22.音無し


「24番ロベルト、攻略時間は4分15秒であるっ!」


「ち、ちくしょー。こんなはずじゃ……」


 平凡なタイムに終わったBランク冒険者がとぼとぼと立ち去っていく。


 アイシャがアルバートの記録を破り、2分34秒という驚異的なクリアタイムを叩き出してからというもの、Bランク冒険者が十人以上挑戦しても未だ誰一人記録を破る者は現れなかった。


「次っ! 25番目、Aランク冒険者――」


 ――お、いよいよこれからAランクか。


 ルアンの出番が回ってくるのも時間の問題だと思って彼女のほうを見ると、微動だにせず戦いの様子を見つめてるところだった。戦闘のために生まれたと言ってもいい拳聖の彼女からしてみたら、観戦しているというより常に自分が戦ってるかのような感覚になるんだろうな。それくらい集中力がずば抜けてるってことか。


「27番グラティスッ! 3分24秒っ!」


「ちぇっ……!」


 Aランクに入ってからというもの、さすがに制限時間オーバーとかでの失格者は出てこなくなったが、それでもアイシャの記録を越える者は出てこなかった。今のところアイシャの2分34秒が一位で、アルバートの2分51秒が二位のままだ。


「――次っ! 31番目、Aランク冒険者で拳聖のルアン、出番であるっ!」


 おお、遂にルアンの出番が回ってきた……って、ルアンが気付いてないのか動かない。


「ルアン、出番だぞ」


「ルアンさん、出番ですよ!」


「え……あっ……!」


 ルアンが我に返った様子で前に出ると、足が縺れたのか転んでしまって会場は笑いの坩堝になった。あちゃあ……。それでも再び立ち上がったときには、笑い声は一瞬で掻き消された。それほどのオーラを纏っていたからだ。


『――コオォォッ……』


 まもなく魔法陣から怨霊騎士が現れるが、その存在感の大きさは完全にルアンに取って代わられていた。どう考えてもルアンのほうが化け物に見えてくるから不思議だ。


「ふ、ふんっ。いくら拳聖といえど、そう簡単にはいかんのであるっ!」


 どうやら試験官はルアンのことが気に入らないらしい。自ら出した召喚獣の存在感が薄れたのが気に食わないっていうのもあるんだろうが、一番はお気に入りのアルバートの記録をまた抜かれやしないか、そういう恐れが口に出た格好でもあるんだろう。


 実際ルアンが防戦一方なのを見て、試験官の右の口角が吊り上がるのが確認できた。ただ、これにはちゃんとした理由があるんだ。


 拳聖というジョブはほんの一瞬に全身全霊の拳を叩き込むわけだが、闇雲に打つわけじゃなくて戦いの中で自分が一番力を入れられる間合い、呼吸の具合、精神状態を探すのだという。それが見つかったとき、つまり心と技と体が完全に一致した瞬間、整ったとしてターゲットに究極の一撃を打ち込むんだ。


「――はあぁっ……!」


『……』


 怨霊騎士は断末魔の悲鳴すらも粉砕されたのか、無言で跡形もなく砕け散った。


「……バッ、バカな……き、きき、記録……であるがっ、いっ……1分11秒、であるっ……な、なんかの間違いかあ、これえぇっ……!?」


「いやっほう! やったぜっ、ラフェル、アイシャ!」


 無邪気な笑みを浮かべながら高々と右の拳を振り上げるルアンだったが、俺たちを含めて誰もが声を蹂躙されたかのように異様なほど静かだった……。




 ◇◇◇




「「「「……」」」」


 最高記録を出して喜ぶ拳聖を呆然と見つめるギルド【聖なる息吹】の面々だったが、しばらくしてクラークが我に返った様子で重い口を開いた。


「……つ、つええ。マジつええ。あのルアンって子をスカウトすりゃ、クソ生意気な例の受付嬢や【正義の杖】ギルドとかいうのを丸ごと叩き潰せるんじゃねえか……?」


「……ぼ、僕もまったくの同感です、クラークさん。正直、見てて呼吸が止まるんじゃないかと思うくらいでしたよ、あの子の強さは……」


「……はあ。クラークもケインも大袈裟すぎ。そりゃ拳聖っていうだけあって凄いっちゃ凄いけど、町全体が敵なんだし一人や二人強いのがいても焼け石に水でしょ……」


「そりゃエアルの言う通りだけどよ、それでもいねえよりはマシだろ!」


「そうですよ、エアルさん……」


 膨れっ面のエアルに対し、拳聖の必要性を懸命にアピールするクラークとケイン。


「というかさ……あんたたち、どうやってあんな強いのを仲間にするつもりなんだい……?」


「「「あ……」」」


 カタリナの呆れたような物言いによって、クラークたちはまたしても重い沈黙に包まれるのであった……。

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