23.見切り
ルアンが衝撃の記録――討伐時間1分11秒――を叩き出して以降、Aランク冒険者たちはその余韻に引き摺られるかのように次々と熱戦を繰り広げたわけだが、やはり誰一人、二位のアイシャの記録――2分34秒――どころか三位のアルバートの記録――2分51秒――さえも破ることはできなかった。
こうして見てると3分を切るのがいかに難しいかがよくわかるが、俺にはルアン、アイシャとともに三枠を勝ち取る自信があった。怨霊騎士とは一度過去にやりあってるだけに、上手くいくイメージは既に出来上がっていたんだ。
「――では次っ、ラスト52番目、Sランク冒険者の回復術師ラフェルの出番であるっ――」
おおっ、いよいよ俺の出番か。51番目はAランク冒険者だったし、ラストってことはSランクは俺一人だったんだな……。
「――がしかし、特例によってここで終わりにするのであるっ!」
「えっ……?」
俺は試験官から続けざまに飛び出した言葉に耳を疑った。
「と、特例って一体どういうことなんだ? 俺はまだ戦ってもいないのに……」
「そ、そうですよ! 特例ってなんなんですかあっ!」
「そうだそうだ、何が特例だよ、ふざけんじゃねえぞっ!」
どよめきが沸き起こる中、アイシャとルアンも抗議してくれてるが、試験官は予想していたかのように平然とした顔で首を横に振ってみせた。
「まったく……君たちは今まで一体何を見てきたというのであるか? これまでの戦闘試験ではただ一人も回復術師はいなかった。それは、このジョブというものが致命的に戦闘には向いてないということを如実に示しているではないかっ……!」
試験官が話し終わったタイミングを見計らったかのように耳障りな拍手が起きる。誰かと思ったらあの男――剣士アルバート――だった。
「試験官の粋な計らいには感謝する。これで無事、アイシャ、ルアン、それに僕が見回り役に選ばれ、そこの回復術師は怪我を負うことも恥をかくこともなくなった。これは英断としか思えない――」
「――ハハハッ、アルバート、怖いのか?」
「……な、なんだと……?」
俺が笑いながら言ったことでアルバートの口元が引き攣るのがわかる。この予定調和であるかのような強い流れを変えるには波紋を起こすだけではダメで、絶対に堰き止めてやるくらいの覚悟で挑発するのが一番だろう。
「回復術師の俺に記録を抜かれるのが怖いのか? アルバート」
「きっ、貴様あっ、口を慎むのであるっ! お前ごときがアルバートに勝てるとでも――」
「――いや、試験官、好きなようにやらせてやればいい。どうせ結果はわかりきってるし、このバカな回復術師に思い知らせてやらねば……」
「とのことだが?」
「ぐぬっ……し、仕方あるまい。では始めるのであるっ!」
よし、これでようやくスタートラインに立つことができた。やつらは俺の回復術師としての腕を舐めてる面もあるんだろうが、記録を出してるアイシャとルアンの仲間だし、ここで唯一のSランク冒険者ってことで不気味に感じてる面もあるんだと思う。だからここで強引に終わりにしたかったんだろう。
『――コオォォォッ……』
少し経って52匹目の怨霊騎士が姿を現わす。
「……」
注目が集まるのを肌で感じる中、俺はこのモンスターに囲まれたときのことを鮮明に思い出していた。回復術師は確かに戦闘には向かない。
攻撃力についてはもちろん、耐久力においても戦闘職に大きく劣っているからだ。例のならず者にやり返したときの要領でやられた分のダメージを回復するにしても、このクラスだと俺の身体能力じゃ避けられない上にオーバーキルでやり返す前に俺のほうが死ぬだろう。
ルアンの損傷した右の拳を受けたときも、全力の一撃ではないのに死が脳裏をよぎったくらいなんだ。
だが、俺にはその分これでもかと磨き抜かれた工夫がある。
早速俺が怨霊騎士に向かって駆け出していくと、やつは待ってましたとばかり槍を振り上げてきた。このまま突っ込めば間違いなく槍の餌食だし、大した勢いもないのに立ち止まったところでフェイントだと見破られるのは目に見えている。
『オオォォォッ!』
吼える髑髏の騎士が槍を突き出し、俺の胸を貫いた――かのように映るのは、こいつの視界だけだ。俺は立ち止まった瞬間、自分が突っ込んでいくイメージを怨霊騎士の頭の中で回復させたんだ。
それを何度か繰り返し、やつの怒りがまさに極限に到達しようというところで俺はとっておきの回復術を行使してみせた。
昔からアンデッドには回復魔法が通用するといわれるが、それは正解だ。呼び名はヒール砲であったりターンアンデッドであったりする。ただ、前者は大してダメージを与えられないし、後者は一発で倒せるものの確率が悪く、さらに詠唱に時間がかかる。
だが、この一撃は不死属性のモンスターを討伐するためのヒール砲でもターンアンデッドでもない。相手の怒り、痛み、憎しみを最大限に引き出した上での治療――究極のリカバリー――だ……。やつは爪先から天辺まで満足した様子で昇天してしまった。
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