叫ぶクラークだったが、誰かが助けに来るような気配は一切なかったのであった……。




 ◇◇◇




 名前:ジェシカ

 年齢:17

 性別:女

 ジョブ:幻影術師

 冒険者ランク:A

 所属ギルド:【悠久の風】

 ギルドランク:F


「――あ……」


 ギルド協会で【悠久の風】を再結成し、新メンバーのジェシカを加えてから今まさにエスカディアの町を屋台とともに出ようとしたときだった。俺はを思い出していた。


「ラフェルさん、どうしたんですかあ?」


「どうしたんだ、ラフェル?」


「ラフェル様、どうしたんでございますの……?」


 アイシャ、ルアン、ジェシカの三人から不思議そうに顔を覗き込まれる。


「ほら、俺たちが見回り役だったときにスパイ容疑で捕まえたやつらがいただろ? まだ牢獄にいるはずだし、あいつらを解放してやらないと……」


 今から思えば、あれは病んだエスカディアの町をなんとかしようとしてた連中で、俺たちが目的のために利用させてもらったものの本来は味方同然の存在なんだよな。覆面連中はただの盗賊だったかもしれないが、それでも閉じ込めたままにはできないだろう。


「あぁ、それなら別に心配はいりませんわ」


「「「えっ……?」」」


 俺たちはジェシカの淡々とした言葉に耳を疑う。まさかあのまま放置するつもりなのか……?


「あの牢獄もまた、幻影術によって水増ししているだけなのでございます。なので、酷く疲れているわけでもなければすぐに正面の部分以外は脆い鉄格子だと気付くはずです」


「「「なるほど……」」」


 それなら問題なさそうか。疲れてるなら幻だと気付くのに時間はかかりそうだが……ん、なんか俺に対して助けを呼ぶ声が聞こえたような気がしたが……あれだ、こういう話をしたばかりだし、ただの幻聴だろう。


 というわけで、俺たちはまた当てもなくどこかへと進み始めた。なんせ旅団ギルドっていうくらいだし、このまま放浪して流れ着いた場所が次の目的地でいいな。

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