20.後押し


『――コオォォォ……』


 魔法陣の中から現れたのは、厳つい防具から骨を覗かせる馬に騎乗した重装備の髑髏――怨霊騎士――だった。


 これは……中々の強敵じゃないか。Aランクモンスターの中でも上位に位置するはず。突進力があるだけでなく、槍と盾の扱いは一流の騎士そのものだから細心の注意が必要なんだ。


 かつて俺は元ギルド【聖なる息吹】に所属していた頃、古代神殿のダンジョンでこの怨霊騎士の大群に囲まれたことがあり、危機的な状況でマスターの聖騎士クラークからここはお前に任せたと告げられ、一方的に囮役にされた苦い経験を持つ。


 なんとか機転を利かせて生還できたものの、もうあんな思いは沢山だ。


「くううっ……!」


 明らかに剣士アルバートは苦戦していた。剣捌きは元ギルドメンバーの剣士ケインよりずっと下だし、回避する際の身のこなしにしてもCランクなのがよくわかる平凡な動きだ。これじゃ倒すのに相当な時間がかかりそうだな……。


 ――ん、アルバートがしかめっ面で大きく後ずさりしたと思ったら、左手を掲げてみせた。なんだ……?


「「「「「ワーッ!」」」」」


 黄色い歓声からもわかるように、それからのアルバートの動きはまるで人が変わったかのように圧倒的だった。怨霊騎士が槍を突き出すタイミングで懐に飛び込みつつ斬りかかるという、一歩間違えば即死するような恐れ知らずの攻撃を繰り返し、あっという間に倒してしまった。


「あ、あいつ……!」


 ルアンがはっとした表情で周囲を見回してるってことは、やっぱり不正か。ここまで変貌を遂げるなんておかしいし、おそらくこの中の誰かにアルバートの味方がいて、あの左手を掲げたタイミングで補助魔法をかけてもらったんだろうな。


 補助魔法は短い間とはいえ、身体能力だけでなく精神的な部分もブーストしてくれるからああいう大胆な動きが可能になるんだ。


 確か味方が助けたら失格になるはずだが、そういう補助に関してはルアンがかつてやられたように罠に嵌めるという目的もあるということを考えれば、失格なしのグレーゾーンとして処理されるのかもしれない。まああの手を掲げる仕草とか見てるとどう考えても怪しいんだが……。


「フッ、みんな応援ありがとう。僕が本気を出せばこんなものさ……」


「お、お見事であるっ! 1番アルバートの討伐時間はなんと、3分を切って2分51秒! これで一枠埋まったようなものであるなっ!」


 どうやら試験官はアルバートのことがお気に入りのようだ。まだ一人目が終わったばかりだっていうのに、もう三つの枠のうちの一つが埋まったことにされてしまった。


「アルバートとかいうやつ、こんな卑怯なことをしてまで勝ちたいのかよ……」


 ルアンが苛立つのはわかる。意図的ではないにせよ、彼女にはそれで苦い思いをした経験があるだけに余計に嫌な感じがしたはずだ。それでも、アルバートのおかげで一層やる気が出てきたのも確かだ。この男にだけは絶対に負けられないってな……。




 ◇◇◇




「ああん……素敵っ、アルバート様ぁ……」


 ギルド協会地下には、恍惚とした顔の魔術師エアルを始めとして【聖なる息吹】の面々が集まっていたが、受付嬢の目から逃れるべくいずれも微妙に髪型を変える等、変装していた。


「あーあ、イケメンだからって早速エアルの頭がイカれやがった。あんなしみったれたキザ野郎のどこがいいんだよ。今回は仕方なくラフェルのやつを応援させてもらうぜ! ケインもそうするだろ!?」


「んー、アルバートさんは同じ剣士として自分より腕が悪いので応援してやりたい気持ちもありますがねえ……まあ女の子に関しちゃイケメンさんは最大の敵ですから、僕も仕方なくそうさせてもらいますよ」


「はいはい、二人とも勝手にラフェルを応援してやればー? あんなの、恥かいて終わるだけだと思うけどっ。カタリナはどう思う?」


「んー、回復術師じゃさすがに戦闘試験は厳しいと思うけど、なんかあのラフェルって子はオーラがあるから気になるんだよねえ……って、あのアルバートとかいうの、動きが急によくなったねえ。何か不正でもしちまったんじゃないのかい?」


「不正って……それってバフのことだよな? ま、まさかエアル、おめーの仕業か……!?」


「エ、エアルさん……?」


「……わ、悪いっ!? てか、あたしが勝手にやったことなんだし不正なんかじゃないわよ! 仮にあたしがかけなくても、ほかの子がアルバート様を不憫に思って応援したはずよ! だからアルバート様は何も悪くないもん!」


「「「はあ……」」」


 涙目で開き直るエアルに対し、クラークたちの大きな溜息が重なるのであった……。

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