30.勝利宣言
「さあ、いつでもかかってきやがれこのクソ下民ども、でございますよおぉっ……!」
「食らええぇぇっ――」
ジェシカの鬼の形相を添えた大胆不敵な台詞に対し、言われなくてもやってやるといわんばかりにルアンが既に動いていて、今まさに女王の綺麗な顔面に怒りの鉄拳がめり込もうとしているところだった。
「――あれ……?」
ルアンによる一撃は間違いなくジェシカの顔に命中した、かのように見えたが、普通に空振りしていた。
これは……ジェシカが避けたんじゃない。あれは彼女が作り出した幻覚だったらしく、まもなく跡形もなく消失した。殴られる寸前にはっとした顔になるところまで忠実に再現するとは、さすがは幻影術師……。やつはルアンが殴りかかった場所とはまったく逆方向に立っていた。
「とても間抜けな拳聖様、無駄な努力ご苦労様でございますねえ」
「くっ、くうぅぅっ……!」
「ルアンさんの仇っ! このおぉっ――ありぇっ……?」
今度はアイシャがジェシカに向かって劇薬のようなものを投げて煙が周囲に充満したわけだが、それもジェシカ本人ではなく幻だったようで、愉快そうな笑い声だけが不気味に響いてきた。煙が薄くなってきたものの、ジェシカの姿はどこにも見当たらない。それでもやつの笑い声は聞こえてくることから、分身だけじゃなくて姿も普通に幻影術で隠せるってわけか。こりゃ厄介すぎるな……。
「ち、畜生っ、ジェシカのやつどこに消えやがった……!?」
「やつは必ず近くにいる。ルアン、焦ったらやつの思うツボだから冷静になるんだ」
「う、うん……」
「お二人とも、ここは私に任せてください! いでよっ! ホムンクルスッ……!」
アイシャがフラスコを取り出して地面に投げ落とすと、そこから翼や尻尾が生えた大きな眼球が現れた。これは……確か、ホムンクルスの一種でシーカーといったか。隠れている敵を的確に見つけ出し、鋭く尖った尻尾で攻撃するという特徴があるんだ。なるほど、これで索敵しようってわけか。
『――キイィィィッ!』
「ホホッ、中々やりやがりますねえ……」
ジェシカの幻影術をもろともせず、シーカーがやつの居場所をすぐに探り当てわけだが、炙り出された本人は感心したような表情で現れた。妙だな……。これで立場は逆転して俺たちが優位に立ったはずだが、相手はまだまだ余裕そうだ。ただ単に強がりなのか、それともほかに策があるのか……。
「ナイスッ、アイシャ!」
シーカーの導きを利用したルアンが、逃げようとするジェシカを追いかける。それだけでなく、アイシャも劇薬を投げる準備は既にできている様子だった。こうなったら分身でごまかせるはずもないし、もうこれで勝利は決まった――
「「「――うっ……?」」」
と思ったそのときだった。急に視界がグルグルと猛烈に回り始めて、俺たちは身動きが取れなくなってしまった。これは明らかにジェシカの仕業だ。彼女は自身の姿だけでなく、周囲の景色まで自由自在に幻影術で弄れるってことか。こんな幻影術師は見たことがない。恐るべき女だ……。
「次はわたくしの番でございますねえぇっ!」
「くっ……!」
俺の練り上げた回復術によって、なんとか周囲の乱れた視界を正常な状態に戻していくが、その間にジェシカが次から次へと分身を送り込んできた。そのどれもが本物のようにクオリティが高く、頼みの綱のシーカーも時間切れで消えてしまう有様。
「ホホッ、これでわたくしの勝ちは決まりですわ……」
遂に勝利宣言までされてしまった。まあ誰が見たって手も足も出ないような状況に見えるだろうから仕方ないか。
「さあ、早くわたくしにひれ伏しなさい、ラフェル、アイシャ、ルアン……。今なら足を舐めるだけで許してさしあげますっ……!」
「……」
どんだけ足を舐めさせたいんだ。
「ジェシカに忠告しておく。早く降参したほうがいい」
「あら、話が早いですわね……って、えぇっ!? わ、わたくしのほうが降参っ……!?」
「ああ、そうだ。怪我をしないうちに降参したらどうだ? もう勝負はついている」
「は……? はあああぁっ!? こいつ、遂に頭がいかれやがったですかああぁぁっ……!?」
ジェシカはいかにもわけがわからない様子で声を荒らげたが、俺は確信していた。もうこの戦いは完全に俺たちの勝ちなんだと……。
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