29.好都合


「では大臣、あとのことは頼みますわね」


 これは、罠なのか……? そう勘ぐってしまうくらい、絶好のチャンスはすぐにやってきた。


 俺たちは王城の豪華な一室で寝ていたんだが、例のうるさい大臣に起こされて何事かと思ったら、深夜のうちにギルド協会へ馬車で向かうギルドマスターのジェシカを護衛するようにという命令だった。


 多分、影武者を玉座に置いて何食わぬ顔で受付嬢を続けようってことなんだろうが、そのほうが暗殺される可能性も少ないし、良い人材を自分で探せるしで色んな意味で楽だと見てるんだろうな。


「はっ……陛下、それがしに是非お任せあれっ! しかし、その者たちについては、いくらずば抜けた成果を出した成り上がり者たちとはいえっ、かのように信頼するのは早計かと。恐れながら……」


「……」


 この大臣、うるさいけどよくわかってるな。さて、女王様はどう反応するか……。


「問題ありませんことよ。この者たちは本当に素晴らしい人材です。この目でしかと見てまいりましたから……」


「ふむう。陛下がそう仰るのであれば致し方ありませんな……」


 怖いくらい上手く事が運んでるな。俺たちはジェシカと一度ギルドが違うからと協会で揉めに揉めたわけだが、それについては力さえあるならもう水に流そうってことなのかもしれない。


 それならそれでこっちにとっては都合がいい。なるべく早く【悠久の風】ギルドに戻りたいし、彼女だけが相手なら勝算も見えてくるからな。もっとも、騒ぎを聞きつけて仲間たちがやってくることを考えたら時間との戦いにもなるわけだが。


 できるだけ王城と協会から離れたところ――二つの場所の中間地点――が望ましい。最悪兵士たちと冒険者たちから挟み撃ちを食らうが、ボスさえ倒してしまえば相手の士気もぐっと下がるだろうし勝ったも同然だ。


「「「――……」」」


 馬車が王城を発ってからしばらく経った。そろそろか。俺はアイシャ、ルアンと神妙な顔を見合わせた。みんなも同じ気持ちらしい。ギルド協会の建物が見えてきたら一気にカタをつけてやる。窓から飛び降り、御者とジェシカだけになった馬車を襲うつもりだ……。


「この辺で止めてくださいまし」


 え……? 何を思ったのか、ジェシカが御者にそう発言して馬車を止めてしまった。


「ここからは健康のために歩いて協会へ向かいますわ。親衛隊もいるから心強いですしねぇ……」


「わ、わかった。なあ、アイシャ、ルアン……」


「で、ですねっ」


「う、うんっ」


 笑いが込み上げてきそうになるのを必死に堪える。アイシャもルアンもそんな感じだ。しかしまさかここまで都合よく事が運ぶとはな。罠の可能性も限りなく低くて、周囲に誰か潜んでいるような気配はまったく見当たらなかった。


 しかも、ジェシカ自ら先頭に立って人気のない路地のほうに歩いていくし……って、いやもうこれ完全に向こうもわかってて誘ってるだろ。俺たちが狙ってくることを知った上でここまでやるってことは、三人に対して一人で倒せる自信があるからなのか……?


「――あら、襲ってこないんですの?」


 俺たちが立ち止まったのを見計らったかのように、少し歩いたあとにんまりとした笑みを浮かべながら振り返ってくるジェシカ。それはもう、俺たちのよく知ってる受付嬢の邪悪な笑顔そのものだった。


「いいのか……?」


「いいのかって、最初からそのつもりだったのでしょう?」


「確かにそうだが……わからない。何故、わざわざ不利な状況に……」


「それは簡単なことで、わたくしがあなた方を力で強引にねじ伏せることができると、そう確信しているからでございます」


「……でも、倒すつもりなら城の中でもやれただろう? もっと安全に」


「はあ……。それではあまりにもクソつまらないでしょう。それに、あなた方の才能を買っているのも事実。わたくしがこういう不利な状況から覆すことができれば、喜んで足を舐め散らかす程度には屈服させられると睨んでいるのです……」


「大した自信だが、ここで騒ぎを起こせばいずれそっちの味方が駆けつけてくるぞ……?」


「ラフェルさんの言う通りです。結局そっちが有利じゃないですかあっ!」


「そうだそうだっ! かっこつけてんじゃねえっ!」


「お黙りなさい。わたくしは幻影術師です。ちゃんと何も起きてないように見せかけるくらいはできますので、そういったしょうもない心配はせずとも派手に暴れ回ってくれても大丈夫でございます」


「……」


 なるほど、ジェシカは幻影術師だったのか。ってことは、このエスカディアっていう町自体幻覚で水増しされてたってことだな。それなら色々と合点がいく。ただ、いくら幻影術でもここまでやれるやつは見たことがないし、かなりの強敵であることに間違いはなさそうだ……。

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