31.癖


「そ、そこのラフェルとかいう腐れ回復術師っ……! 見苦しい虚勢はみっともなさすぎますので、それくらいにしておきやがれでございますよ……!?」


「どっちかといえば虚勢を張ってるのはジェシカ、幻影術師のお前のほうだろう。確かに幻影術としてみたらクオリティは高いと思うが……現実からしてみたら、まだまだこんなのは所詮小細工、子供騙しにすぎない」


「は、はあぁっ……!?」


「例えるなら未熟な俺が、この回復術はどうだ、凄いだろうと威張り散らかすようなものでな、いくらクオリティが高いからってそこで成長することをやめてしまったら、人間はそれまでだしその程度の器ってことなんだ」


「さっ、さすがはラフェルさんですっ! ギューしたいでしゅうぅ……」


「ラフェル、マジすげー……俺、心ん中まで女の子になりそうだぜ……」


「あっはっは……」


 またアイシャとルアンの褒め殺しか。いやー、参ったな。まあジェシカを苛立たせるためにわざと言ってくれてるのかもしれないが。


「だったらあぁぁぁ――」


 お、ジェシカが下を向いてわなわなと両手の拳を震わせてる。凄い圧を感じるし相当怒ってるな、これ……。


「――今からそのしみったれた言葉をこれから証明してみやがれキチゲエどもでございますううぅぅぅっ!」


 ジェシカの姿が消えたかと思うと、鬼の形相を浮かべた分身たちが次々と湧いて出てきた。本当にわかりやすいやつだ。


「残念だが、お前の幻影術が小細工にすぎないっていうのはもうとっくに証明している。お前自らの手によってな」


「へっ……!?」


 俺だけじゃない。アイシャもルアンも、最初は分身たちの攻撃に苦戦していたが、今では軽々とかわしていた。それくらいワンパターンだったからだ。


 ちなみに、俺はやつの今までの行動を頭の中で再現させつつ分析していたわけだが、そこでがわかった。


 全ての分身に独特の癖があり、なおかつ共通しているのがわかったんだ。せめて少しは変えてたらよかったのに、あろうことか全部似たような動き方だからな。敵ながら心配してしまうほどにお粗末だ。


「なあジェシカ、癖って知ってるか? それはなあ、そう簡単には治せないしごまかせないものなんだ。お前が今隠れている場所もな」


「えっ――」


「――そこだっ!」


 俺は本物のジェシカが隠れていそうな位置を推測するまでもなく、やつの素っ頓狂な声がした方向に対し、回復術で幻覚を正常な状態に回復してみせる。


「ひっ……?」


 すると、腰の引けた本人の姿があっさり露出することとなった。


「おらああぁぁっ!」


 次の瞬間、察知していたのか既に動いていたルアンの右の拳が、ジェシカの腹部にもろにめり込む。うわ、痛そう……。


「ごはあっ……!?」


 壁に叩きつけられ、盛大に血を吐くジェシカ。あれでもルアンは手加減はしているように見えたが、まともに拳聖の一撃を受けたことで内臓が破壊されてしまったか……。それでもジェシカのやつ、根性だけはあるらしくて顔をしかめながらも俺のほうを向いてほんのりと笑ってみせた。


「……コ……コヒュー、コヒュウゥ……ひゃ……早くぶっ殺しなさい……」


「あいにく、俺の職業は殺し屋じゃなくて回復術師なんでな。お前の体も、そのイカれた思考もこの手で治療してやる……」


「……こほっ、こほっ……こ、これまた随分と傲慢な回復術師ですこと……」


「ん、そうか? むしろ謙虚に、郷に入れば郷に従え作戦でここまでやってきたつもりだし、お前の作った【正義の杖】ギルドの信条通り、力こそ正義ってことでこうしてねじ伏せてやっただけだが」


「……へ、屁理屈がお上手ですこと……」


 俺の回復術でジェシカの顔色が大分よくなってきた。これならもう大丈夫だろう。


「さあ、次の治療対象はジェシカ、何度も言うがお前の頭の中身だ。治療する前に話してくれないか? お前の過去を……」


「……はあ。まあいいでしょう。体はともかく、わたくしの崇高な考え方までは下種な回復術師のあなたなんぞには到底治せないでしょうけれど。ホホッ……」


「……」


 ジェシカのすこぶる反抗的な言動を見ればわかるが、彼女はまだ俺たちにまったく心を開いていない。だから、治療を始める前に患者の心情をもっとよく知っておく必要があると思ったんだ。

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