21.嫉妬
あれから制限時間の10分以内にモンスターを倒せない者や、寸前になって辞退する者が何人か出たわけだが、今のところ一人もアルバートの記録――2分51秒――を越える者は現れなかった。
「うぅ……」
アイシャが緊張してるのかそわそわしてるのがわかる。Cランクだし、いつ呼ばれてもおかしくないからな。それでも、俺は彼女を回復術でカバーするようなことはしなかった。適度な緊張感はむしろ潜在能力を活性化させるからだ。
「――では10番目っ! Cランク冒険者、錬金術師のアイシャ、前に出るのであるっ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
「……」
さすがに緊張しすぎてるっぽいから声をかけたほうがよさそうだな。彼女は興奮するとろれつが回らなくなることからわかるように、パニックになって周りが見えなくなるんだ。
「アイシャ、作戦会議で俺が言った通りにやればいい」
「そうそう、ラフェルの指示通りに平常心でいけばなんの問題もねーから!」
「は、はぁいっ」
俺は喫茶店で作戦会議をしたわけだが、ルアンが話した通り難しいことは何も言わなかった。なるべく平常心を保つということ、ただこれだけでいい。ルアンはもちろん、アイシャも能力が高いからこそできる指示だ。これにほどよい緊張感が混ざり合うことで、責任感と潜在能力がミックスされてよりよいパフォーマンスを期待できるってわけだ。
『――コオオォォッ……』
「ラフェルさん、ルアンさん、見ててください。私……絶対負けませんからっ……!」
怨霊騎士が魔法陣から出現し、アイシャが臨戦態勢に入る。思った通り、いい感じに仕上がってる。普段の天真爛漫な姿もいいが、こういう真剣なところも新鮮味があって見てて清々しい。非凡なものを持つ彼女ならきっとやってくれるだろう。
「いでよっ、ホムンクルスッ!」
『ウゴオォォッ……』
アイシャが鞄から取り出したフラスコを足元に落とすと、彼女をすっぽり覆ってしまうほどのゴーレムが出現して、怨霊騎士の猛烈な突進を丸ごと受け止めてみせた。
これは凄いな、あの体当たりを諸に受けてびくともしないなんて……。ただ、ホムンクルスは召喚獣と比べると詠唱時間が皆無な分、呼び出したモンスターがすぐに消えてしまい、次にコールするまで時間がかかるという欠点があるんだ。早速輪郭が薄くなり始めているのがわかる。
「それえっ!」
だがアイシャは決して慌てることなく、次の行動に移してみせた。中でもくもくと煙の舞う瓶を取り出し、怨霊騎士に向かって投げつけたのだ。ただ、あまり効き目がなかったのかなんの変化も見られないな。これじゃ、彼女をガードしているホムンクルスが消えてしまったら危ない――
『――オォォッ……!』
まさにゴーレムが消えて、アイシャが隙だらけになった瞬間だった。それを捕えようと槍を振り上げた怨霊騎士の動きが、素人でも余裕で攻撃をかわせるくらい明らかに悪くなっていた。
「ふふっ……」
アイシャが笑っている。まるで計算通りといわんばかりに。よく見るとなんか怨霊騎士の体が糸を引いてるというか、粘ついてるような。
なるほど、これがさっきの瓶の効果なのか……。おそらく菌の力を利用したバクテリアボトルで、相手の身体能力に応じた効果を見せるんだろう。やがてどよめきの中で怨霊騎士は完全に動きを止めてしまい、アイシャが次に取り出した瓶を投げられた結果、溶けるようにして消えていった。
「じゅっ、10番アイシャの討伐時間は……2分34秒であるっ!」
「「「「「ワアーッ!」」」」」
「えへへ……」
試験官の言葉で会場が揺れるほどの大歓声が起き、アイシャが今までで一番緊張した様子で肩を窄めて小さくなってるのが印象的だった。
錬金術師が主に攻撃用として使うアシッドボトルの中でこれほど強力なものは見たことがないし、酸に弱い菌が行き渡ることによってアシッドボトルの威力をあそこまで高めてるんだろう。やっぱり俺が思ってた通り、彼女は天才だった……。
◇◇◇
「おー、あのアイシャっていう錬金術師すげーつええじゃん! おっぱいは並みくらいだがめっちゃ可愛いしよお!」
「本当ですねえ。お尻の形や大きさもまあまあですし、早くアイシャさんを僕のお嫁さんにしてあげたいものです……!」
錬金術師アイシャと怨霊騎士の激しい戦いが行われる一方、それを観戦するクラークとケインの鼻の下は伸びっぱなしだった。
「はあ。あんなガキっぽい女のどこがいいわけ? もしかしてクラークもケインもロリコン? 最低」
二人とは対照的に終始不貞腐れた表情のエアル。
「エアルのほうこそ嫉妬かよ。好みに関しちゃともかくよ、あの子の強さは本物だろうが」
「そうですよ、エアルさん。なんせ今までで最高記録ですよ……?」
「だから、それはまだCランク冒険者しか戦ってないからでしょ! それで最高記録って……バッカじゃないの!?」
「ま、まあそうかもしれねえけどよ……」
「た、確かに言われてみればそうかもしれません……」
「んー、あたいはそうは思わないけどねえ」
「「「えっ……?」」」
唖然とした様子のクラークたちに対し、カタリナは続けて熱っぽく語り始めた。
「何度か錬金術師と組んだことあるんだけどさ、あのアイシャって子のアシッドボトルの威力は尋常じゃないよ。多分一つのことに突き抜けてるタイプだね、ありゃ。しばらく記録は更新されないはずさ……」
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